ドラゴンラーメン 〜転生したラーメン屋のおっさん店主、極厚ドラゴンチャーシュー麺で国を救う〜
犬斗
【前編】おっさんがおっさんに転生なんて夢も希望もない
「もうダメだ。小麦を中心に食材の値段が上がりすぎ……」
十年前、努めていた会社を辞め、俺は夢だったラーメン屋をオープンさせた。
味は悪くないものの、特徴もないとダメ出しばかり。
徐々に客足は遠のき、オープンから半年後には閑古鳥が鳴く日々。
自暴自棄になった俺は、昔憧れたファンタジーの世界をヒントに『ドラゴンラーメン』というメニューを作った。
ドラゴンの肉と称したチャーシューを骨に巻きつけ、極太骨つき肉にしてラーメンに乗せるというヤケクソなメニューだ。
店の名前もドラゴンラーメンに変更。
これがまさかの大ヒット。
連日超満員の人気店となった。
だが、昨今の物価高で材料費が高騰。
一杯千五百円と元々値段が高かったドラゴンラーメンだが、今はこの価格でも利益が出ない。
売れば売るほど赤字だ。
とはいえ、これ以上の値上げは客が離れていく。
そうなると人件費を削るしかない。
半年前にアルバイトには辞めてもらい、たった一人で何とかやってきたがもう限界だ。
「くそっ! ここまで来るのに十年かかったんだぞ!」
二ヶ月前からは、朝から晩まで毎日休みなく働いてきた。
しかし、四十歳にもなると身体が悲鳴を上げている。
「もう、無理だ……」
閉店後の店内。
カウンターの椅子に座り、うなだれる。
最近は頭痛も酷く立つのもやっとだ。
動く気力もなくなってきた。
「ん? 何だこれ?」
テーブル下の荷物置き場に、一冊の漫画が入っていた。
客が忘れていったのだろう。
タイトルは『転生したら勇者だった』。
昔は漫画好きだったが、今は漫画を読む暇すらない。
何気なくページをめくる。
「はは、死んで転生か。それもいいな」
次のページをめくろうとした瞬間、激しい頭痛に襲われた。
あれ?
床が目の前にあるぞ。
救急車の音まで聞こえる。
「しっかりしてください! 聞こえますか? 聞こえますか……」
呼びかける声が遠のいていく。
◇◇◇
「しっかりしてください! 聞こえますか? 聞こえますか……」
「ん?」
「き、気がつかれましたか!」
「え? あ、ああ」
「良かったです! 良かったです!」
若い女性がベッドの横で涙を流していた。
「そうか、俺は倒れたのか」
「倒れた? ち、違います! 自殺しようとしたのですよ!」
女性はめっちゃ怒ってる。
というか自殺?
俺、自殺なんてしてないぞ?
そもそもこの女性は誰だ?
部屋を見渡すと驚くほど豪華な部屋だった。
まるで西洋の宮殿だ。
「国王陛下が自殺したなんて、国民になんて説明すればいいんですか!」
「こ、国王陛下? 自殺? 何を言ってるんだ?」
ひとまず、この怒っている女性には謝ろう。
女性にはまず謝る、これが鉄則だ。
「す、すみません……」
「え! 陛下が謝罪!」
「あ、いや、怒ってらっしゃるので……」
「こ、言葉遣いまで変わって!」
ど、どんな言葉遣いだったのだろう。
こうなったら必殺の記憶喪失で押し通すしかない。
「あの、き、記憶がなくて……」
「え? 記憶がないのですか?」
椅子に座る女性の顔に視線を向ける。
まだ二十代前半といったところか。
白い肌に金色の長髪、大きな青い瞳、通った鼻筋、薄くてピンク色の唇。
かなりの美人さんだ。
「こ、ここはどこ……なのかな?」
「おいたわしや。何もかも覚えてないのですね。ご自身のお名前も?」
「う、うん。名前も分からなくて。はは……」
「ここはトラットリア王国。陛下のお名前はフォルマッジ様です」
聞いたことのない国名だ。
「陛下は……その……財政難なのに贅沢三昧でいらっしゃって……」
妙に歯切れの悪い女性。
「正直に言ってください」
「民の不満も頂点に達しクーデターが発生。そしたら『儂の代でこの国は終わりじゃ』って嘆いて毒を飲んだのです」
「そ、それって自分勝手で最悪なやつですね」
「あ、あなたのことですよ!」
「そ、そうでした。すみません」
もちろん俺ではない。
それにしても、あまりにも無能な国王だ。
クーデターも当然だろう。
「臣下は愛想を尽かして、クーデターを起こした公爵側につきました。もう残ってるのは私と騎士団だけです」
「き、君はどうして残っているんだ?」
「私は陛下専属の料理人でロゼッタと申します。陛下は私の料理だけ美味しそうに食べてくださって……。いつも無言でしたが」
料理を食べて無言なんて一番ダメだ。
感謝を忘れちゃいかん。
「ごめんよロゼッタ。いつもありがとう」
「え! 陛下が感謝! ももももったいなきお言葉」
この国王、どれだけ最低のやつだったのだろうか。
それにしても、そんな最低の男に転生してしまった俺。
確かに転生したいと思ったが、これは酷くないか?
