第28話 何のために

 幾ら考えても、腹が立つ。

 鬱屈したものを抱えたライオネルは夜、王宮の庭に出た。


 将軍を呼んで篝火の下、剣合わせをする。

 アンソニーへの鬱憤が、剣にこもる。

 シャロンとのせっかくのデート。


(何のために僕は今日、街に出たんだ)


 シャロンと過ごすためだったのに。

 彼女といるのを邪魔されるためではない。

 ライオネルは怒りのまま、剣を振るった。

 



※※※※※




(兄上の機嫌が悪い)


 夜、アンソニーは庭園を歩いていて、剣合わせをしている兄を見つけ、足を止めた。

 剣筋の荒々しさから、強い憤りが見てとれる。

 ──兄が怒るのも当然だ。

 

 アンソニーは自己嫌悪に陥る。

 自分は何をしているのか。

 兄の婚約者に、身につけるものなどを贈ってしまった。

 ……贈りたくなってしまった。

 シャロンに似合いそうで、彼女もその髪飾りを見ていたから。


 ──正直、彼女のことがアンソニーは気になっている。

 最初は兄にくっつき、迷惑をかけているシャロンに苛々し忠告をしていた。

 兄を煩わせるなと。

 だが、いつの間にか彼女とただ話したくなっていた。


 前は自己中心的で、気が強く、ひとの気持ちを慮ることができない令嬢だったが、今は周りに迷惑をかけないよう、気遣いのできる心やさしい性格になった。

 

 アンソニーはシャロンに小言を言い続けたが、彼女はそんな自分をうっとうしがることなく、兄想いな人間だと認識しているようだ。


(違う……おれはそんな一点の曇りもないような人間ではない)


 兄は優秀でパーフェクト、人心掌握術にも長けている。

 自分は今、兄への敬慕だけで、兄の婚約者に向き合っているのではない……。

 会話をし、シャロンにもっと近づきたい、という気持ちがある。


 彼女といると、呼吸がラクになって、心の強張りが解ける気がするのだ。

 第二王子で存在意義のないアンソニーのことも、シャロンは気にかけてくれる。


(おれにもっと自分自身を大切にしてほしい、と)


 ほかの誰とも違う。

 シャロンが、凍った心をあたためてくれる。

 彼女は賊に遭遇したりして恐ろしい目に遭った。

 不運な出来事だったが、それがきっかけで彼女は良いふうに変わったのだろうか。


(この気持ちは誰にも言えない) 

 

 兄の婚約者に関心をもっているなど。

 剣合わせをしているライオネルから視線を逸らせ、アンソニーは身を翻して庭園を後にした。




※※※※※




「とても清々しい空気だ」


 ライオネルは目を細める。

 彼に手を取られ、シャロンが馬車から下りれば、澄んだ緑が光を弾いていた。

 今日は、ライオネルと草原にやってきた。


「爽やかで、気持ちいいですわ」

「そうだね」


 護衛を置き、ライオネルはシャロンを連れて歩き出した。

 このところライオネルとよく出掛けている。

 この間はお忍びで街に行って。

 そのとき、余り長く過ごせなかったから今日また会おうと、ライオネルから誘われたのだ。

 街でも日が暮れるまで、長く過ごせたと思うけれど。

 

 少し歩くと花畑があった。

 冴え渡った青空の下、花の絨毯が鮮やかに草原を彩っている。


「美しいですわ」


 シャロンが絶景にうっとりすれば、ライオネルは微笑んだ。


「ここで過ごそうか」

「はい」

 

 シャロンはライオネルと腰を下ろした。

 蝶が舞っている。

 シャロンはひとつのことに思い当たった。


(あ、そうだわ)


「ライオネル様」

「何?」


 花を愛でる姿も端整である。

 見惚れてしまいながらシャロンは唇を開く。


「この間、預かっていただいた蝶の髪飾りなのですが。アンソニー様からいただいた」

「ああ」 

 

 ライオネルは相槌を打ち、こちらを見た。

 間近で視線が合う。


「どこかで落としてしまったみたいなんだ。探したんだが見つからなくて」


 もらったものだし、気に入っていたので、少々ショックであった。

 アンソニーに悪く思う。


「そうですの……」

「ごめんね、シャロン」

「いえ」


 帰るときに、ライオネルに預けていたことを忘れていた自分にも非がある。


「気に入っていた?」


 シャロンは顎を引く。


「可愛い髪飾りでしたので」


 ライオネルは表情を曇らせた。


「そう。本当にごめん」

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