35. 絶望のボス部屋

 無事チャペルについたが、みんな暗い表情をしている。その空気は、重く沈んでいた。


「やはりさらに下がるしかないようだ……。みんな、いいかな?」


 エドガーはそう、聞いてくる。その声には、迷いがまだ感じられた。


 俺は階段を初めて見るので勘違いしていたが、階段には上に行ったり、外に出られるポータルが付属していることもあるらしい。帰りたい時にポータルもなく下だけというのは『はずれ』ということだった。


 お通夜のように静まり返るメンバーたち。下に行くということは難易度が上がるということ、死に近づくことだ、気軽に返事はできない。その沈黙が、不安を増幅させていく。


「まずは行ってみるしかないのでは?」


 僧侶のドロテが眼鏡をクイッと上げながら淡々と口を開いた。


 メンバーの中では一番冷静である。


 みんなは無言でうなずき、階段を下りていく。その足音が、チャペルに重苦おもくるしく響く。



       ◇



 階段を下りると、そこはいきなり巨大なドアになっていた。高さ十メートルは有ろうかという巨大な扉。青くきれいな金属っぽい素材でできており、金の縁取りの装飾がされている。その壮麗さに、一同は息を呑んだ。


「ボ、ボス部屋だ……ど、どうしよう……」


 エドガーは真っ青になって頭を抱えた。


 ボス部屋は強力な敵が出て、倒さないと二度と出られない。その代わり、倒せば一般には出口へのポータルが出る。つまり一度入ったら地上に生還か全滅かの二択なのだ。


 しかし、さっきサイクロプスを見てしまったメンバーたちは到底入る気にはならない。あのサイクロプスよりもはるかに強い魔物が出てくるわけだから、どう考えても勝ち目などない。絶望が、一同の表情に浮かぶ。


「戻りましょう」


 ドロテは淡々と言った。


 しかし、俺としてはまた上への階段を探し、案内せねばならないというのは避けたい。とっととボスを倒して帰りたいのだ。


 俺は明るい調子でにこやかに言った。


「大丈夫です。私、アーティファクト持ってますから、ボスを一発で倒します!」


「おいおい! そう簡単に言うなよ、命かかってるんだぞ!」


 ジャックは絡んでくる。その声には恐怖が混ざっていた。


「大丈夫ですって~。サイクロプスだって一発だったんですよ?」


 俺は頑張ってにっこりと笑ったが、その笑顔の裏で、この手の茶番にもそろそろウンザリしてきていた。


「いや、そうだけどよぉ……」


 エドガーは覚悟を決め、俺の肩を叩く。


「そうだな……、ユータが居なければさっきのサイクロプスで殺されていたんだ。ここはユータに任せよう。みんな、どうかな?」


 みんなを見回すその目には、諦観が映っている。


 みんなは暗い顔をしながらゆっくりとうなずいた。



     ◇



「じゃぁ行きましょう!」


 俺は一人だけ元気よくこぶしを振りあげてそう叫ぶと、景気よくバーンと扉を開いた。


 扉の中は薄暗い石造りのホールになっている。壁の周りには魔物をかたどった石像が並び、それぞれライトアップされて不気味な雰囲気を醸し出していた。まるで古の魔族の神殿といった趣である。


 皆、恐る恐る俺について入ってきて、その足音がホールに響いた。


 全員が入ったところで自動的にギギギーッと扉が動き、重量級の音を響かせながら閉まる。


 もう逃げられない。死ぬか生還か――――。


 一同の表情が強張こわばる。


 すると、奥の玉座の様な豪奢な椅子の周りのランプが、バババッと一斉に点灯し、玉座を照らした。


 何者かが座っている。その姿に、全員の息が止まる。


「グフフフ……。いらっしゃーい」


 不気味な声がホール全体に響きわたる。


「ま、魔物がしゃべってるわ!」


 エレミーがビビって俺の腕にしがみついてきた。彼女の甘い香りと豊満な胸にちょっとドギマギさせられる。


「しゃべる魔物!? 上級魔族だ! 勇者じゃないと倒せないぞ!」


 エドガーは絶望をあらわにする。その声には、諦めの色が濃く滲んでいた。


「ガハハハハハ!」


 不気味な笑い声がしてホール全体が大きく振動した。その振動が、恐怖を増幅させる。


「キャ――――!!」


 エレミーに耳元で叫ばれ、俺は耳がキーンとしてクラクラしてしまう。


「この魔力……信じられない……もうダメだわ……」


 ドロテは顔面蒼白になり、ペタンと座り込んでしまった。


 皆、戦意を喪失し、ただただ、魔物の恐怖に飲まれてしまっている。


 俺からしたらただの茶番にしか見えないのだが。その落差に、俺は少し戸惑う。


 でも、この声……どこかで聞いたことが……?


 おれは薄暗がりの中で玉座の魔物をジッと見た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る