7. 究極の選択

 うーん、わからん。


 しかし、俺には『鑑定』がある。今まさにその力を見せつけてやるべき時なのだ。



テンダイウヤク レア度:★★★

月経時の止痛に使う



 空中に浮かび上がる鑑定結果。なるほど、自分に使う薬だったか。だが、俺は大人の女性の秘密に触れた気がして、僅かにほおが熱くなるのを感じた。


 俺はコホンと咳払いをして気持ちを落ち着けると、すずしげな声で答えた。


「テンダイウヤクですね、女性が月に一度使ってますね」


 その口調は、まるで医者のように聞こえたかもしれない。


「えーーーー!!」


 驚いた院長は目を皿のようにして俺を見つめる。その表情には、驚愕きょうがく戸惑とまどい、そして僅かな畏怖いふの色が混ざっていた。


「早速今日から行ってもいいですか?」


 俺は得意気とくいげな表情で尋ねる。


 院長は目をつむり、しばらく沈黙した。俺はドキドキしながら返事を待つ。


 やがて、彼女はゆっくりと目を開け、静かにつぶやいた。


「そうよね、ユータ君にはそういう才能があるってことよね……」


 その言葉には、あきらめと期待が入り混じっている。


「わかったわ、でも、絶対森の奥まで行かないこと、これだけは約束してね」


 院長は真剣な眼差しで俺を見つめた。その目には、母親のような慈愛じあいと、指導者としての厳しさが同居していた。


「ありがとうございます。約束は守ります」


 俺は院長の手を両手で包み、笑顔で答える。院長も根負けしたようなほほえみでうなずいた。


 その後、院長は薬草採りのやり方を丁寧に教えてくれた。彼女の若かりし頃の思い出話を交えながらの説明は、まるで授業のようだった。


「私も駆け出しの頃は、よくやったものよ」


 院長の目が遠くを見つめる。その瞳に映る過去の冒険譚に、俺はむねが高鳴るのを感じた。


 俺の中身は二十代。いつまでも孤児院の庇護に甘えているわけにはいかない。早く成功への手掛かりを得て、自立し、恩返しの道を目指すのだ! その決意が、俺の心の中で燃えさかる。


 窓から差し込む陽光が、俺の未来を照らすかのように明るく輝いていた。そこには、困難と希望が入り混じる道が続いているに違いない。しかし、俺には『鑑定』という武器がある。


 その日の午後、俺は初めての薬草採りの旅に出る。小さなバッグを背負い、いっぱいの希望を胸に、振り返らずに孤児院を後にした。



          ◇



 街の出口、巨大な城門を抜けると、一面に広がる麦畑が俺を出迎えた。実は街を出るのは初めてである。今日はまさに上天気。どこまでも続くあおい空が、俺の心を解き放つかのようだ。


 ビューッと吹き抜ける風に、麦の穂が黄金色に輝きながら大きくウェーブを描く。まるで大地が息づいているかのような光景に、俺は思わず息を呑んだ。


 麦わら帽子が飛ばされないよう、ひもをキュッと絞る。その仕草に、これからの試練への覚悟が込められているようだった。


 この街道は、山を越えてはるか彼方の他国まで続いているらしい。俺は遠くを見つめ、未来への希望を胸に秘めた。


(いつか商人として成功して、世界をあちこち行ってやるぞ!)


 その夢を実現させるため、まずは元手だ。今日が俺の商人としてのスタート。絶対に成功させてやる。俺はグッとこぶしを握った。



       ◇



 麦畑の続く一本道を二時間ほど歩き、ようやく森の端に辿り着いた。奥には恐ろしい魔物が潜むという噂だが、この辺りなら昼間の今は安全なはずだ。俺は護身用ごしんようにと院長から渡された年季物の短剣を手探りで確かめ、お守り代わりに感じながら大きく深呼吸をした。


 俺は下草の茂る森の中へと足を踏み入れた。目につく植物は片っ端から鑑定し、レア度★3以上の物を探す。しかし、現実は厳しかった。


 ほとんどが★1の雑草か、あっても★2までである。★2などは二束三文。頑張って取っても買い取ってくれるかどうかも怪しかった。


 簡単でないことは分かってはいたが、一時間ほど探し回っても収穫ゼロの現実に、俺は焦燥感しょうそうかんを覚えた。


(まずい、このままでは帰れない)


 そんな時、小川のせせらぎが耳に入った。流れに沿って目を向けると、がけになっている場所を見つける。崖は植生が変わるため、希少な植物が見つかる可能性が高い。俺の心に期待が膨らむ。


 川沿いを歩きながら注意深く観察を続けると、突然目に飛び込んできたのは――――。


アベンス レア度:★★★★

悪魔ばらいの効能がある


「キターーーー!!」


 俺は思わず声を上げた。★4のレア植物。これは間違いなく大当たりだ。興奮に全身が震える。


 しかし、その喜びもつかの間。アベンスは崖の上方に生えており、簡単には手が届かないという現実が立ちふさがる。三階建ての家ほどの高さだろうか。落ちれば間違いなく命に関わる。


(諦めるか……命を懸けるか……)


 俺は葛藤かっとうおそわれた。小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、遠くでは鳥がチチチチと鳴いている。


 ふと、院長の顔が脳裏に浮かぶ。


『絶対に無理はしないこと! いいわね?』


 慈愛じあいに満ちた笑顔と、きびしい眼差まなざしでそうきつく言ってくれた院長。


 しかし――――。


 手ぶらか★4かでは今日一日の成果は全く変わってくる。大口叩いて成果ゼロだなんてとてもみんなにも言えないのだ。


 成功にリスクはつきもの。リスクを恐れていては成功などできない。その思いが、俺の決断を後押しした。


「よし、やってやる!」


 俺は決意を固め、慎重にルートを確認すると、崖の出っ張りに手をかける――――。


 登り始めたらもう後戻りはできない。俺は何度か大きく息をつくと岩をつかむ手に静かに力を込めた。


 その姿は、まるで運命にいどむ若き挑戦者そのものである。この瞬間、俺の新たな人生が本当の意味で始まったのだ。

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