第35話 秘密の部屋(七)

 あっという間に空になったワインの瓶を、どん、とテーブルの上に置いてヴァルラは満足そうにキッチンを出た。

 目指したのは書斎だ。以前捜査で警察が来ていた時に籠っていたのもこの書斎だった。実は一番怪しいとにらんでいた場所なのだが、一番面倒そうなのもここだった。主の寝室から一番近い場所でもあるので、より慎重さが求められる。


 ヴァルラは気配を消して静かに書斎に忍び込んだ。部屋の明かりを僅かに点けて、あとは懐中電灯で部屋を探る。壁を撫で、コツコツと小さく叩いてみると、明らかに音が違う部分がある。

 この奥に空間があるに違いない。


「で、どうやって部屋に行くんだ……?」


 ぼそりと呟いた。木目の美しい壁はどこを押しても揺らぎもしない。本棚も重厚な木材でつくられており、更に立派な装丁の分厚い本が隙間なく収納されている。ヴァルラが渾身の力を込めて押してもびくともしない。


 ヴァンパイアというものは驚異的な身体能力を持っている。その腕力をもってすれば、巨大な本棚など簡単に動かすことができるのかもしれない。ヴァルラは小さく舌打ちすると、本棚、特に床に接した部分を念入りに調べはじめた。

 

 しかし床にはこすったような傷などない。どうやら力任せに動かす扉ではないようだ。何かのからくりならば、自分でも開けられる。そう考えたヴァルラは気をとり直し、並んでいる本に懐中電灯の光を当てて観察し続けた。


 木を隠すには森の中というが、書斎で言うならそれは本だろう。

 とはいえ、天井まで届く棚に無数に並べられた本。そのすべてをチェックするのは不可能に近い。彼はぐるりと部屋を見回し、腰と顎に手を当ててしばし考えた。


 セーフルームならば、急いで中に駆け込む必要がある。いちいち梯子を使って入れるスイッチだとは考えにくい。主の身長を思い浮かべて、その手が届く範囲を照らしていく。しばらくそうしていたライトの動きが、ふと止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る