ひらめいた!

「いや、半分くらいは計画のときに聞いていたけど、ここまでやれとは言ってないから」

 ラーニヤが皇妃の部屋のベッドに寝かされたところで、わたしは生き残りを装っていた女性に苦言を言った。

「お気に召さなかったようで申し訳ございません。勇者に活躍させるためには、やられ役は多いほうが嬉しいと思ったのです」

「敵を準備するのはいいんだけど、このままじゃ人が住めなくなりそうなのはまずいよ」


 お察しの通り、この女性の正体はわたしの配下の悪魔である。皇妃として皇帝を陰で操り、帝国をわたしに都合がいいように動かしていた黒幕だ。いろいろと検討した結果、皇帝を偽魔王に仕立て上げ、彼女は皇帝に虐げられていた被害者の立場をゲットする計画になったのだ。皇帝はもともと問題の多い人だったし、そもそも瘴気を街に広げた時点で人間ではいられなくなるから、魔王役を押し付けられたのである。

 それにリーシャ曰く、わたしが傀儡国家を持っている状態は、いろいろと便利なのだそうだ。国家の権力で保証させれば、比較的穏便に物事を進められるらしい。だから彼女にはアスカリヤ帝国の継承国家の君主になってもらう計画なのである。

 わたしとしては世界征服が進むようで気が引けるけれど、帝国が滅亡した現状を解決する方策としてはもっとも穏当で、わたしの家族を含む国民は助かるのだ。今回のようなことがあったときの火消しも可能だということも考慮すると、しょうがないかなあという感覚である。


「帝都の住民は避難させましたから、このハリージュの街は捨てればよろしいのでは?」

 皇妃はきょとんとした顔で言った。一日で街一つ生み出して、魔物を溢れかえらせるような力を持っているせいか、彼女はどうにも人間的な感覚が薄いのである。これで魔王軍では下っ端だというのだから恐ろしい。

「いや、そんなに簡単に街を捨てるとかできないから!」

 わたしが必死に街を再生させてほしいと主張すると、彼女はあわてた顔で答えた。

「愚かなことを言って申し訳ありません。では、わたくしが片付けておきましょう」

 彼女は広間に移動すると、風の魔法で城の中に残っていた魔物たちを集めて、ぎゅっとして粉々に消し去ってしまった。ここにいた魔物たちはラーニヤが一撃で倒せないくらいには耐久力があったはずだけど、そんなことはまるで関係ないかのようだ。


 そして彼女がバルコニーに出て街に散らばっている魔物たちを処理しようとしたところで、出入り口の門からファーリスが入ってきていることに気が付いた。

「ああっ、ファーリスさんが入ってきちゃった!どうしよう、まだ魔王の脅威が残っているって判断されたらまずいよ」

 ファーリスは魔物の集団に取り囲まれているので、こちらにやってくるまでにかなりの猶予はあるけれど、戦っている最中の相手がさっきみたいに簡単に処理されれば警戒心が強くなるに違いない。そのうえ、街中に様々なものに擬態した魔物があふれているので、このままではこのハリージュの街は人が住めない魔物の土地になってしまうだろう。

 何か策はないかと思考を巡らせるけれど、なかなかいいアイデアがない。魔物を倒すだけならば全く難しくないけれど、ファーリスに危害を加えず、かつ怪しまれない方法となると、相当な難題なのだ。

 悩んでいると、影から出てきたアミナが提案した。

「お嬢様、自然災害を起こすのはいかがでしょう。退避する時間を与えればファーリスは自らの判断で避難すると予想されますし、魔物が全滅していても不自然ではないかと」

 確かに悪くないアイデアかもしれない。わたしは三つのダンジョンの力を使えるし、魔王としての力もどんどん強くなっているから、魔物を一掃するような災害を起こすこと自体は容易だ。街の建物も壊さないと不自然なので、復興はかなり大変になっちゃうけれど、ファーリス並の実力がないとまともに倒せない魔物が残るよりはましだ。