「陛下、起きて平気なのですか?」
「身体は大丈夫だよ」
ベッドから出て、壁に立てかけてある立派な姿見の前に立つ。
「な、なんだよ! デブのおっさんじゃねーか!」
鏡を見ると太ったおっさんが立っていた。
身長は低く腹が出ている。
黒髪の短髪に、口と顎に髭を蓄えており、お世辞にも良い容姿とはいえない。
とにかく太ったおっさんだ。
「普通は若いイケメンとか、スキル盛り盛りの冒険者とか、美女とか魔王だろ! なんでおっさんなんだよ! ふざけんな!」
俺は思わず叫んでしまった。
「へ、陛下! どうされたのですか!」
「あ、いや、すまん。ちょっと悲しくて……」
おっさんがおっさんに転生なんて夢も希望もない。
しかも前世より太ってる。
「ロゼッタの料理が美味しくて、俺は太ってしまったんだな」
「そ、そんな、申し訳ございません!」
「あ、いや、違うんだ! 君の料理は悪くない。むしろ余程美味いのだろう」
この若さで国王の料理人なんて、腕が良い証拠だ。
ロゼッタの料理を食べてみたい。
というか腹減った。
「ロゼッタ。申し訳ないんだけど、何か食事を作ってくれないか?」
「か、かしこまりました。いつもと同じメニューでよろしいですか?」
「そうだな。いつも通りでお願いするよ」
ロゼッタが小走りで部屋を出た。
俺は部屋の椅子に座り、水差しの水をグラスに注ぐ。
「これは……軟水か? 美味い水だな」
ラーメン屋で水にもこだわった俺は、飲んだだけで軟水か硬水が分かるようになっていた。
「しかし、前世では店が危機。転生先は国が危機か。まったく……なんて人生だよ」
せっかく転生したのに、傾国の太ったおっさん国王なんて不運どころじゃない。
転生なんてしない方が良かった。
俺は窓の外を眺めながら、転生を願った自分を呪う。
――
「陛下! お待たせいたしました!」
ロゼッタがトレーを持って戻ってきた。
食器から湯気が立ち上る。
白い器には黄金色のスープ。
そして、柄が描かれた皿には肉の塊が一つ。
「おお、美味そうだ!」
「陛下が一番好きなメニューです! キノコのスープと干し肉の塩漬けです!」
「いただきます!」
「え? いつも無言の陛下が?」
「料理に感謝を忘れちゃいかんよ」
「うう、陛下のお言葉とは思えません」
スープを一口飲む。
そして、干し肉にかぶりつく。
「こ、これは!」
「陛下が一番好きで、毎日必ず食べていらっしゃいました! 私の得意料理です。えへへ」
「不味い! 不味すぎる!」
「え、ええ! な、何を仰って?」
「キノコのスープ? 苦みと渋みしかない! 干し肉は殺人クラスで塩っ辛い! ヤバイだろ!」
ロゼッタの飯は驚くほど不味かった。
「そ、そんな! いつも美味しいって……」
「あ、ごめん。でも、ちょっと……味が……」
「も、申し訳ございません!」
ロゼッタは平謝りだ。
「あとで俺が作るよ」
「え? 陛下が?」
「ああ、料理は得意でね」
「え? え?」
大きな瞳を見開いて驚いているロゼッタ。
それにしても、転生していきなり問題山積みだ。
どうしたものか。
まずは国の状況を確認しよう。
「ロゼッタ。色々と教えて欲しい」
「かしこまりました」
「クーデターだって?」
「はい。首謀者はプロシュート公爵です」
自殺前の国王から判断するに、プロシュート公爵こそ民思いの良い人間なのではないだろうか?
