賢者の石を作りたい

「うーん、空間魔法の情報はあるけど、時間魔法の本は全然ないね」

 ここはジャーミアの城にあるわたしの研究室。試作した魔道具の指輪を眺めながら、わたしはつぶやいた。


 せっかく魔王になったことだし、わたしはこれまで作れなかったような高度な魔法を組み込んだ魔道具を作ろうと思った。とはいえ、魔法を魔道具に組み込むのはただその魔法を使うことよりはるかに難しい。自分が使うだけなら簡単でも、他人に魔法を教えるのは難しいし、ましてや、意識のない道具に魔法を発動させるのは至難の業なのである。

 そこで、わたしはせっかくの図書館を利用して、時空の魔法について調べてみたのだ。空間に関する魔法は、闇属性の魔法で、使用できる人間は数えるほどしかいない。とはいえ、歴代の魔王とその眷属は結構使っていたようで、そのマナの流れが魔王の紋章に記録されていた。わたしはそこから空間魔法を発動する魔法陣を発見して、実際に魔道具を作成してみた。空間拡張の効果がある、アイテムを持ち運ぶための指輪である。

 設備も素材もとても充実していたし、細かい作業はアミナがぱぱっと終わらせてくれたから、あっというまに指輪の魔道具は出来上がった。しかし、時間魔法のほうはそう簡単ではなかった。

 時間魔法については、そもそもサンプルがわたしとクァザフくらいしかいなかったのだ。わかったことは、時間魔法が光属性の魔法であることと、上級を超える最上級の魔法だということだけだった。


 ここで、魔法の属性とレベルについて説明しておこう。これは学園に通う学生ならだれでも知っているようなことだ。わたし独自の研究が一部含まれるけど、概ね常識的なことである。

 前提として、この世界には魔法の素となるマナが遍在している。そのマナを蓄積できる存在、すなわち人間や魔物、宝石などは、すべて属性を持っている。ある属性の魔法を使うには、その属性を持っていなければならない。

 まず、基本の火、水、風、土の四属性がある。火属性は雷魔法なんかも含むし、氷魔法はなぜか土属性だったりするけど、まあ、大体想像通りである。

 次に、闇と光の属性がある。このふたつはかなり珍しくて、特に闇属性は魔王に通ずるとされ忌み嫌われているので、持っている人間はまず見つからない。光属性も持っているだけで重用されるくらいには貴重だ。

 火、水、風、土、闇、光。これら六つの属性をひとつあるいは複数組み合わせることによって、魔法を発動することができる。

 しかし、属性が足りているだけでは、魔法が使えるとは限らない。属性にはわたしがレベルと呼んでいる概念があるのだ。標語的には、「上級魔法を使うには才能が必要」だということである。レベルには大きく分けて普通、上級、最上級の三種類があり、最上級の魔法については、ドラゴンなどの高位の魔物にしかふつうは使えない。

 つまり、もし時間魔法が使える存在がいるとしたら、それはかなり珍しい光属性を持ち、さらにそのレベルが最上級という、おおよそ人間を逸脱したところにあるということになる。しかも、ただ才能があるというだけでなく、実際に使うことができなければならない。そんなの稀少すぎて見つけられる気がしないので、少ないサンプルで頑張るしかない。


「とりあえず、時間魔法については後回しだね」

 さすがに、そこまでの情熱はない。そういうわけでひとまずこの研究は保留にして、わたしは次の本を魔法の本棚から取り出した。

「おお、直ってる!全部読める!」

 その本は、わたしが魔道具作りの教科書として使っていた本だった。サウダアバイド家の先祖が書いたとされるその本には、著者が自作した魔道具について詳しく書かれていて、小さいころはよく書いてある魔道具を作ったものだ。もっとも、後半部分は特に損傷がひどく、素材も代用品すら準備できないほど高価だったので、参考にする程度だったのだ。

「『魔道具大全』……この本、そんな題名だったんだね」

 どういう理屈かはわからないけど、きれいに修復されたその本は、色あせて読めなくなっていた題名もはっきりと読めるようになっていた。わたしは、目次をめくって、まだ作っていない魔道具を探す。

「冷蔵の魔道具は別の方法で作ったよね。サイクロン掃除機?ごみをまき散らすって、失敗作でしょ、これ。あとは……『賢者の石』?」

 わたしは、最後のページにあった『賢者の石』の作り方を読む。


「賢者の石 作成難度 ☆×1000以上(未完成のため不明)


 概要:マナを物質に、物質をマナに変換する効果のある石。


 素材:六属性それぞれの可能な限りもっとも高品質な宝石×1、大量のマナ

 宝石はドラゴンの魔石では不足。大きく成長したダンジョンコアが望ましい。また、純粋な単属性に近くなければ失敗する。(最大のものは光または闇である必要がある?)


