第52話 友の言葉

「……俺……。キース、俺は……」


 言えなかった。言いたかった。ヴァルラが彼らに吐きかけた言葉、最後にとった態度。本当はそれらを誰かに全て吐露してしまいたかった。この殺風景な小部屋で、懺悔ざんげでもするかのように。しかし、喉は焼けるように渇いて詰まり、言葉は音にならなかった。

 話したら、キースは自分を責めるだろうか。それとも慰めてくれるだろうか。頭の中でそんな事だけが渦巻く。


「俺の……俺のせいなんだ……」


 座り心地の悪い椅子の上でただうなだれて、壊れたレコードのようにヴァルラは繰り返すだけだった。そんな彼をじっと見下ろして、キースはヴァルラの頭に手を伸ばす。そうして、くしゃりとその癖のある短い黒髪を掴むように撫でた。


「なぁ、ヴァル」


 その声は穏やかで優しい。


「俺たちは、命のやり取りが日常の人生だ。そんなことにまともに向き合えば、待っているのはきっと後悔と自責の念ばかりの毎日だろう」


 その言葉は、恐らく彼自身の事も指しているのだろう。自嘲気味に笑って、キースはそう言った。

 それを受けて、ヴァルラはぼそりと吐き出す。


「向き合うどころか……当たり前なのに気付いてさえいなかった。身内を殺されるって、こんなに悔しくて……悲しくて、憎いってこと」


 キースは、すっかり弱気になっているヴァルラの肩に手をのせて、ぎゅっと手に力を込めた。


「いいか、ヴァル。世の中平等なんかじゃない。るかられるかの世界だ。特に俺達の生業なりわいはな。だから……救えなかった命の分だけ強くなれ。そして手にかけた命の分だけ、守るべき誰かに優しくなればいい」


 ゆらり、とヴァルラの頭が動いて、キースの方へと顔が上向かれる。すがるような、救いを求めるような切実な表情だ。


「お前がどう思うかは自由だ。でも、少なくとも俺はそう思ってる」


 ヴァルラは口を引き結び、うなだれた。その頭が何度か小さくうなずき、たった一粒だけこぼれた雫が、埃っぽいコンクリートの床に小さな染みを作った。

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