夏休みのクエスト

けろよん

第1話

 暑い夏休み。私は朝から出かけることにする。今日は町内会のイベントでみんなでツチノコ探しをする事になっているのだ。

 ツチノコといえば昔からネス湖のネッシーや雪山のイエティ等と並んで幻と言われている生き物だ。本当にいるのか疑わしいが目撃例は多くあまりにも有名なので、本当はいるんじゃないかと噂されている。

 うちの近所でもいるという噂がまことしやかに囁かれていた。そこでこんなイベントが行われている。


「さて、それじゃあこれから町内会恒例のツチノコ捜索を始めるよ! みんな、気合いを入れて探すんだ!」

『おー!』


 代表の町長の言葉に、集まった人たちが一斉に声を上げる。

 ツチノコ探しなんて成功するか分からないけど、参加者は多い。みんな夏の朝からこんなに集まるんだなと驚くほどだ。


「これだけ人がいれば見つかるかもしれないね」


 そんな事を考えながら、私はみんなの後について森の中へと入っていった。




  捜索開始から約一時間。私達は森の中を歩き回っていた。


「う~ん、いないねぇ」


 隣にいた女の子――ミハルちゃんというらしい――がそう言って首を傾げる。

 一人で探すのも不安だからと一緒に行動する事になったのだ。こんな森の中なら無理もないかもしれない。

 ちなみにこの子も他の参加者である。彼女は確か中学生だったかな? 私よりも少し年下に見える。


「そうだね……やっぱり噂だけだったんじゃない?」

「えぇ!? それは困るわ! せっかくここまで来たっていうのに……」


 私が言うと、ミハルちゃんはショックを受けたように肩を落とす。


「でもほら、まだ始まったばかりだし……きっとすぐに見つかるよ」

「そうよね! よしっ、もっと奥まで行ってみようっと!」


 元気を取り戻したミハルちゃんを見てホッとする。どうやら落ち込んでいた訳ではなさそうだ。


(それにしても……)


 周りを見渡す。

 木陰が多く日差しを避けやすい場所だが、それでも暑いものは暑かった。特にここ数日は気温が高い。汗が出て止まらないし喉が渇く。


「……あっつぅい」


 思わず呟きが漏れてしまう。


「ホントだよねぇ。こう暑いとツチノコを探すどころじゃないって感じぃ」

「確かに……って、え?」


 突然聞こえてきた声に驚いて振り向く。そこにはいつの間にか一人の男の子がいた。


(こ、子供?)


 そこにいたのは小学校高学年くらいの子供。しかもかなり可愛い顔立ちをしている。

 髪は長く腰まであり、前髪をヘアピンで留めている。服装も白い半袖シャツに短パンと涼しげだ。


「あれれ、どうかしたぁ?」


 不思議そうな顔をするミハルちゃん。その表情はあどけなく可愛らしい。……だけど私は彼が何者なのかを知っている。彼は人間ではないのだ。

 同族というのかな。私の直観がそう感じていた。

 少年はもう一度言った。今度ははっきりと聞こえる声で。


「ツチノコを探すな」

「な、なんでそんな酷い事を。私達はみんなツチノコを探すために集まったんだよ!?」

「だからダメなんだ。ツチノコを探したら君たちは死ぬことになる」


 少年の言葉に私は目を見開く。そして恐る恐る聞いてみた。


「そ、それってどういう意味なの?」

「言葉通りの意味さ。僕はこの町に住んでいる人を死に追いやるつもりはない」

「えっ!? まさかツチノコを見たらみんなが死ぬというの!?」


 驚く私に向かって少年はニヤリと笑う。


「ふふっ、そういう事になるね」

「…………」


 あまりの事に絶句してしまう。そんな私を見てミハルちゃんが慌て始めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあ私たちがここに集まっている意味がないじゃない!」


 そうだ。いくらツチノコを見つけても死んだら報告する事はできない。


「ああ、安心していいよ。本物にそっくりな偽のツチノコもここにはいるから。本物は他の人には見えないようにしておいたんだ」

「えぇー!? そんなのズルいじゃん!!」

「ズルくてもいいんだ。ツチノコは幻の生き物なんだから」

「なっ……」


 言い返そうとした時だった。


「―――ねぇ、何の話をしているの?」


 背後から誰かの声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。


「ねえ、何の話をしているのか教えてくれるかしら?」


 ゆっくりと振り返る。するとそこには一人の女性が立っていた。

 セミロングの黒髪。整った顔立ち。大人っぽい雰囲気の美人さんだ。


「あ……」


 私の口から小さな声が漏れる。

 そう、彼女は――


「ネネコお姉ちゃん……」


 ミハルちゃんがポカンとした顔で言う。そう、彼女は私の知っている人――ネネコお姉ちゃんだった。そして、ミハルちゃんの知人でもあったらしい。


「久しぶりね、ミハル。元気にしてた?」

「うん! おかげさまで毎日楽しいよぉ!」


 嬉しそうに答えるミハルちゃん。一方、ネネコお姉ちゃんはニコニコしながらこちらを見ている。


「それで、二人は何を話していたのかしら?」


 ネネコお姉ちゃんの問いかけにミハルちゃんは答えようとしたが――それより先に私が口を開いた。


「えっと……その……」

「あら、どうしたの? 何か私に隠し事でもあるの?」

「……」


 黙っていると、今度はネネコお姉ちゃんが笑顔のまま近づいてきた。そのまま手を伸ばせば届く距離まで来ると、彼女は私の耳元で囁く。


「ねぇ、ユイちゃん。私に嘘をつくのは良くないわよ? もし言う事ができないなら……」


 ゾクッとするような冷たい声で言われる。


「あなたを……殺しちゃうかもしれないわよ?」

「ひっ!?」


 思わず悲鳴を上げてしまった。


「ふふっ、素直でよろしい」


 満足げに微笑むネネコお姉ちゃん。その表情はとても優しかった。


(よかった、怒ってないみたい)


 ホッと息をつく。だけどすぐにハッとして首を振った。今はそんな事を考えている場合じゃない!


「ち、違うんです!」


 慌てて否定する。


「あの……実はこの子が……」


 隣にいる少年を見る。だが、そこで気がついた。


(あれ、いない?)


 少年の姿が見えなくなっていた。


「どうしたの?」


 キョロキョロしていると、不思議そうな顔をされる。


「いえ、今そこに男の子がいたような気がしたんだけど……」

「男の子?」

「はい。小学生くらいの可愛い男の子です」

「へぇ~、そうなの」

「……」


 ネネコお姉ちゃんの反応を見て違和感を覚える。


(おかしい……普通なら『男の子』なんて言われたら怪しむはずなのに……)

「ねぇ、その子ってどんな服を着ていた?」

「えっと……白かったと思います。半袖のシャツに短パンを履いていて……」

「なるほどねぇ」

「えっと、それがどうかしましたか?」

「別になんでもないわよ」

「えっ、でも……」

「それよりもほら、ツチノコを探すんでしょう? 他のみんなより早く見つけなくちゃ。行きましょう」

「あっ、はい」


 結局、私はそれ以上何も聞けずについていくしかなかった。


(一体、なんだったんだろう……?)

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