 作成方法:核となる最大の宝石にマナを注ぎつつ、ほかの宝石を融合させる。同時に以下の魔法陣を刻み込む。



 備考:筆者にはこれを完成させることができなかった。理論上はこれで成功するはずだが、必要な素材の質が高すぎる。用意できた最高の素材を用い、なんとか劣化版を作ることには成功したが、小指の先ほどの金塊を作り出した時点で消滅した」


 まじ?わたしの祖先、こんなの作ろうとしていたの?ヤバくない?

 わたしは一瞬気が遠くなりそうになったけど、よくよく読み返してみると、なんか不可能ではない気がしてきた。だって、わたしは魔王なのだ。ダンジョンを自分で作り出すことができる。少なくとも基本の四属性に関しては、それで大きなダンジョンを作り、ダンジョンコアを取り出せば何とかなるはずだ。闇属性についてはたぶん大丈夫そうなので、問題は光属性である。

 本には、光属性に関して聖女の遺物の大水晶を用いたと書かれている。しかし、現在はそんな素材は残っていないし、残っていても手に入れる伝手はない。だから、どうにかして新しい聖女を見つけ、その力を回収し、そのうえでうまく賢者の石に組み込む必要がある。

「ひとまず四属性の素材を集めよう、そうしよう」

 わたしはダンジョンを作るのにふさわしい場所を探すため、学園の図書館を調べたいと思った。だからわたしは研究をここで中断して、学園に戻った。







 *********







「昨日、新種のドラゴンが確認された。伝承によれば、これは魔王誕生の証。速やかに聖女を見つけ出し、勇者を選定せねばならぬ」

 王子に絡まれた昨日と違い、今日は講義を受けることはできたけど、やはり厄介ごとに巻き込まれてしまった。王国から派遣された騎士や神官によって、聖女の捜索が行われたのである。


 聖女の紋章は、魔王の紋章と違って体内に刻まれる。それゆえ外見からは判断ができず、他人が聖女を見つけるには特別な魔道具を用いて判別するしかない。しかし、その魔道具が問題なのだ。

 その魔道具は、魔物の瘴気を瓶に閉じ込めたもので、中の瘴気がどう変化するかによって闇魔法と光魔法の相対的な強さを計るものである。光魔法が特に強い聖女が触れた場合、瘴気は完全に消滅し、魔道具は再使用できなくなる。だが、わたしにとって重要なのは、魔王が触れると、瘴気があふれ出してしまうということだ。つまり、何が言いたいかというと、わたしが魔王だとバレるということである。

 ちなみに、この魔道具はめっちゃ貴重なものである。そもそも生の瘴気というのは見つけるのが大変難しい。すぐに霧散するか、何かに取りくか、あるいは新たな魔物へと変化してしまうのだ。それを瓶の中に回収しなければならないので、基本的には国に一個あればよいほうである。だから最悪の場合、事故を装って魔道具を壊すというのも一つの手かもしれない。


 とはいえ、一応は貧乏貴族のわたしがこんな貴重な魔道具を壊してしまえば死刑になりかねないので、できればその手段はとりたくない。どうしようかと悩んでいると、前で魔道具に触れた学生が騎士に捕らえられていた。

「貴様、魔王の手先だな!?」

「ご、誤解です!私、そんなことないもん!」

 ひええ。闇属性を持っているだけで魔王の手先扱いだよ。おっそろしいね。あの子、わたしとは面識もないんだけどね。

 そう思っていると、次の学生がその子をかばった。

「あら、そのような証拠でもおありなのかしら?それとも、その子が平民だから、難癖をつけたいだけなのではなくて?」

 そう言われた騎士は、むっとした顔になったけれど、彼女に反論はせずに魔道具に触れるように言った。彼女は言われたとおりに魔道具の瓶に触れると、触れた部分から光が放たれた。

