45. 白い綺麗な手

 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。


 見つけた!


「ドロシー!!」


 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。その違和感が、俺の背筋を凍らせる。


「え? なんだ?」


 俺はそーっと手を引っ張ってみた……。


 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。


「え?」


 なんと、ドロシーの手はひじまでしかなかったのである。その瞬間、俺の心がきしんだ――――。


「あぁぁぁぁ……」


 俺は崩れ落ちた。


 ドロシーの腕を抱きしめながら、俺は、自分が狂ってしまったんじゃないかという程の激しい衝撃に全身を貫かれる――――。


「ぐわぁぁぁ!」


 俺は激しく叫んだ。無限に涙が湧き出してくる。その叫びが、空虚な空間に木霊こだまする。


 あの美しいドロシーが腕だけになってしまった。俺と関わったばかりに殺してしまったのだ。


 なんなんだよぉ!


「ドロシー! ドロシー!!」


 俺はとめどなくあふれてくる涙にぐちゃぐちゃになりながら、何度も叫んだ。その声には、深い悲しみと後悔が込められていた。


「ドロシー!! うわぁぁぁ!」


 俺はもうすべてが嫌になった。何のために異世界に転生させてもらったのか?

 こんな悲劇を呼ぶためだったのか?


 なんなんだ、これは……、あんまりだ。


 絶望が俺の心を塗りたくっていった。その暗闇が、俺の魂を蝕んでいく。


 俺はレベル千だといい気になっていた自分を呪い、勇者をなめていた自分を呪い、心がバラバラに分解されていくような、自分が自分じゃなくなっていくような喪失感に侵されていった。


 周りの世界が、灰色に染まっていく。ドロシーの腕を抱きしめたまま、俺は虚空を見つめた。これからどうすればいいのか。その答えが、どこにも見つからない。


 死んだ魚のような目をして動けなくなっていると、ボウっと明かりを感じた。その光が、絶望の闇を僅かに照らす。


 う……?


 どこからか明かりがさしている……。瓦礫がれきの中の薄暗がりが明るく見える……。


 辺りを見回すと、なんと、抱いていた腕が黄金の輝きを纏い始めたのだ。


 えっ!?


 腕はどんどん明るくなり、まぶしく光り輝いていく。その輝きが、俺の心を揺さぶる。


「えっ!? 何? なんなんだ?」


 すると、腕は浮き上がり、ちぎれた所から二の腕が生えてきた。さらに、肩、鎖骨、胸……、どんどんとドロシーの身体が再生され始めたのだ。その光景は、まるで奇跡を目の当たりにしているようだった。


「ド、ドロシー?」


 驚いているとやがてドロシーは生まれたままの身体に再生され、神々しく光り輝いたのだった。その姿は、まさに女神のようにすら見えた。


「ドロシー……」


 あまりのことに俺は言葉を失う。感情が溢れ、再び涙が頬を伝う。


 そして、ドロシーの身体はゆっくりと降りてきて、俺にもたれかかってきた。俺はハグでそっと受け止める。


 ずっしりとした重みが俺の身体全体にかかってきた。柔らかくふくよかな胸が俺を温める――――。


 俺はその温もりに、生きている実感を覚えた。


「ドロシー……」


 俺は目をつぶってドロシーをぎゅっと強く抱きしめる。


 しっとりときめ細やかで柔らかいドロシーの肌が、俺の指先に吸い付くようになじむ。その感触が、ドロシーの存在を確かなものにしてくれる。


「ドロシー……」


 華やかで温かい匂いに包まれながら、俺はしばらくドロシーを抱きしめていた。


 ただ、いつまで経ってもドロシーは動かなかった。身体は再生されたが、意識がないようだ。新たな不安が胸をきしませる。


「ドロシー……? ねぇ、ドロシー……」


 俺は美しく再生された綺麗なドロシーの頬を軽くパタパタと叩いてみた――――。


「う……うぅん……」


 まゆをひそめ、うなされている。ちゃんと生きているようだ。俺は安堵を覚える。


「ドロシー! 聞こえる?」


 俺はじっとドロシーを見つめた。


 すると、ゆっくりと目が開く――――。


 美しく伸びたまつ毛、しっとりと透き通る白い肌、そしてイチゴのようにプックリと鮮やかな紅色に膨らむくちびる……。


 その瞬間、俺は世界が色を取り戻したかのように感じた。


「ユータ……?」


「ドロシー!」


「ユータ……、良かった……」


 そう言って、またガクッと力なくうなだれた。その姿に、胸が締め付けられる。


 俺はドロシーを鑑定してみる。すると、HPが1になっていた。


 これは『光陰の杖』の効果ではないだろうか?

 

『HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える』


 確か、こう書いてあったはずだ。


 HPが1なのはまずい。早く回復させないと本当に死んでしまう。そのヤバい現実が、俺を急き立てる。


 俺は焼け焦げた自分のパジャマを脱いでドロシーに着せ、お姫様抱っこで抱きかかえると急いで家へと飛んだ。


「ドロシー、もうちょっとの辛抱だからね……」


 寒くならないよう、風が当たらないよう、俺は細心の注意を払いつつ必死に飛んだ。


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