41. 真っ黒な首輪

 俺は手が震えてしまう。


「ダ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」


「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」


 窓を壊す勢いで、俺はパジャマのまま空に飛び出した。寒気が全身を襲うが、それどころではない。


「くぅぅぅ……。とりあえず南門上空まで来てくれ!」


 俺は叫びながら朝の空をかっ飛ばした。


 まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。風が頬を打つ。

 油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。

 夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。


 ドロシーを守ると誓ったのに、こんな形で裏切ってしまったのだ。その罪悪感と、ドロシーへの想いが胸の中で渦巻く。


「ドロシー、ドロシー! ゴメン、今行くよ!」


 俺は止めどなく涙がポロポロとこぼれてきて止められなかった。



        ◇



 南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いていた。


「悪いね、どんな幌馬車ほろばしゃだった?」


 涙を手早くぬぐい、俺は早口で聞く。


「うーん、薄汚れた良くある幌馬車ほろばしゃですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」


 そう言って肩をすくめる。その言葉に、俺の心が沈んでいく。


 俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車ほろばしゃが行きかっていて、どれか全く分からない。その光景に、焦りと無力感が押し寄せる。


「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車ほろばしゃをしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」


「わかりやした!」


 俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次にめぐりながら、幌馬車ほろばしゃの荷台をのぞいていった――――。


 何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。その度に、ドロシーを見つけられない失望が胸を刺す。


 俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す――――。


 しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。


「旦那様~、いませんよ~」


 アバドンも疲れたような声を送ってくる。


 くぅぅぅ……。


 頭を抱える俺。


 考えろ! 考えろ!


 俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうなことから可能性を絞ることにした。今は冷静さを取り戻すことが一番重要になのだ。


 さらわれてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。


 目的地はどんなところか――――?


 廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。


 俺は上空から該当しそうなところを探した。


 街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。


「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。幌馬車の止まっているそういう場所を探してくれない?」


 俺はアバドンに指示する。


「なるほど! わかりやした!」


 俺も上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。


 しばらく見ていくと、幌馬車ほろばしゃが置いてあるさびれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう――――。


 いてくれよ……。


 心臓が高鳴るのを感じる。


「いやぁぁ! やめて――――!!」


 ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。俺の全身に怒りが走る。


 許さん! ただでは置かない! 俺は激しい怒りに身を焦がしながら汚れた窓から中をのぞく――――。



 ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられている。


「ミンチにしてやる!」


 俺はすぐに跳び出そうと思ったが、その時ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だった。


「さ、最悪だ……」


 俺は固まってしまう。


 それは極めてマズい非人道魔道具だった。主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまう。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。もし、強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?


 俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々まがまがしい黒いベルトをにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。


 パシーン! パシーン!


 倉庫にドロシーを打ち据える平手打ちの音が響いた。その音が、俺の心を引き裂いていく。


「黙ってろ! 殺すぞ!?」


 若い男がすごむ。その声には、残虐な喜びが滲んでいた。


「ひぐぅぅ」


 ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。その声に、俺の胸がキューっと締め付けられる。


「ち、畜生……」


 全身の血が煮えたぎるような怒りの中、ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保っていた。


 軽率に動いてドロシーを殺されることだけは避けないとならない。ここは我慢するしかなかった。


 ギリッと奥歯が鳴る。俺は自分の無力感で気が狂いそうだった。


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