第10話 男の娘
「相君はさ、男の娘ってどう思うかなっ」
「えぇ!?いきなりどちら様!?」
夜も更けて、机に向かって趣味の漫画を読みふけってたはずの僕は、気づけば見知らぬ場所にいた。
周囲は見えているはずなのに何故かはっきりとしないぼんやりとした輪郭で。
そんな不思議な空間に対する戸惑いを自覚する間もなく、いきなり声をかけられた。
僕に声をかけてきた人物は背景と違ってハッキリとその姿を認識できる。
「ここはどこ?きみはだれ?」
なんて疑問を口にする前に、目の前の人物は僕に質問を投げかけてきたのだ。
当然戸惑うしかない僕に、『彼女』はその可愛らしい顔を僕の眼前に寄せて、なおも問いかけてくる。
「君は、男の娘ってどう思うのかな」
「えっと、その『おとこのこ』っていうのは漢字で書くと男に娘って書く『男の娘』で良いのかな」
「そーだよ!知ってるでしょっ男の娘」
僕の回答は正しかったのか、顔を近づけたままに、人差し指をピッと立てて笑顔で答える『彼女』
「ま、まぁ知ってるけどさ」
「うん、うん。そうだよね、相君ならもちろん知ってるよねっ」
『彼女』の余りの可愛らしさにドギマギする僕の反応が楽しいのだろう。
言葉に喜びを含んでいるのが分かる。
そんな風にしながら『彼女』は僕に対する質問の答えを促すように視線をこちらから外さない。
「えっと、そうだな。男の娘っていうのは、男性だけど、女性の恰好をしたりする人のことかな」
「ぶぶーはずれー。というよりそれじゃ質問の答えになってませーん」
とりあえずと出した僕の回答は、『彼女』のお気に召さなかったようだ。
『彼女』は僕から途端に距離をとって腕をバッテンに組んでダメ出しをしてきた。
「外れって言われてもな」
離れてしまった『彼女』との距離を惜しみつつも、僕はそう呟く。
男の娘とは何なのか?よくよく考えてみれば、これって結構難しい。
例えば、『男の娘』って言葉の元になった存在と、テレビなんかに出てくる存在はもう全く別の存在だと思うのだ。
何しろ空想上の描写と、現実世界の趣味嗜好といった感じで、比較するものなのかも分からない。
そう考えると同じ言葉なのに同じ存在を指さないなんて面白い、と思う。
「はいはいっ全く別方向の思考に耽るの禁止ねっ」
「てっ、わわっ」
男の娘、について考察に入ろうとした僕の両手をとって、『彼女』はそう言った。
触れてしまった手の感触に慌てる僕に、『彼女』はにやにやとした笑顔を浮かべる。
「恥ずかしがり屋さんだねー、相君は。そんな君だから答えて欲しいんだよね」
「僕、だから?」
「そ。ついつい思考が逸れがちで、ダラダラと考えこんじゃう。本筋とは関係ないのに深読みしちゃうオタク思考。アニメ、ゲーム、漫画が大好き。そんな『オタク』な相君だからこそ、さ」
「オ、オタクってなんでそれを知って!?」
それは、僕が精一杯隠してきた秘密である。
僕、小野久保相は。小学校高学年でオタクを自覚して、それを中学時代必死にひた隠ししてきた男なのである。
そんな僕にとって『彼女』の発言は余りにも衝撃的で、慌てずにはいられなかった。
「もう一回質問するね。『オタク』な相君にとって、『男の娘』ってどう思うかな?」
けれど、『彼女』は僕の動揺は意にも介さず、最初の質問を修正して、投げかけてきた。
「『オタクな僕』が『男の娘』をどう思うか」
「そそ、そういうことだよ、相君」
僕が『彼女』の言葉を反芻して、辿り着いた質問。
……それに対する、答えは。
「えっと恥ずかしいんだけど」
「良いんだよ、何も恥ずかしくないからねっ。質問したのはこっちなんだからっ」
質問を咀嚼し、出そうとした答えを躊躇する僕に、『彼女』はどうぞと答えを促してくる。
そして僕は。
「僕にとって男の娘は、ヒロインにもなれる存在かなぁって」
そんな風に答えて、即、後悔した。
いや、初対面の人に何言ってんだ、僕。
しかも答えに至る道筋すっ飛ばして、いきなり男の娘はヒロインになれるって。
こんなのきっと目の前の彼女にまたもバッテンされてしまう。そう思った瞬間に。
「そうだよねっ。相君ならそう言ってくれると思った!嬉しいっ」
「え、ちょいきなり抱き着かないで……っ」
僕の答えの何が良かったのか、『彼女』は飛びつくように抱き着いてききた。
正直、嬉しいけれど、本当に何が起きてるのかの戸惑いが大きい。
「へへへー。相君ならそうだよね。君にとって『男の娘』は二次元に存在する美少女キャラクター。当然ヒロインにだってできるよね」
「あ、うんその通りなんだけどなんで分かるの?」
僕の体をぎゅっとしながら、何故か僕の考えを理解している『彼女』
ただ、そんな僕の疑問をすっ飛ばして『彼女』は言葉を続ける。
「嬉しいな、相君がそう思っていてくれて嬉しいな」
