15. 幸運の女神

 二人は再び静かに作業を続けた。ドロシーは丁寧に剣のつばを磨き上げていく。しばらくすると、なかなか取れない頑固な汚れに出くわした。


「うーん、これ取れないわ」


 ドロシーは眉をひそめながら立ち上がり、ポケットから何かを取り出すとコシコシとこすり始めた。すると、驚くほどあっという間に汚れが落ち、金属本来の輝きが現れた。


「すごい!」


 ユータは目を見開いた。


「ドロシー、君って本当にすごいんだな」


 ドロシーは少し照れたように微笑んだ。


「ううん、私たちみんな、それぞれ得意なことがあるってだけ」


「なるほど……大人だなぁ……」


 俺は胸が温かくなるのを感じ、ドロシーと顔を見合わせ、微笑み合った。



     ◇



 ドロシーの磨く刀身は新品と見まごうほどに輝きを放っている。これだけ綺麗になればステータスに変化もあるかもしれない。


 俺は剣に鑑定スキルを使ってみる。その瞬間、稲妻を落ちたような衝撃に襲われる。


青龍の剣 レア度:★★★

長剣 強さ:……、……、……、【経験値増量】


「はぁっ!?」


 思わずステータス画面を二度見してしまう。


「『経験値増量』!?」


 興奮で手が震える。


「ちょっ! ちょっと貸して!」


 ドロシーから剣を奪うと手に取り、再び鑑定してみる――――。


 しかし、今度は『経験値増量』の文字が消えていた。


「あれぇ……、おっかしいなぁ……。ちょっと持ってみて」


 ドロシーに剣を渡すが、効果は現れない。


「もう、何なのよ……」


 混乱するユータをよそに、ドロシーはムッとしながら剣を磨きに戻った。すると突然、『経験値増量』の文字が再び現れる。


「ストップ!」


 思わず叫んだ。


「そのまま! 動かないで……」


 ドロシーの手元を覗き込むと、そこには古銭が。それを剣に当てると、不思議な効果が現れるのだ。


「これだ!! やったーーーーっ!!」


 俺は飛び上がって喜んだ。また一つこの世界の秘密を見つけてしまったのだ。


「ひゃっほぅぅぅ!」


 俺は歓喜の叫びを上げながらガッツポーズを決める。


「ドロシー! 最高だ! ありがとう!!」


 感極まって俺は、思わずドロシーを抱きしめた。甘酸っぱい少女の香りに包まれる――――。


(……。あれ?)


 次の瞬間、俺は我に返った。


「あ……、ごめん……」


 顔を真っ赤にしながら、そっとドロシーから離れる。


「ちょ、ちょっと……いきなりは困るんだけど……」


 ドロシーは可愛らしい顔を真っ赤に染め、うつむいた。その仕草に心臓が高鳴ってしまう。


「し、失礼しました……」


 ユータも顔を赤らめ、申し訳なさそうに目を伏せた。


 ドロシーの言葉が頭の中でリフレインする。『いきなりは困る』……ということは、いきなりでなければ……? 俺はどういうことか戸惑いを覚えてしまう。


 日本にいた頃、女の子の気持ちを理解するのは難しかった。この異世界でも、それは変わらない難問のようだ。十歳の今はまだ早いとわかっていても、この世界ではいつかは誰かと特別な関係になりたい。前世の失敗は繰り返してはならない。そんな漠然とした想いが胸の奥で膨らむ。


 コホンと咳払いをしてドロシーが聞いた。


「大丈夫よ、ユータ。それで、何があったの?」


 俺は慌てて大きく息をつくと、説明する。


「もっとすごい武器を作る方法が分かったんだ! これはいけるぞ!」


「この……古銭が……?」


 けげんそうに首をかしげながら古銭を見つめるドロシー。


「そ、そうなんだよ。と、ところで、なんでこれでこすってるの?」


「この古銭はね硬すぎず柔らかすぎずだから、金属の汚れを地金を傷つけずに取れるの。生活の知恵よ」


 得意げにニヤッと笑うドロシー。


「さすがドロシー!」


「お姉さんですから」


 ドロシーは優しく微笑んだ。


 その笑顔に、俺は胸が温かくなるのを感じた。ドロシーの知恵のおかげで、彼の計画は完璧になった。使う人も、ユータ自身も嬉しくなる魔法のチート武器が、この瞬間に完成したのだ。


 一人では絶対に気づかなかったこの発見。それはまさに、ドロシーのお手柄だった。


「ドロシー、本当にありがとう。君は僕の幸運の女神だよ」


 俺は心の底からドロシーに感謝をした。


 その言葉に、ドロシーの頬が薄紅色に染まった。


「な、何言うの!? そんな大げさなことないわよ。でも、ユータの役に立てて嬉しいわ」


 二人は優しい空気に包まれながら、互いを見つめ合った。そこには、友情以上の何かが芽生えつつあった。

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