第4話 ダンジョン内調査

 おタマちゃんは子どもの頃とは違って、さらさらの髪を肩まで伸ばしていた。


 服装もスカートの下に探索者用のタイツを履いているなど、いかにも女の子っぽいものになっている。


 一緒に虫取りをしたときとは、まったく雰囲気が違う。


「久しぶりだな。雰囲気が変わってたからわからなかったよ。誰かの影響なのか?」


「バ、バカ! カレシなんてずっといないんだからっ! あ、あたしはずっと……ごにょごにょ」


「こら、思川おもいがわさん! 知り合いだからといって言葉づかいを乱してはいけませんよ!」


「うう〜」


 おタマちゃんは先輩の山田さんに怒られて、うつむいている。


「……はは」


 なんだ、見た目が変わっても中身はあの頃のままか。少し安心する。


 探索者協会の山田さんは俺に向かってほほえみながら言った。


「夏目さん、失礼しました。それでは、ダンジョン内の危険度などを調査させていただきますね。夏目さんは探索者講習を受けていらっしゃらないということなので、ダンジョンの外か、入り口ゲートそばで待機していただくことになります」


「わかりました。せっかくなので、中で待たせてください」


 おタマちゃんの勇姿が見れるかもしれないからな。


「承知しました。それでは、市と県の方とお待ちくださいね。あ、これ、お使いください」


 そう言って、探索者協会の山田さんは無地のヘルメットを俺に渡してくれた。


 山田さんは自分でも迷彩柄のヘルメットを被り、ダンジョンゲートのドアに向けて歩いていく。


 その後ろから、桃色のヘルメットをかぶったおタマちゃんがこそこそとついていく。


 何やら、ヘルメットの模様を手で隠しているようだ。


 ……隠されると気になるな。


「こそこそ……、こそこそ……」


「おい、なんでこそこそしてるんだ?」


「ひゃ、ひゃうっ!!」


 死角から近づき肩を叩くと、おタマちゃんは大げさに驚いた。


 その拍子に手のひらがヘルメットから離れる。


「どれどれ……」


 するとそこには、「NK♡」というステッカーが貼ってあった。


「なんだこれ?」


 俺のイニシャルと同じだが、アイドルか何かのステッカーだろう。


「バ、バカ!! 見ないで!」


 おタマちゃんはヘルメットのマークを両手で隠す。


「こら、思川さん! 2回目ですよ!! 失礼なことは言ってはいけません!」


「だ、だって……。うう……」


 隠すようなマークではなかったとは思うけれど、少しかわいそうだったか。


 これ以上ちょっかいを出すのはやめよう。


「すみませんね、夏目さん。では、入りますよ?」


 山田さんは秘密基地の跡地に立つドアに手を伸ばした。


 しかし。


 ガチャガチャ!