 では、どんな災害がいいだろうか。まず地震はダメだ。ファーリスが逃げる余地がない。雷を落とすのは悪くないけれど、すこしピンポイントすぎる気がする。そうやっていろいろ考えていると、面白そうなアイデアが浮かんできた。

 うまくいけば、風のダンジョンも作れちゃうかも。

 わたしは港のほうへ移動すると、火と水のダンジョンの力を使って、湾の中を干上がらせるほどに海水を空に浮かべ、巨大な雨雲を作り上げた。もともと瘴気のせいで視程は悪く空は暗かったから、これだけ派手にやってもバレないだろう。

 そして、わたしはその圧縮された巨大な雨雲に飛んで侵入すると、真っ黒な雲に禍々しい瘴気を混ぜ、嵐の魔物とでも呼ぶべき存在を生み出していく。

 見る者を焼くような稲妻が走り、耳が裂けるような轟音ごうおんが響く。突風は岩をも動かし、雨は滝のように激しく降り注いでいた。大地すら飲み込むようなその嵐は、ゆっくりとハリージュの街の中へ進んでいく。

 わたしは雨に濡れるのも嫌なので、雲の上から街を眺めてみた。予想通りファーリスは雷鳴や強風を感じて、一度撤退することを選んだようだ。しばらくすると、雨によって街は沈み、濁流が渦巻いて荒れ狂い、魔物も建物も地面の土さえも分け隔てなく飲み込んでいく。街を取り囲んでいた壁は一部が破壊され、街の外の木々をも巻き込んで、嵐の中は凶器と化した犠牲者が四方八方から襲い掛かる地獄絵図となっていた。それでも生き残っているしぶとい魔物には、強烈な雷撃が炸裂さくれつし、あっという間に消し炭へと変わった。

 そして飲み込まれた魔物の死骸が暴風によって巻き上げられ、彼らが蓄えていたマナがこの嵐の糧になっていく。魔物を食らうたび、風はさらに強まり、雲はどんどん広がっていった。







 *********







 ハリージュの街は外壁の一部と城を除いて更地になって、魔物は一掃された。わたしは最も被害が少なかった皇妃の部屋で、ラーニヤの目覚めとファーリスの来訪を待っていた。しばらくは待ち時間だけれど、その間に身軽に動き回れる状態にしなければならないのだ。

 鮮やかな柄の布が用いられたベッドに寝かされていたラーニヤは、しばらくして目を覚ますと、あたりをきょろきょろ見回して不安そうに言った。

「あれ、ここ、どこですか?私、気をうしなって……それに、何かがおかしい気が……」

「何もおかしくないよ。ラーニヤは戦いの果てに魔王を倒した勇者で、皇妃様を助け出した英雄なの。それ以上は考えちゃダメ。わかった?」

 わたしがラーニヤの目を見て言うと、ラーニヤは一瞬表情を失い、すぐに何の憂いもない笑顔で元気に騒ぎ出した。

「ここ、皇妃さまのお部屋なんですか!?こんなところのベッドを使わせてもらえるなんて、夢みたいです!」

 正直、いくらラーニヤは魔力的に強く束縛されているとはいえ、こんなふうに精神を弄ぶのはあまりいい気分ではない。まあ、自覚的にわたしの陰謀の片棒を担がせるよりは幸せだと思うけれど、今のラーニヤを見ていると、これ以上勇者を増やしたくはないな、と思う。


 ラーニヤが部屋の中の調度品を触っていると、ファーリスがやってきた。どうやら嵐が去った後ですぐにこちらに急いで来たようだ。かなり息を切らしている。

「無事、魔王を倒すことができました。囚われていた皇妃を救出することもできたので、彼女主導でこれから復興ですね」

 わたしは軽く説明したのだけれど、ファーリスは早口でまくしたてるように安堵の言葉を吐いた。

「あの大嵐があって無事はないだろう!?離れていても雨の音が聞こえたぞ。俺はセキラ嬢たちが流されているんじゃないかって心配でならなかったんだぞ!」

「でも、このお城は浸水した程度で、そこまで被害はなかったですし、なんとかなりましたから」

 わたしはあの嵐をある程度コントロールできたから意識から外れていたけれど、よくよく考えてみれば普通の人間は街を一掃するような規模の災害に直面すればおびえるものだ。うっかりしていた。最悪の場合、聖女の力を使えばなんとかなったとファーリスを言いくるめて、どうにかわたしはこの追及を切り抜けた。


