第43話 ヴァンパイアの定義(二)

「世に蔓延はびこるヴァンパイアは、元は普通の人間なのは知っておろう。ヴァンパイアに噛まれ、爪で裂かれて感染する。彼らはいわば不治の感染症の患者なのだ」

「感染……」


 あれが感染だと言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 しかし幼少の自分を襲った、あの恐ろしい化け物であるヴァンパイアが「病人」だという認識はヴァルラにはなかった。

 そしてこれからもその考えは変わらないだろう。


 ルーファウスは穏やかな声で静かに続ける。


「では問う。最初に人間を噛んで感染させたヴァンパイアは何者であるか?」


 ヴァルラは考え込みうつむいていた顔を上げる。卵が先か、鶏が先か。主が問うているのはそういうことなのだろうか。

 しかし彼はすぐに鼻を鳴らして笑った。これはそんなに難しい話ではない。何故ならヴァルラは知っているからだ。

 卵を必要としない鶏。それはつまり生粋の、天然のヴァンパイア。

 飽くまで架空の存在としてではあるが、噂に聞きそしてドラマや映画に出てくる、生まれついての化け物だ。


原種オリジナル、か……?」


 彼らがどのような進化の末にヴァンパイアとなったのか、ヴァルラには知るよしもない。

 しかし人が感染して化け物に成り下がったヴァンパイアとは違うのだろう。


「そんな話をするってことは、あんたかその仲間が最初に人間を噛んだ……その、ヴァンパイアってことだろ? つまりあんたは原種オリジナルってことか?」


 そうだと言われれば納得できる容貌を、主はしていた。上質の陶器のようにきめ細かく白い肌。何もかも見透かされているような金の瞳。艶めく白金の髪はとろけるように輝き、細い肩で柔らかく揺れている。 

 

 だが、主の反応は違った。目を閉じかぶりを振る。そしてほんの一瞬だけ、その表情に影が差したように見えた。


「否。我々は原種オリジナルと呼ばれるものではない」

「……はぁ? じゃああんたらは一体何者なんだよ」


 少し苛ついたようにヴァルラが問い、そんな様子に苦笑を浮かべながら主が答える。


「我々は始祖ルーツと呼ばれておる。そして誰彼見境だれかれ みさかいなく血を吸ったりはせぬ。何故なら「ドナー」と呼ばれる1対1の血の契約を結んだ血液の提供者がおるからだ」

始祖ルーツ? ドナー? そんなの初めて聞いたよ。ひとりだけの契約者からしか血を吸わないってのも意外だな。そんなのヴァンパイアらしくないっつーか……うーん」


 どうにも腑に落ちない様子の下僕を、ルーファウスは優しい目で見守っている。


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