忍びの恋／忍の掟

温泉の泉

熊との激闘で体力と精神力を限界まで使い果たした風花は、傷を癒すために山奥にあると言われる温泉の泉を目指した。険しい山道をひとしきり歩いた後、ようやく泉に到達する。泉は静かで、周囲には柔らかな光が差し込み、心が落ち着く。

風花は傷だらけの身体を温泉の湯に浸けると、ゆっくりと湯船に沈み込み、全身の力を抜いてリラックスする。

風花は温泉の湯にゆっくりと浸かりながら、自分の体に刻まれた痛みと傷のひとつひとつを感じ取っていた。熊との戦いでできた傷跡が無数に体に残り、腕や肩には深い引っ掻き傷がいくつも刻まれている。その傷はまだ痛みを放ち、皮膚がぴりぴりとした鈍痛を伴いながら湯に染みていく。特に左肩の大きな切り傷は、炎症を起こして熱を帯びており、湯に浸かるとじんわりとした痛みが広がった。

風花は湯に浸かりながら、改めて自分の身体を見つめた。激闘の痕跡が全身に刻まれており、特に筋肉質で引き締まった腕や脚には、無数の細 かな傷跡が浮かんでいた。左肩の筋肉は、熊の鋭い爪に裂かれた痕が赤く残り、湯に触れると鋭い痛みが走ったが、それもやがて湯の温かさに和らいでいく。腕の血管が少し膨らみ、体温が上がるにつれて自然と血流が促進され、心拍がゆっくりと落ち着きを取り戻していくのを感じた。

弾力のある太腿には、倒れ込んだ際にできた大きな青あざがくっきりと浮かび上がっており、体の中に隠れていた疲労が湯の中で解き放たれるかのように、じんわりと鈍い痛みが染み渡る。それでも湯の成分が皮膚からゆっくりと浸透し、凝り固まっていた筋肉が少しずつ柔らかくなり、内側から温もりが伝わってくるのを感じた。

背中には戦いの最中に受けた打撲痕が点々と散らばり、肩甲骨のあたりから腰まで、まるで木の根が張り巡らされたように傷の跡が走っていた。湯に体を預けると、少し痩せて見える肋骨が浮き出し、その輪郭が 湯の中で静かに息づく様子がわか る。激しい運動で筋肉が張り詰めていた彼女の体は、ようやく安らぎを見出し、自然の温かさに包まれて内側から癒されていくのだった。

湯の温もりが皮膚から徐々に体内へと入り込み、傷ついた細胞が再生を始めているかのように感じた。温泉の成分が体に染み渡り、重い疲労が 少しずつ解けるとともに、肌がゆっくりとほぐれていき、全身が軽くな る感覚に包まれていく。風花は目を閉じ、湯の中で微細に鼓動する自分の生命力を静かに感じ取りながら、再生のひとときを満喫した。

風花はそっと胸元に手を当て、そこにも小さな打撲の痛みを感じる。戦闘の際に強く地面に叩きつけられた痕が残り、深い呼吸をするたびに鈍い痛みが体の奥から響いてくる。両足にも無数の小さな傷があり、そこから湯がしみ込むたびに、彼女の全身がひとつひとつの痛みを思い出すかのように反応する。それは痛みを伴う感覚であったが、同時に自分がまだ生きているという実感でもあった。

温泉の湯が彼女の体に少しずつ温もりを与え、凝り固まった筋肉をほぐしていくと、風花はその痛みさえも心地よく感じ始める。傷はまだ新しいものばかりであり、いくつかの擦り傷からはまだかすかに血が滲んでいるが、湯に浸かることでその傷が癒されていくのを感じた。全身に蓄積された疲労が湯とともに溶け出し、長い間緊張し続けていた筋肉がほぐれていく感覚が彼女を包み込む。

温かさが全身に広がり、心地よさに包まれる。傷ついた肌に湯がしみこむ感覚は、彼女に深い安心感を与え、痛みを和らげる。

ふと視線を上げると、風花の目の前に一対の鹿が現れる。母鹿と子鹿が静かに泉の近くまで歩み寄り、好奇心からか少しずつ温泉の近くに足を踏み入れてくる。風花は驚きながらも、鹿たちの自然な姿に心が和む。

鹿たちは風花のそばに近づき、彼女もまた鹿たちを優しく見守りながら、自然の中での穏やかな時間を共有する。風花は鹿たちと一緒に温泉の中に座り、暖かい湯と静けさの中で心を落ち着ける。鹿たちが穏やかに過ごす姿を見て、風花は自然との調和を感じ、心の奥深くで何かが癒されるのを実感する。

風花の心も少しずつ癒されていく。自然と調和し、戦いを乗り越えてきた自分の傷だらけの体と心が、温泉の湯とともに少しずつ再生されていく感覚を彼女は静かに噛みしめていた。風花はその瞬間、自分がこの山奥の静かな温泉に救われていることを深く感じ、体の痛みとともに心の傷も次第に和らいでいくのを感じたのだった。

温泉の中で心を癒し、傷を癒した風花は、これからの修行に向けて新たな決意を固める。彼女は自然の中で自分自身を見つめ直し、心の中に芽生えた穏やかさと強さを胸に江戸に帰る準備をするのだった。