「……開きませんね」


 ダンジョンのドアは固く閉ざされていた。


「え、さっきは開きましたけど……?」


「私が試してみます」


 同じく、市役所と県庁の人がノブを回しても、ドアは開かなかった。


「そ、そんなはずは……」


 俺はドアに近寄り、ノブを回した。


 すると。


 ガチャ、ギィィィィィ……。


 ドアは簡単に開いた。


「ほら、どうぞ。俺はウソはついていませんから」


「……ふむふむ」


 探索者協会の山田さんは、メモ帳に何かを書き込んだ。


「あ、あの……」


「行きましょう。さ、思川さん、ついてきなさい」


「は、はい!」


 山田さんは顔色一つ変えずダンジョンゲートをくぐる。


「ちょ、見ないでよ」


 おタマちゃんは、ヘルメットの「NK♡」という謎の文字列を隠しながら、山田さんについていった。


 そして、俺と市役所、県庁の人の3人もダンジョン内に入る。


「ううむ……暑い……」


 ゲートの中は相変わらず夏であった。


 セミの鳴き声が世界を包んでいる。


「うわ、なにこれ! なんか懐かしいカモ!」


「こら! 進むのは少し待ちなさい!」


「うう〜……」


 おタマちゃんはテンションを上げて騒ぎ、また山田さんにたしなめられた。


「……まあ、見たところ危険度はそこまで高くなさそうですけどね」


 山田さんはダンジョンの様子にそこまで驚いている様子はなかった。


「あの、こんなダンジョンは他にもあるんですか?」


 気になっていることを聞いてみた。


 山田さんは少し考えてから言う。


「迷いの森、砂漠など、階段を降りると急に屋外の風景が広がるダンジョンはいくつもあります。ただこれは……。普通の階層ではなく、地域特性反映階層、いわゆる“ご当地フロア”なのだと思われます」


「ご当地フロア、ですか……?」


「はい、推測ではありますが……」


 山田さんいわく、ダンジョンの生成過程については詳しいことはわかっていないが、その土地にちなんだ階層が発生することがあるという。


 有名なところでは、新宿ダンジョンの20階層は「驚安の殿堂」で有名な某ディスカウントストアを模したものらしい(ダンジョン配信で一番人気エリアとのことだ)。


 迷宮のように陳列された商品棚の奥には、お腹に「ダ」と書かれたペンギンのフロアボス「ダンペン」くんがいて、撃破すると、「magical」という電子マネーカードがもらえて、フロア内で買い物もできるようになるとか。


「どうやらダンジョンは人間の欲望をかてにして成長しているようなんです。このダンジョンについても思うところはありますが、調査が終わってからお伝えしますね」


「ありがとうございます」


「それでは回ってきますので、少々お待ちくださいね。思川さん。行きますよ」


「はーいっ! じゃね、こーちゃん」


「おう、頑張ってな」


 探索者協会のふたりは、ダンジョン内の田んぼ道を歩いていく。


 なんていうか。


 おタマちゃんも頑張っているんだな。


 ……俺も頑張らないといけないのかもな。


 少し元気が出た。


 横を見ると、県庁の人が、見たことのない計器をつかって何かの数字を測っている。


 俺は市役所の田中さんの聞きとり調査に対応しながら、おタマちゃんたちの帰りを待った。



 ☆★☆



 ――30分ほどで探索者協会による現地調査は終わった。


「ただいま、こーちゃん!」


「おお、お疲れ様、おタマちゃん」


「ありがとうございました、夏目さん。調査結果をお話する前に、ダンジョンの外に出てください」


「わかりました」


 探索者協会の山田さんにうながされ、俺たちはゲートの外に出た。


「きゃー、さむいっ! 汗が冷えるぅぅ!」


 外に出ると2月の気候に戻る。


 ヘルメットをとったおタマちゃんは、ぎゃあぎゃあと騒ぎ、


「こら! 大事なお話が終わる前に気を抜かないでください!」


 山田さんに怒られることになった。


「うう……」


「さて……、調査結果をお話しする前に一度実験をさせてください」


「実験……?」


「まずは市役所田中さん。このダンジョンのドアは開けられますか?」


「夏目さん、失礼しますね」


 ガチャガチャ!


 ドアは開かない。


「……開きません」


「ありがとうございます。続いて、思川さん。ドアは開けられますか?」


「ふぇ!? あ、あたしですか?」


 完全に油断していたおタマちゃんは、ビクッと反応したあと、言われるがままドアに近づいていく。


 そして。


 ガチャ、ギィィィィィ……。


「あ、開きました!」


「なるほど……。わかりました」


 探索者協会の山田さんはメモ帳に何かを書き込んだあとに言った。


「まずは結論から申し上げます。このダンジョンは、迷宮探索法でいう5号ダンジョンに当たります」


「5号?」


「はい。簡単に言いますと、国の管理も、一般探索者への開放も必要がない……土地所有者の完全なプライベートダンジョンとなります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る