第48話 魔王2

 神と人間が交わった子孫のなかに、まれに『聖』の術者がいる。

 シャロンがそれだった。

 自分は気絶までしてしまい、誤算が生じたが、彼女はただのブレスレットと思い、魔石を粗末に扱うことはなく、大事にしてくれている。

 

 おもしろい少女だ。

 以前、彼女は悪人になろうとしていたこともあった。

 後押ししてもよかった。だが信頼を得たほうが有益だと判断し、止めることにした。


『魔』と『聖』は真逆だが、実はとてもよく似ている。

 元々父は天界の高位の神で、魔族は天使が堕ちたものだから。

 

 クライヴはデインズ公爵家に首尾よく侵入を果たした。

 ルイスには、魔術の家庭教師として入り込むよう、自分が命じた。

 秘密があるシャロンを、ルイスに探らせようとした。

 

 自分がいないときは、彼女のそばにつくよう言ってある。

 廃屋にシャロンを連れていくようにもルイスに指示した。

 

 別荘で彼女は秘密を明かさなかったので、クライヴは自ら動いた。

 いつもと違う場所、環境であれば、聞き出しやすくなるだろう。

 自分が残した魔力の残滓を利用し、彼女の心の中に入り込んだ。

 

 それでシャロンから『前世』と『ゲーム』について聞いた。

 驚いたが、それは事実のようである。

 ヒロインが持つ力と同じ力をもっていることに、彼女は気づいていない。

 魔王を倒せる『聖』の力。シャロンにはそれがあるのだ。

 

 魔法学校に入学後、クライヴは魔力を測るため、ヒロインに接触した。

 ヒロインが廊下におとしたものを拾い、彼女に渡したとき、力を確認した。

 確かに『聖』魔力を秘めていた。

 だがシャロンのほうが圧倒的に魔力も能力も上だ。

 

 ヒロインの魔力は『聖』、シャロンの魔力は『聖』のなかに、『破魔』の力が秘められている。

 そのため、父から受け継いだ魔王の力の源、核に触れることができたのだろう。

 シャロンに魔王だと知られなければ、何も問題はない。

 

 クライヴは公爵家に入り込み、国王や王太子の観察はできたものの、いまだ世界を滅亡させるかどうするか、結論を出してはいない。

 



◇◇◇◇◇




「お嬢様、気持ちいいですか」

「ええ。気持ちいい。クライヴ」


 シャロンは恥ずかしそうに頬を染め、やや緊張している。

 誰もいない放課後の教室で、シャロンの肩を揉んでいる。

 

 廊下にヒロインの姿がみえる。

 ヒロインはシャロンとクライヴの様子を伺っているのである。

 主従なため、本当に恋仲なのかと疑っている。

 

 ヒロインに自分たちが付き合っていると思わせるよう、シャロンの顎を掴み、そっとこちらに向けた。

 キスをするフリをすれば、ヒロインは泣きそうな顔をして、駆け出していった。


「ヒロイン、行ったわね」

「はい」


 クライヴはシャロンから名残惜しく手を離す。彼女はほっと息をついた。

 シャロンに自らの命ともいうべき、魔石を握られてしまったからだろうか。

 自分はシャロンに弱かった。

 前世の記憶があるという、変わった少女に。




「クライヴ様、ドナ・イームズの経歴がわかりました」


 その日、クライヴはルイスに以前命じた件の報告を受けた。

 シャロンに聞いていたゲームと経歴は同じだった。平民のドナは魔力があることがわかり、親戚の家に引き取られて魔法学校にくることになった。


「ドナ・イームズに合う異性を見つけ、ふたりを結び付けたい。魔力保持者で、やさしい、見目の良い男を」


 シャロンによれば、そういう男がドナのタイプらしい。

 ルイスはしばし黙考する。


「教師はどうでしょう? 来月、新たに赴任する教師をこちらで見繕います。その男の好みもドナ・イームズで合致する者を」

「そうしてくれ」

「承知しました」




 すうと静かな寝息を立て、眠ったシャロンをクライヴは見つめた。


「お嬢様」


 返事はない。彼女は一度眠ったらなかなか起きない。

 ヒロインはかなり疑い深いようだ。

 連日みてくるので、今日も放課後、シャロンと恋人のフリをした。

 

 肩を揉んでいるうちにシャロンは眠ってしまい、ヒロインは去っていった。

 しんと静まり返る教室で思う。

 いっそ、本当に口づけてしまおうか。


(──俺はおかしい)


 こんな気持ちになるなんて。

 最初、利用しようと、シャロンに近づいた。

 現国王が王位を狙ったため、母が早世したのではと疑っていた。

 もし謀り事であったなら国王を破滅させ、その子、ライオネルとアンソニーを地獄に突き落とそうと考えていた。

 

 しかしこの数年間、調査した結果、現国王が母を殺したという事実はなかった。

 母は本当に病で亡くなっていた。

 そして自分が殺されかけたのは、先王の指示によるものだった。

 孫だが、魔王の血を引いている。

 生かしてはおけなかったようだ。

 

 それで当時の宰相に殺させようとしたのだ。

 そんな先王も宰相もすでに亡くなっていた。

 先王の血を引く国王と王子に復讐をし、世界を滅亡させてしまってもいいのだが。

 今はそういった気持ちが湧かなかった。


「お嬢様」


 クライヴは椅子に座る彼女の横に腰を下ろす。


「……ん」


 身じろぐものの、起きる気配がなかった。

 クライヴはシャロンの髪に触れようと手を伸ばす。


 足音に気づいて、後ろを振り返った。

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