第28話 牢獄の最奥
「
正面入り口を守るのは、虎族の若者たちだった。
やる気はあるが、いかんせん経験不足。
子晴が近くにいるのに、気づきもしない。
「裏口のほうはどうでしょうか」
そっと回り込むと、こちらにも守衛がいた。
正面入り口よりも厄介そうな相手。
でも、一人しかいない。
「ここから侵入してみましょう」
子晴は助走をつけ、軽々と塀を跳び
兎族の脚力をもってすれば、この程度のことはできて当然なのである。
城といっても、随分昔にうち捨てられた場所。
すっかり寂れてそこかしこで崩落が起き、城とは思えないありさまになっている。
子晴は身を隠しながら先へ進んだ。
「
志偉は王弟だが、品希と同じ扱いを受けているはずだ。
なにせ、虎族は力こそすべての一族。
王の弟だからという理由だけで、特別扱いされるはずがない。
なにより志偉は、《まだらもの》。
一般的な獣人は忌避する存在であることから、牢の最奥に留め置かれている可能性が高い。
「……思っていたより警備が甘いですし、偵察はすぐに済みそうですね。気合いを入れて、完遂しなくては」
宇翔はすべてを話し終えただろうか。
今にも泣き出しそうな顔をしている淑恵を思い浮かべて、子晴はつらそうに顔をしかめる。
「こういう時こそ、お嬢様のお側にいたかったのですが……」
だが、仕方がない。
まさか宇翔に偵察をさせるわけにいかないし、あの状況でわざわざ他の誰かを呼んで任せるというのも時間がもったいなかった。
つまり、子晴が行くことが最適解だったのだ。
「それもこれも、品希がしくじるからです。あとでしっかり
朽ちた廊下を進みながら拳を握っていると、向こうから男が二人歩いてきた。
その手に縄を握り、続く縄にはゾロゾロと捕虜らしき女性たちがつながれている。
(おそらく、征服した
同じ女性として、今後彼女たちが受ける仕打ちを考えると、助けたい気持ちがある。
けれど、いくら子晴が強くても、ここで騒ぎを起こすわけにいかないのだ。
(……好機と捉えましょう。女性たちは牢へ入れられるはずですから、あとを追えば品希たちの場所が分かるはず)
子晴が悔しそうに歯噛みした、その時だった。
「おい、大人しくしてろよ!」
「時間になったら、たっぷりかわいがってやるからよぉ!」
男たちの下卑た笑い声が近づいてくる。
柱の陰に隠れてやり過ごした子晴は、あとを追いかけた。
(予想通りです)
彼らの行き先は、牢だった。
捕虜と思われる女性たちは、入り口近くの牢へ入れられる。
すすり泣きが聞こえてきて、子晴は胸が苦しくなった。
(この牢を選んだのは、出し入れしやすいから。戦のたびに行われる宴で、彼女たちは……)
助けたい気持ちをグッと我慢して、子晴は牢の前に敷かれた石畳の廊下を走り抜けた。
品希と志偉の居場所の特定がすぐに終われば、その分だけ女性たちを助ける時間が早くなる。
随分使われていなかったのか、そこかしこに
どこもかしこも狭苦しく、龍の姿で応戦するには無理がありそうだ。
「それにしても、ここの牢は数が多すぎます。皇城とはいえ、一体どれだけの人数を収容するつもりだったのでしょう?」
呆れながらも薄暗い牢を見て回る子晴は、品希を見つけた。
ボロ雑巾のようにぐったりと冷たい石の床に転がる彼に、目をこらす。
「品希?」
気絶しているのか、眠っているのか。
横向きに転がった彼の背中が上下するのを見るに、死んではいないようだ。
呼吸も荒くなく、優先度は低いと判断する。
さらに奥へ進むと、ようやく志偉を見つけることができた。
予想通り、最奥である。
「志偉様」
子晴が声をかけると、薄暗闇の向こうから金の目が視線を寄越してきた。
その目に光はなく、ただただ深い悲しみが浮かんでいる。
動く気もないのか、志偉は膝を抱えて座り込んだまま。
「宇翔様に頼まれたのですか?」
聞き取るのがやっとな覇気のない声で、志偉は言った。
《まだらもの》とはいえ、両親ともに捕食側の獣人であるのに、どうして彼はこんなに弱いのだろう。
(でも、こういう守ってあげたくなるところにお嬢様は惹かれているようなんですよね。お嬢様は結構気が強い御方ですし、お似合いなのではないでしょうか)
「はい。お戻りにならないので、探しに来ました」
「宇翔様のことだから、今回は偵察のみだろう。このあとは、淑恵のところへ?」
「はい、戻ります」
「では、伝言をお願いしたい」
「ご自分の口で、お伝えくださいませ」
嫌な予感がして、子晴は志偉の頼みを拒否した。
それになにより、淑恵は志偉の帰りを待っている。
やっと、二人が向き合う時が来たのだ。
彼には戻ってもらわないと、困る。
「こんなところにいるのだ。無理だよ」
「すぐに助けがきます。それからでも遅くはありません」
再度断ると、志偉の唇が奇妙に
暗がりでそんな顔をされると、雰囲気のせいか底知れぬ恐怖を覚える。
(志偉様はまた、諦めてしまったのでしょうか。戻ってしまわれたのでしょうか。お嬢様と出会う前の、なにもかも諦めていたあの頃に)
「お願いだ、子晴。淑恵に伝えて」
「どうなっても、構わないのですね?」
「ああ、僕はどうなっても構わない。だから……」
志偉は知らないのだ。
淑恵という人となりを。
(こんな状況で伝言を聞けば、お嬢様がどんな行動にでるのか分からないのですね)
この分からず屋め、と子晴は心の中で毒づいた。
いっそ、その身で分からされたらいいのだ。お嬢様の、素晴らしさを。
「かしこまりました。お嬢様にお伝えいたします」
感謝する志偉に、子晴は笑いたくなるのを我慢した。
分かっていない。志偉は、淑恵のことをちっとも分かっていない。
(分かっていなくても構いません。お嬢様の本当に素晴らしいところは、分かる者だけが分かれば良いのです。……いつかきっと、彼にも分かる日がくるでしょうから)
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