52. Welcome to Underground
きっと乳酸菌を鑑定しても一つ一つ鑑定結果が出てしまうのだろう。一体この世界はどうなってるんだ……?
ここまで管理できているということは、この世界はむしろ全部コンピューターによって作られた世界だと考えた方が妥当だ。そもそも魔法で空を飛べたり、レベルアップでとんでもない力が出る時点で、システムがデータ管理だけに留まらないことは明白なのだ。
俺は『複雑すぎる世界は管理しきれない。だから、この世界は仮想現実空間ではない』と考えていたが、どうもそんなことはないらしい。誰も見てない池の中のプランクトンも、一つ一つ厳密にシミュレートできるコンピューターシステムがあるのだ。
一体どれだけのコンピューターを作ったらこんなことができるのか? こんな途方もないシステムを、誰が何のために……?
俺は背筋に水を浴びたようにゾッとし、冷や汗がタラりと流れた。部屋の温度が急に下がったような錯覚すら覚える。
『Welcome to Underground(ようこそ地下世界へ)』
誰かが耳元でささやいている――――。
俺はこの世界の重大な秘密にたどり着いてしまった。
その瞬間、今まで当たり前だと思っていた全てのことが疑わしく思えてくる。空を飛ぶ鳥たちは本当に自由意志で飛んでいるのか? 風に揺れる木々は、プログラムされた動きをしているだけなのではないか? そして、自分自身さえも……!?
俺はよろよろとテーブルの所へと戻り、冷めたコーヒーをゴクゴクと飲んだ。苦い味が舌に広がる。それでも、この味は確かに「リアル」だ。少なくとも、俺にはそう感じられる。
「ユータ……、どうしたの?」
真っ青な顔をした俺を見て、ドロシーが心配そうに声をかけてくる。彼女の瞳に浮かぶ不安な表情が、妙にリアルで心に刺さった。
『でも、彼女もコンピューターによる合成像なのだ』
脳内で誰かがささやく。
ドロシーは……本当に『存在』してるのだろうか――――?
その危ない認識に、俺は首をブンブンと振って全力で否定した。
ドロシーはドロシー。魂の入ったれっきとした人間である。俺は慌てて考え直す。
俺は両手で髪の毛をかきあげ、大きく息を吐いて言った。
「大丈夫だよ、ドロシー。俺は正常……正常だ。大丈夫、大丈夫……」
俺は必死に冷静に答えしようとしたが、どうもうまくいかない。
ドロシーは心配そうに眉をひそめた。
俺はパンパンと自分の頬を軽く叩いて、何とか正気を保とうとする。
「ごめん、ちょっと疲れてるみたいだ」
俺は無理やり笑顔を作って答えた。
しかし、心の中では大きな疑問が渦巻いてしまっている。この世界の真実、そして自分の存在意義。それらを知ってしまった今、俺はどう生きていけばいいのだろうか。
ふぅ……。
おれは大きくため息をつくと窓を開けた。
美しい群青色の空に宵の明星が輝いている――――。
俺はゆっくりと深呼吸をし、キュッと口を結んだ。
真実は追い求めねばならない。
俺は明星の輝きを見つめながらこの世界の真実を、どこまでも追求しようと思った。たとえそれが、自分の存在そのものを否定することになったとしても――――。
◇
その晩、俺はノートを開き、今分かっていることをつらつらと書き並べながら頭を悩ませていた。
トントントンと俺は鉛筆でノートを叩く。
この世界がコンピューターによって作られた世界だとしたら――――。
この仮説を確認する方法をいろいろな角度から考えてみる。
しかし、なかなかいい方法が思い浮かばない。
俺は窓から夜空を見上げた。無数の星々が瞬いている。それらの一つ一つも、全てシミュレーションの像なのだろうか?
そもそも、もし本当にこの世界がコンピューターで創られているとしたら、一体どんなコンピューターなのだろうか?
この広大な世界を全部シミュレーションしようと思ったら相当規模はデカくないとならないはずだ。それこそコンピューターでできた惑星くらいの狂ったような規模でない限り実現不可能だろう――――。
「馬鹿な……ははっ!」
俺は思わず笑ってしまう。そんな
そもそも電力はどうなっているのだろう? 演算性能自体はコンピューターの数を増やせばどんどん増えるが、電力は有限なはずだ。だとしたらここに解明のキーがあるかもしれない。俺はエネルギーの面からコンピューターシステムの規模の予想をしてみようと思いついた。
一番デカいエネルギー源は太陽だ。実用性を考えれば、巨大な核融合炉である太陽を超えるエネルギー源はない。恒星は究極のエネルギー源なのだ。
地球で太陽光発電パネルを使う時、畳くらいのサイズでで二百ワットの電力が取れていた。これは俺の使ってたパソコン一台分に相当する。この太陽光発電パネルで太陽をぐるっと覆った時、どの位の電力になるだろうか?
太陽から地球の距離は光速で約八分、光速は秒間地球七周だから……。俺は紙に計算式を殴り書いていった。計算なんて久しぶりだ。指先に鉛筆の感触を感じながら、懐かしさと共に高揚感が込み上げてくる。
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