機会があれば話してみたいものだが、この状況では難しいだろう。
「この国の現状は?」
「貴族や商人たちから借入金があります。すでに王の威厳は落ち、公爵はこの国の乗っ取りを狙ってます。他国との貿易は赤字で、支払いの期限は半年後です。国庫の資金はもうほとんどありません」
な、なんだそれは。
よくそんなのが国王になってたな。
世襲制の恐ろしいところだ。
無能な人間に金と権力を持たせてはいけない良い見本だぞ。
「わ、分かった。じゃあ、この国の特産は?」
「小麦です」
「こ、小麦だって!」
「はい。輸出もしていました。気候的に小麦は安定して収穫できます」
「そ、それで、その小麦は現時点でどれくらいあるんだ?」
「今年は豊作だったので、国の備蓄庫がいっぱいになるほどあります。でも、小麦なんて庶民が食べるものです」
「小麦をどうやって食べてるんだ?」
「小麦粉にしてパンに加工します」
この世界にパンはあるようだ。
「さっきの干し肉は何の肉?」
「豚です」
「他に食用の肉は?」
「豚の他は、牛や鶏です」
食材は前世とかけ離れてないようだ。
「魔法はあるかい?」
「ま、魔法ですか?」
「手から火が出たりするじゃん?」
「そ、そんな御伽話は……」
「そ、そうだよな。ははは」
魔法はないようだ。
その後もロゼッタからこの国の情勢を聞いた。
◇◇◇
ロゼッタが退室したので、俺は改めて窓の外を眺める。
ヨーロッパの古い街並みのような、美しい建物が広がっていた。
「さて、当面の課題は金か。信用も取り戻さなければならない。というか、この城もいつ攻め込まれるか分らんしな」
「陛下!」
突然部屋にすっごいイケメンが入って来た。
「えーと、君は?」
「ロゼッタから聞きましたが、本当にご記憶がないのですか?」
「そうなんだよ。すまないな」
「とと、とんでもないことでございます。私はこの国の騎士団に所属しており、陛下より団長を拝命いたしました」
「騎士団か。何人残ってる?」
「騎士団は全員残っております」
騎士団は辛うじて残っているようだ。
きっと、この超イケメン団長のおかげだろう。
「君の名前は?」
「スタジョーニと申します」
「スタジョーニ君。俺はこれまで本当に酷い国王だった。だが生まれ変わった。この国をより良い国にする」
「へ、陛下」
「騎士団長には苦労をかけるが、一緒に働いてもらえるか?」
「も、もちろんでございます!」
アルバイトから信用を得るには、自分が一番働くことだ。
その姿を見せることで、バイトたちもやる気を出してくれた。
「ではさっそくやってもらいたいことがある」
「ハッ! 何なりとお申しつけください!」
「モンスターを討伐してくれ」
「モンスターの討伐ですか?」
ロゼッタからモンスターの存在を聞いていたが、この世界のモンスターは生態系に準じており、動物の上位に当たるような存在だった。
さっき食べた豚肉は驚くほど不味い。
前世の豚とは大違いだ。
もしかしたら、モンスターの方が美味いのかもしれない。
「陛下。昨日は騎士団でドラゴンを討伐しました」
「ドドドド、ドラゴンだって?」
「ハッ! 左様でございます!」
「こ、この世界でドラゴンは珍しいのかい?」
「様々なドラゴンが生息しています。中には珍しい種族もいますが、国の全域で繁殖しています。ですので騎士団で討伐を行っております」
ドラゴンが存在している。
どんなドラゴンか分からないが、見てみる価値はあるだろう。
「騎士団長。討伐したドラゴンは残ってるか?」
「ハッ! これから解体するところです」
「ドラゴンの肉は食べる?」
「え? ド、ドラゴンの肉ですか? 鱗や骨は様々な用途に使用できますが、肉は破棄します」
「分かった。解体の様子を見たい」
「かしこまりました!」
俺たちは騎士団の駐屯地へ移動。
騎士たちが敬礼して出迎えてくれた。
広場に向かうと、一頭のドラゴンが倒れている。
「で、でかい!」
「これはまだ小型のドラゴンになります」
「これで小型? 嘘だろ?」
体長はゆうに十メートルを超える。
前世で言うところのティラノサウルスのようだ。
これが小型というのなら、大型は一体どれほどの大きさになるのだろうか。
「スタジョーニ君。これはなんというドラゴンなんだ?」
「この国で最も繁殖しているディノドラゴンです」
「ディノドラゴンか。討伐は難しいのかい?」
「ハッ! 私と騎士団にかかれば、ウサギ狩りと等しいです!」
この巨大なドラゴンとウサギが同じなんて凄い自信だ。
本当に凄腕なんだろう。
「スタジョーニ君、ナイフを貸してくれ」
俺は小型ナイフでディノドラゴンの肉を削ぎ落とし、鼻に近づける。
「臭いはない。だが、生で食うのはやめておこう」
スタジョーニ君にお願いして、火を起こしてもらった。
ナイフに刺した肉を焼く。
パチパチと音を立て、表面に焼色がつく。
滴り落ちる脂。
見るからに美味そうだ。
そのまま口に入れた。
「「陛下!」」
スタジョーニ君と騎士たちが叫ぶ。
「こ、これは! うぐうううう」
「どうされましたか! 大丈夫ですか! お薬をお持ちします!」
「う、美味い! めっちゃ美味いぞ!」
ジョーシーで濃厚な味の肉。
驚くほど柔らかい肉は、噛んだ瞬間口の中で溶けるように消えていく。
脂はコクがあり、それでいてしつこくない。
前世の最高級和牛よりも遥かに美味いと感じた。
「味付けしなくても美味い。この肉はマジで凄いぞ」
「う、美味いのですか?」
「ああ、驚いたよ。食べてみるかい?」
「い、いえ。その……」
「あはは、そうだな。無理強いはしないよ」
食に関しては国民性や宗教の問題もある。
無理強いは良くない。
スタジョーニ君にお願いして、このディノドラゴンの肉を解体してもらった。
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