61. 風が作るウェーブ

「あ、そんなに力いっぱいしがみつかなくても大丈夫……だからね?」


「うふふ、いいじゃない、早くいきましょうよ!」


 嬉しそうに微笑むドロシー。


 俺は赤い顔でコホンと咳払いをした。


「と、当カヌーはこれより離陸いたします」


 隠ぺい魔法と飛行魔法をかけ、徐々に魔力を注入していく――――。


 ふわりと浮かび上がるカヌー。その瞬間、二人の心も宙に浮いたかのようだった。


「えっ!? えっ!? 本当に飛んだわ!」


 驚きと喜びに湧くドロシー。


「ふふっ、冗談だと思ってたの?」


「だって、こんな魔法なんて聞いたことないもの……」


 ドロシーは口をとがらせる。普通の飛行魔法では自分一人が浮き上がるのも大変なのだ。カヌーごと浮かび上がらせる魔法など前代未聞だった。


「まだまだ、驚くのはこれからだよ!」


 俺はニヤッと笑うと魔力を徐々に上げていく。


 カヌーは加速しながら上空へと浮かび上がり、建物の屋根をこえるとゆっくりと回頭して南西を向いた。眼下に広がる景色が、二人の心を高揚させる。


「うわぁ! すごい、すご~い!」


 ドロシーが耳元で歓声を上げた。


 上空からの風景は、いつもの街も全く違う様相を見せる。陽の光を浴びた屋根瓦はキラキラと光り、煙突からは湯気が上がってくる。


「あ、孤児院の屋根、壊れてるわ! あそこから雨漏りしてるのよ!」 


 ドロシーが目ざとく、屋根瓦が欠けているのを見つけて指さす。その鋭い観察眼に、俺は感心した。


「本当だ、後で直しておくよ」


「ふふっ、ユータは頼りになるわ……」


 ドロシーは俺をぎゅっと抱きしめた。


 ドロシーのしっとりとしたほほが俺のほほにふれ、俺はドギマギしてしまう。


 高度は徐々に上がり、街が徐々に小さくなっていく――――。


「うわぁ~、まるで街がオモチャみたいだわ……」


 ドロシーは気持ちよい風に銀髪を躍らせた。


 石造りの建物が王宮を中心として放射状に建ち並ぶ美しい街は、午前の澄んだ空気をまとって一つの芸術品のように見える。ちょうどポッカリと浮かぶ雲が影を作り、ゆったりと動きながら陰影を素敵に演出していた。


「綺麗だわ……」


 ドロシーはウットリとしながら街を眺める。その瞳に、世界の美しさが映り込んでいた。


 俺はそんなドロシーを見ながら、この瞬間を大切に心に刻もうと思った。



       ◇



「これより当カヌーは石垣島目指して加速いたします。危険ですのでしっかりとシートベルトを確認してくださ~い」


 俺の声が風に乗って響く。


「はいはい、シートベルト……ヨシッ!」


 ドロシーは可愛い声で安全確認。俺は思わず微笑んでしまう。


 俺はステータス画面を出す。


「燃料……ヨシッ! パイロットの健康……ヨシッ!」


 そしてドロシーを鑑定した。


「お客様……あれ? もしかしてお腹すいてる?」


 HPが少し下がっているのを見つけたのだ。俺は少し心配になる。


「えへへ……。ちょっとダイエット……してるの……」


 ドロシーは恥ずかしそうに下を向く。


「ダメダメ! 今日はしっかり栄養付けて!」


 俺は足元の荷物からおやつ用のクッキーとお茶を取り出すと、ドロシーに渡した。


「ありがと!」


 ドロシーは照れ笑いをし、クッキーをポリっと一口かじる。そよ風になびく銀髪が陽の光を反射してキラキラと輝いた。


「うふっ、美味しいわ! 景色がきれいだと何倍も美味しくなるわね」


 ドロシーは幸せそうな顔をしながら街を見回す。


「そうだね……」


 俺もクッキーをかじり、芳醇な甘みが広がっていくのを楽しんだ。俺の場合はドロシーと食べるから美味しいのだが。


 ドロシーがクッキーを食べている間、ゆっくりと街の上を飛び、城壁を越え、麦畑の上に出てきた。


 どこまでも続く金色の麦畑、風が作るウェーブがサーっと走っていく。そして、大きくカーブを描く川に反射する陽の光……、いつか見たゴッホの油絵を思い出し、しばし見入ってしまった。


「美味しかったわ、ありがと! 行きましょ!」


 ドロシーが抱き着いてくる。俺は押し当てられる胸に、つい意識がいってしまうのをイカンイカンとふり払った。


「それでは行くよ~!」


 防御魔法でカヌーに風よけのシールドを張る。この日のために高速飛行にも耐えられるような円すい状のシールドを開発したのだ。石垣島までは千数百キロ、ちんたら飛んでたら何時間もかかってしまう。ここは音速を超えて一気に行くのだ。


 俺は一気にカヌーに魔力をこめた。グン! と急加速するカヌー。


「きゃあ!」


 後ろから声が上がる。


 カヌーを鑑定すると対地速度が表示されている。ぐんぐんと速度は上がり、あっという間に時速三百キロを超えた。


 景色が飛ぶように流れていく――――。


「すごい! すご~い!」


 耳元でドロシーが叫ぶ。


「ふふっ、まだまだこれからだよ」


 しばらくこの新幹線レベルの速度で巡行し、観光しながらドロシーに慣れてもらおうと思う。

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