「おお!」

 瓶の中の瘴気は、だんだんと小さくなり、ついには消えてしまった。騎士たち、そして神官たちの視線が、彼女に一気に集まる。

「やはり、カダーサ公爵家のムナーファカ嬢が聖女であったか!」

 遅れて学生たちの間にもどよめきが走る。わたしも驚きだ。まさか、同じ学園に聖女がいたなんて。

 ムナーファカは堂々とした態度で、この場にいる全員に宣言する。

「わたくし、ムナーファカ・カダーサ公爵令嬢は、この世界を守る聖女として、魔王から人々を守護することをここに宣言します!」

 騎士たちに連れられてムナーファカが退場する裏で、わたしは魔王だとバレなかったことにこっそり安堵のため息をついた。







 *********







 聖女ムナーファカはマディーナ王国の王城や聖堂に招かれ、聖女としての仕事を始めたらしい。わたしは詳しくは知らないけど、予言を行ったり、勇者を選定したりするんだとか。

 アミナは結構ムナーファカを危険視していて、「わたくしが排除いたしましょうか?」なんて言ってきたけど、さすがにそれは止めた。このタイミングで聖女が殺されるとか、怖すぎるから。人類、絶望しちゃうよ?

 一応、『賢者の石』作りのために聖女の力が必要になるかもしれないという理由はあるものの、あくまでそれはおまけだ。わたしは平和主義者なのである。


 そんなことより、図書館で調べ物をするほうがよっぽど楽しいし、ためになる。わたしは今日もすきま時間に図書館を訪れては、世界の秘境について調べていた。

「ガアシュ火山はやっぱり外せないよね。水は、海か大きな湖か、結構悩ましいな」

 あまり人里から近い場所にダンジョンを作ってしまうと、湧き出た魔物に人々が襲われて大変なことになってしまう。だから誰も来ないような辺境の地がいいのだけど、そうすると情報がまったくないので、そこが困りどころだ。

 ひとまず、火属性のダンジョンはガアシュ火山に作ることに決めた。理由としては、世界最大級の活火山であり、噴火の回数も多いこと、有毒ガスが立ち込めていて人が入れないこと、そして、ふもとのあたりは不毛の地で、人があまり住んでいないことなんかがあげられる。純粋に魔力的に見ても、最高クラスの土地であることは間違いないし、そのうえ人間社会とも衝突しない、絶好のスポットなのだ。


 それ以外の属性については、またいろいろと見て回ってから考えようということで、わたしはほかのことも調べることにした。具体的には、聖女とか光属性の魔法とかについてである。魔王の紋章に保存された知識のおかげで闇属性についてはまだわかるのだけれど、光属性となると、やっぱり聖女や教会が持っているのだろうかと思ったのだ。

 そういうわけで、図書館を回って探してみたけど、想像以上に情報がなかった。聖女の使った魔法だとか、教会の聖句だとか、そういったものすら見つからなかったのだ。正直、魔王のほうが光属性に詳しいのはどうかと思う。

 教会について書かれた本を読んでいると、誰かがわたしにぶつかってきた。

「あっ!ご、ごめんなさい!」

 相手は、この前闇属性を持っているせいで魔王の手先だと難癖をつけられたあの少女であった。わたしが影から今にも飛び出しそうなアミナを制止していると、彼女がわたしに話しかけてきた。

「その、あなたも、闇属性について調べてるんですか?」

「いや、教会について調べていたのだけれど」

「そうですか……あのっ、闇属性って、やっぱり、いけないものなんでしょうか。本にもなにも書いていないのは、そういうこと、なのかな」

 どうも、彼女は例の一件以来、闇属性を持っていることでいじめられているらしい。かわいそうに。同情したわたしは、周囲に人がいないことを確認して、こっそりと彼女に伝える。

「何も書いていないのは、光属性だって一緒。大事なのは、その力をどう使うか、だよね」

 そう言って影を練って黒い花を作ってあげると、彼女は感心した顔でそれを受け取った。

「すごいです!私、ラーニヤ。あなたは?」

「わたしはセキラ・サウダアバイド。光と闇、どちらも操る天才の末裔、かな」





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