「そんなに喜ばれることじゃないと思うけど、というかそろそろ離れてもらって」
「照れなくていいんだよ、相君。だって私は、ボクは君のヒロインなんだからさっ」
「え?ヒロイン?というかボクって?」
「ボク、男の娘だからさ。つまり、相君のヒロインでしょっ」
言って、『彼女』……『男の娘』は僕の顔に自身の顔を急接近させてくる。
「いやいやちょっと待って!さっきの答え無し無し!もう一回やり直させて!」
「えーなんでさー。今良い所なのにー」
このままでは口と口が触れてしまう。
それをギリギリで回避するように慌てて先程の答えをなかったことにする。
不満そうな『男の娘』、けれどどこか見覚えのあるその顔はそれでも笑っていた。
「えっと僕が『男の娘』をどう思うかというと」
「言うと?」
「その、男性なんだけど、女性の姿をしていて」
「それは一番最初の面白くない答えだよー」
「えっと僕の知ってる男の娘は美少女で」
「それじゃ、やっぱりヒロインだねっ」
同じ答えを出す僕に、再度『男の娘』の顔が近づく。
「で。でも美少女だけど男子、そう男子なんだ!」
「だから、ヒロインになれないの、かな」
「あ、いやその、そうじゃなくて」
慌てて絞り出した答えは、正しい答えだと思う。
けれど、その答えに目の前の『男の娘』は悲しそうで。
だから、それを遮って、僕は慌てて言葉を発する。
「友達!友達になれる!」
「男の娘と友達?」
「そう、美少女だけど、男子。僕と同じ年齢くらいの男子。だから僕は友達になれる!」
「そっか、友達かぁ。でもなんだかちょっと、ね」
『男の娘』は一瞬見せた悲しさこそ引っ込めたものの、それでもヒロインと答えた時の様な明るさはなくなって、寂しさを見せていた。
それが、何故だか見ていられなくて。
「と、友達以上!友達より凄い。友達以上になれるから!」
僕は大して考えもせずに、そんなことを言ってしまった。
大声を張り上げた僕を見て、一瞬ポカンとした表情を見せた『男の娘』。
そして、また抱き着いてきた!
「ちょ、ちょっと待って、友達友達だよ?」
「ふふふっそうだよねー友達だね。残念だけどしょうがないねー」
「ざ、残念なことないと思う、これから友達として仲良くすれば」
「そうだねー友達として仲良くしようねー」
そう言いながらも、ヒロインといった先程よりも顔を近づけられて。
「それで、仲良くしたら。友達以上になるんだよね」
「え」
「相君が言ったんだよー。以上って。だから、友達より凄くなって、ヒロインも超えて、その先に行っちゃおうか」
そう言って、『男の娘』は、『彼女』は。
僕の顔に、手を添えて。
顔と顔が、唇と唇が近づいて
「ちょぉぉぉぉっっと待ってぇぇぇぇぇぇ!!!」
などと、叫んでみれば。
「うわっとあぶなっ」
飛び上がった衝撃で、椅子からずり落ちそうになる僕。
そこは、いつもどおりの僕の部屋で。
先程までの光景も、眼前に迫る人物の姿もなくて。
つまり、これが意味することは。
「なんて夢見てるるんだよ、僕」
余りの恥ずかしさに、一人呟く。
どうやら、漫画を読みながら寝落ちしてたらしい。
そして、その漫画に目を落とせば、男の娘のキャラクターが出てくる作品で。
その姿は夢の中の人物と一致しているような気がした。
これは、かなり恥ずかしい。
夢の中に漫画の人物を登場させてあんなことをしてしまうとは。
正直、高校受験も終わって、気が緩んでいたのかもしれない。
こんな調子では、どこでオタクということがばれるかもわからない。
「用心しないとね、何せ明後日にはもう高校入学だし」
言って、漫画を本棚に。それもダミー用の一列目をずらした2列目にしまい込みながら、就寝の準備をする。
寝落ちした後は、イマイチ寝つきが悪いような気もするけれど、きちんと朝起きる生活習慣にしないと高校生活で苦労する。
僕としてはきちんとした、普通の人っぽい生活をしっかりとこなす予定なので、就寝起床をある程度決まった時間にこなすことを重要視している。
「でも、なんだか妙に火照って眠れない気もするな……4月とはいえ、今日なんかは寒い日のはずなんだけど」
言いながら、ベッドへと潜り込む。
決して夢で見た内容のせいで悶々としたからではない。
自分に言い訳しながら、僕は熱くなる体は気にせず眠りにつけた。
そんなわけで、僕。小野久保相は。
『男の娘』と会話するなんて言う不思議な夢を見て。
高校入学を二日後に控えて。
見事に風邪を、いやさ風邪どころかインフルエンザに罹ってしまい。
一週間ほど遅れて、高校に入学することになってしまったのだった……
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