63. タコ刺し、一丁

 バババババ……。


 新幹線並みの速度で海面スレスレを爆走する。シールドのすそから風をばたつかせる音が響いてくる。


 日差しが海面をキラキラと彩り、どこまでも続く水平線が俺たちのホリディを祝福していた。


「ふふふっ、何だか素敵ねっ!」


 ドロシーはすっかり行楽気分だ。その笑顔に、俺の心も弾む。


 俺も仕事ばかりでここのところ休みらしい休みはとっていなかった。今日はじっくりと満喫したいと思う。


「あ、あれは何かしら!」


 ドロシーがまた何か見つけ、嬉しそうに指さした。


 遠くに何かが動いている……。鑑定をしてみると――――。


キャラック船 西方商会所属

帆船 排水量 千トン、全長五十二メートル


「帆船だ! 貨物を運んでいるみたいだ」


「へぇ! 帆船なんて初めて見るわ!」


 ドロシーは瞳をキラキラ輝かせ、嬉しそうに徐々に大きくなってきた帆船を眺める。


 だが、急にまゆをひそめた――――。


「あれ……? 何かおかしいわよ」


 ドロシーが帆船を指さす。


 よく見ると、帆船に何か大きなものがくっついているようだ。鑑定をしてみると……。


クラーケン レア度:★★★★★

魔物 レベル二百八十


「うわっ! 魔物に襲われてる!」


「えーーーーっ!」


 俺は慌てて帆船の方にかじを切り、急行する。


 近づいていくと、クラーケンの恐るべき攻撃の全貌が明らかになってきた。二十メートルはあろうかという巨体から伸ばされる太い触手が次々とマストに絡みつき、船を転覆させようと体重をかけ、引っ張っている。船は大きく傾き、船員が矢を射ったり、触手に剣で切りつけたり奮闘しているものの、全く効いてなさそうだ。


 その壮絶な光景に、俺とドロシーは言葉を失う。海の平和な景色が一変し、生と死の戦いの舞台と化していた。


「ユータ! どうしよう!?」


 ドロシーの声が、風を切って届く。


「大丈夫、任しとき!」


 俺はニヤッと笑いながら、カヌーの速度をさらに上げた。


 クラーケンの巨体が近づくにつれ、その恐ろしさがより鮮明になる。ぬめぬめとした光沢を放つ巨大な腕、それが次々と乗組員に襲い掛かっていた。


「宙づりにしてやる!」


 俺はクラーケンに近づくと、飛行魔法を思いっきりかけてやった。黄金色の輝きを帯びたクラーケンの巨体が海からズルズルと引き出されていく。


「おわぁ……」


 ドロシーはポカンと口を開きながら、徐々に上空へと引っ張られていくクラーケンを眺めていた。


 ヌメヌメとうごめくクラーケンの体表は、陽の光を受けて白くなったり茶色になったり、目まぐるしく色を変えた。その光景は極めて不気味で、受け入れがたいものがある。


「いやぁ! 気持ち悪い!」


 ドロシーはそう叫んで俺の後ろに隠れた。


 クラーケンは「ぐおぉぉぉ!」と重低音の叫びをあげ、触手をブンブン振り回しながら抵抗するが、俺はお構いなしにどんどん魔力を上げていく……。クラーケンの不気味な叫び声が、海面を震わせる。


 何が起こったのかと呆然ぼうぜんと見上げる船員たち――――。


 ついにはクラーケンは巨大な熱気球のように完全に宙に浮きあがり、船のマストにつかまっている触手でかろうじて飛ばされずにすんでいた。


 ★5の凶悪な海の魔物もこうなってしまえば形無しである。と、思っていたらクラーケンはいきなり辺り一面にスミを吐き始めた。


 まるで雨のように降り注ぐ漆黒のスミ、カヌーにもバシバシ降ってくる。さらに、スミは硫酸のように当たったところを溶かしていくのだ。その光景に、俺は一瞬たじろいだ。


 「うわぁ!」「キャーーーー!!」


 多くはシールドで防げたものの、カヌーの後ろの方はスミに汚され、あちこち溶けてしまった。さすが★5である。一筋縄ではいかないのだ。


「あぁ! 新品のカヌーがーーーー!!」


 頭を抱える俺。


 ものすごく頭にきた俺はクラーケンをにらむと、


「くらえ! エアスラッシュ!」


 そう叫んで、全力の風魔法をクラーケンに向けて放ってやった。


 緑色に輝く風の刃が、空気を切り裂きながら音速でクラーケンの身体に食い込む――――。


 バシュッ!


 刹那、派手な音を立ててクラーケンは真っ二つに切り裂かれた。


「ざまぁみろ! タコ刺し、一丁!」


 俺は大人げなく叫ぶ。


 無残に切り裂かれたクラーケンは徐々に薄くなり……最後は霧になって消えていった。


 水色に光る魔石がキラキラと輝きながら落ちてくるので、俺はすかさず拾う。その熱い感触が、この戦いの現実味を与えてくれる。


 ふぅ……。


 俺は大きく息をつくと周りを見回した。船員たちの驚いた顔、ドロシーの安堵の表情、そして穏やかになった海面。


「ユータ、すごかったわ!」


 ドロシーの声が弾んでいる。


「どう? 強いだろ俺?」


 俺は美しい輝きを放つ魔石を見せながら、ドヤ顔でドロシーを見る。


「うわぁ……、綺麗……。ユータ……もう、本当にすごいわ……」


 驚きと喜びに圧倒されるドロシーは軽く首を振った。

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