「それより、魔王を倒したことだし、一度学園に戻りたいです。わたし、まだ学生ですから。でもハリージュの街の復興も大事なので、ファーリスさんは皇妃様の護衛をお願いします」

 わたしは自由を得るための口実を告げる。わたしの配下である皇妃は当然ファーリスよりはるかに強いので、護衛なんて本来は不要なのだけど、ファーリスがついてくると厄介なのだ。

 しかし、ファーリスは言いにくそうにわたしに頼んできた。

「いや、すまないが、セキラ嬢にはできればサラームの街に戻ってほしい」

 話によると、聖女の宮殿があるサラームの街は、魔物によって完全に占拠されてしまったらしい。魔王が倒された影響か、魔物の統率自体は皆無といっていいくらいなのだが、それでも一体一体の魔物は強大で、聖騎士でも歯が立たないそうだ。

 実際のところ、自然に人間の領域から遠ざけられる魔物はそれとなく撤退させたのだけれど、街を占領したオーガは村を作る習性を持つので、街を明け渡すのは不自然なのだ。人間の技術では甲殻に傷一つつけられなかった深海大ムカデの魔物はちゃんと海に帰って、港は解放されている。

「この街の港はまだ使えないですよね?ちゃんと修復されて、船でサラームの街に向かえるようになってからのほうがいいと思います」

 わたしは移動手段の問題を指摘して主張を通す。もちろん魔王の力を使えば一瞬で移動できるけど、そのことは秘密だ。わたしはファーリスに邪魔されない暗躍の時間が欲しいのである。




 結局、サラームの街を占領したオーガたちはそれほど周囲に危害を加えていないという情報もあって、ファーリスは今回の件で被害を受けた街の復興を優先することにしぶしぶ同意した。わたしはラーニヤと一緒に、学園まで馬車の旅をすることになった。

 もちろん、ラーニヤには一人で馬車に乗ってアリバイ作りをしてもらって、わたしは単独行動である。わたしはいったん魔王城に戻って、虹のかかる大きな滝の滝壺たきつぼにある温泉に浸かってリラックスしながら、今後のことを考えていた。

「あの嵐が成長するまであと一週間くらいかなあ。それが終わったら、今度は光と闇のダンジョンコアを集めないとだね」

「光の属性はともかく、闇に関してはこの魔王城がダンジョンのようなものではございませんか?」

 アミナの言う通りだ。この魔王城はどの場所よりも瘴気が濃く、闇の魔力にあふれている。どう考えても、闇の魔力を集めるならここしかない。

 全身をもみほぐすような滝に打たれながら、わたしは思索を続ける。

「あとは、魔王の力とか、聖女の力とかも使えそうだよね。いろいろ研究してみようかな」

 わたしもだいぶ慣れてきたとはいえ、魔王の力にはまだまだ分からない部分が多い。それに、勝手に奪っただけの聖女の力も、ある程度は使い方が流れ込んできたとはいえ、理解できていない部分のほうが大きいのだ。

「材料をそろえるのも重要ですが、そろそろ『賢者の石』の試作を始めてもよろしいのではありませんか?」

 マッサージをしながらアミナが提案してくれた。たしかに、わたしはすでに本に書かれていた素材よりもはるかに品質の高いものに囲まれている状況だ。ちょっと使ったら壊れてしまうとはいえ、完成品がどういったものになるのかを推測することは可能だろう。


 お風呂をゆっくり楽しんで、すっきり甘い牛乳をごくっと飲み干したわたしは、紫や青の花々に彩られた寝室に案内された。ふんわりあたたかいベッドの中で、落ち着く香りに癒されながら、わたしは浮かんできたアイデアを整理するのだった。


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