第4話 揺れる心
ギギとハサウェイが再び社交界に戻った夜も更け、パーティーの熱気が徐々に冷めていく中、ギギは心の中でざわめきを感じていた。彼女はハサウェイとの会話の余韻を引きずりながら、再びこの虚飾に満ちた世界に身を置いている自分に違和感を覚えていた。
彼女はふと、パーティーの喧騒から離れ、シグマ・ステーションの奥まった廊下へと歩みを進めた。周囲には誰もおらず、静寂が支配していた。ギギは深い息をつき、心の中に渦巻く感情を整理しようとした。
「私は…何をしているんだろう…。」
ギギは独り言のように呟き、壁にもたれかかるように立ち止まった。彼女は連邦政府の高官たちに囲まれ、その美貌を武器にしながらも、その裏ではハサウェイに協力している。だが、それが本当に自分の望むことなのか、次第にわからなくなってきていた。
「自由を求めるなら、どうしてこんな場所にいるんだ?」
先ほどハサウェイが言った言葉が、頭の中で何度も繰り返された。彼の言葉は、彼女の心に突き刺さり、自分が本当に求めているものが何であるかを問いただすように響いた。
「自由…。それが本当に私の求めているものだとしたら…。」
ギギは目を閉じ、胸の奥底にある不安と向き合った。彼女はずっと、自分がこの世界にいることに意味があると信じてきた。しかし、ハサウェイと出会ったことで、その信念が揺らぎ始めた。彼女は、彼の持つ強い意志と覚悟に引き寄せられ、自分も同じ道を歩もうとしている。
だが、その道が本当に正しいのか、彼女はまだ確信を持てていなかった。ハサウェイが追い求める自由は、彼女にとっても同じ価値を持つのか、それとも違う何かを求めているのか――。
その時、背後から静かに足音が近づいてくるのを感じた。ギギは振り返ると、そこに立っていたのはケネス・スレッグだった。彼はいつもの冷静な表情で彼女を見つめていたが、その瞳には鋭い疑念が宿っていた。
「ギギ、こんなところで何をしている?」
ケネスの声は柔らかいが、その裏には彼女の行動を問い詰める意図が隠されていた。ギギは一瞬戸惑ったが、すぐに微笑みを浮かべ、いつものように表情を取り繕った。
「ただ、少し疲れてしまって…静かな場所が欲しかっただけよ。」
ギギの言葉は嘘ではなかったが、ケネスはその言葉の裏に隠された真意を探ろうとしていた。彼はギギに対して警戒心を抱きながらも、同時に彼女の内面に引かれるものを感じていた。
「そうか。君がここにいるのは不思議ではないが…最近、君の周りで奇妙な動きが多いように感じるんだ。」
ケネスは一歩前に出て、ギギに向かって問いかけた。その目は彼女の動揺を見逃さないように鋭く見つめていた。
「君とハサウェイ・ノアの関係について、話を聞かせてもらえるか?」
その質問に、ギギの心臓が大きく跳ねた。彼が何を知っているのか、どこまで気づいているのか、ギギは一瞬で状況を判断しようとした。しかし、ケネスの視線が彼女の嘘を見抜こうとしていることを感じ取り、ギギは慎重に言葉を選んだ。
「ハサウェイとは…ただの友人よ。彼もこの世界に嫌気がさしているようだから、時々話をするだけ。」
ギギは穏やかな声で答えたが、ケネスはその言葉に完全に納得していないようだった。彼はギギの言葉を反芻しながら、彼女の表情をじっと観察していた。
「本当にそれだけか?」
ケネスの声には、疑念が隠されていた。彼はギギが何かを隠していると感じていたが、それが何であるかをまだ掴めていなかった。ギギはその視線に耐えながら、冷静さを保とうとした。
「もちろんよ、ケネス。私があなたに隠すことなんて何もないわ。」
ギギは微笑みを浮かべながらそう答えたが、その内心では激しい動揺を抑え込んでいた。彼女はケネスが自分に対して特別な感情を抱いていることを知っていたが、それを利用することに抵抗を感じていた。それでも、彼女はハサウェイを守るために、この状況を乗り切るしかなかった。
ケネスはしばらく黙ったまま、ギギを見つめ続けた。その視線は、彼女の心の奥底を覗き込むように感じられた。しかし、彼はそれ以上問い詰めることなく、ゆっくりと息を吐いた。
「分かった。だが、もし君が何か問題を抱えているなら、必ず私に相談してくれ。君が危険な目に遭うのは避けたいからな。」
ケネスの言葉には、彼女への本当の心配が込められていた。ギギはその言葉に胸を締めつけられるような思いを抱きながら、静かに頷いた。
「ありがとう、ケネス。」
ギギはそう言い、彼に感謝の微笑みを向けた。だが、その微笑みの裏には、彼女自身も気づいていない複雑な感情が渦巻いていた。彼女はケネスの目を避けるように視線を逸らし、再び廊下の奥へと歩き出した。
ケネスはその背中を見送りながら、何かが変わり始めていることを感じ取った。ギギとハサウェイの関係が、彼らの運命を大きく変える可能性があることを、彼は直感的に悟っていた。
「ギギ…君は何を考えているんだ…。」
ケネスは静かに呟き、再び冷静な軍人としての自分を取り戻そうとした。だが、その胸の奥には、ギギに対する強い感情が消えずに残っていた。それが彼の判断を曇らせることになるかもしれないと、彼はどこかで感じていた。
ギギが遠ざかる足音が聞こえなくなった後も、ケネスはその場に立ち尽くしていた。彼の心には、彼女が抱える秘密と、それに伴う危険がますます大きくなっているという確信が生まれつつあった。
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