ウィザード・リライヴ

八坂アオヰ

序章

第1話 awakening.

 雷鳴が鳴り響く真夜中、少年は儀式の準備を進める。複数のシンボリック・アイテムをならべ、水銀で陣を描く


「_三界をへだてし理、双軸そうじくの律を超え、今暗き冥界より戻りて来たれ!アレイスター・ウィル・メイザース!」


 少年の魔力が陣へと流れる。魔力は水銀を伝い、魔力を宿した水銀は淡い水色の光を帯びる。

 起動の合図だ。

 少年の作りし陣が呼び水となり、死者の霊魂れいこんを呼び寄せる。

 そしてそれは彼が用意いていた人造人間ホムンクルスへと宿る_


「なっ!?」


_そのはずだった。

 突如水銀がコールタールのような黒い泥へと変質し、少年へと襲い掛かる。

纏わりつくそれを払いのけようとするが、液体を手や腕だけでどうにかできるはずもなく、少年は泥の海へと沈んでゆく。


「_____ッ!!___!」


手足を動かし必死に逃れようとするがその抵抗に意味はなく、視界はおろか意識すらも黒く染め上げ無へと還す。


_____.


 朝の陽ざしがまぶたを刺激する。

それと同時に木目調もくめちょうの床の堅い感覚を覚える。

 ベットから落ちたのかといぶかしみながら体を持ち上げ、目を開く。


「ここは、いったい...?」


視界に飛び込んできたのは普段とはまるで違う部屋の風景だった。あたりには書物やシンボリック・アイテムだと思わしき道具の数々が散らばっていた。

 わずかに動かした手に何かが触れる。


「水銀か。ふむ、何かの儀式の最中にそのまま寝落ちでもしたのか...?」


 いや、違うと額を押さえる。

思い返すのは昨日の夜。腹を貫く刃物の感触と黒いコートの人影。


「そうだ。確か俺は_」


_死んだはずだ。

眩暈めまいがする。

 ではなぜ自分は生きているのだろうか?疑問にられ、視線を手足に向ける。四肢は細く、その肌は病的なまでに白い。

 次に瞳を閉じて意識を内側に向ける。魔力の質、量ともに以前とは比較にならないほど劣っており、とても自分のものとは思えなかった。

 目を開けあたりに散らばっているシンボリック・アイテムや書物を見渡す。


「ふむ。死霊術しりょうじゅつの類か…。ん?」


 部屋の一角にあるホムンクルスが目に留まった。


(なるほど、そういうことか。俺の魂をこれに憑依ひょういさせるつもりだったのだろうな。しかし手違いで術者本人に…というところだな)


「それにしても…」


部屋が汚すぎる。

 ここは書斎なのだろうが、あまりにも物が散乱しすぎている。こんなに散らかして本に何かあったらどうするつもりなのか…。


(あまつさえこんな状態で儀式をするとは、自ら失敗しに行くようなものだというのに)


 彼は立ち上がりあたりの書物を拾い上げタイトルから収納場所を推測し、一冊一冊丁寧に本棚にしまう。


 「とりあえずこれで片付いたな」


しばらくして、散らばった書物を片付け終えた彼は満足げに椅子に腰を下ろす。

先ほどまでは散らばり放題だった部屋はひとまずの落ち着きを取り戻していた。


 (さて…。)


 彼は考える。意図せずして新たな肉体を手にしたわけだがこれからどうするのかと。

 前世において多くの魔術を修めて新たな魔術法則を解明して特にやり残したと、未練になるようなものはない。

 しかし、だ。


(あの黒コート、いったいどうやって俺を殺したんだ?)


 アレイスターは彼固有の術式である虚数魔術きょすうまじゅつによってその身を守っていた。その防御はあらゆる攻撃を無差別に消却するものであり、当然それは意識の外からの攻撃に対しても機能する。無論魔力による制限はあるものの、彼は無人島ともいえるほどの魔力量を有していたためその点においても問題はない。

 正直な話、殺された理由については興味はない。いや、心当たりが多くていちいち調べる気が起きないといったほうが正しいか。

 だが、死んだ原因は調べる必要がありそうだ。同じことで二度も死ぬのはごめんだからな。

 机の上に置かれていたほかとは明らかに様相が異なる一冊の本...というより紙の束を手に取り一枚づつめくる。そこに書かれている図形や配置図は汚く、文字はところどころかすれており、とても読めたものではない。


 (それにこの文字俺の知っているものとは違う...)


 異文化圏のものなのだろうか、見たことのない文字で書かれていた。しかしどうやらすべてがそうということでもないらしい。見慣れた文字をいくつも見つかることができた。

 ページをめくり、その内容を流し読みしているとふいにドアが開き、一人の女性が入っていた。


 「ユーリー。また書斎にこもって...ご飯できてるわよ」


アレイスターは扉の方を一瞥いちべつし、また手元の紙束へと視線を戻した。


「ユーリ!聞こえている返事くらいしなさいよ!」


二度名前を呼ばれたところで彼は思い出した。この部屋には彼女のほかに自分しかおらず、またその自分も誰かの肉体に憑依した存在であるということだ。


「...ああ。俺のことか」


彼は立ち上がり彼女のほうを向く。


「ユーリ...なのよね?」


何かを悟ったようで彼女は恐る恐る訊ねる。目の前の彼は果たして自分の知る弟なのかと。


「俺はアレイスター・ウィル・メイザース。アルメキア王国の元宮廷魔術士もときゅうていまじゅつしでもある魔術学者だ。故は知らんがこの肉体を借り受けている」


 彼女は困惑の表情を浮かべる。

当然だ。昨日まで見知っていた家族が突然違う人間になったなんて信じられるわけがあるまい。


_____.


 「...とりあえず、理解はしたわ」


場所はアルター家の食卓へと移る。ユーリことユリウス・アルターの姉であるルイス・アルターは空になった食器を前にして、額を押さえうつむいていた。


「つまりあんたは大昔に生きてたアレイスター・ウィル・メイザースで、ユーリ...私の弟じゃないのね」

「さっきからそう言っている」


うなだれているルイスを横目にアレイスターは涼しい顔で食後の紅茶をすすっていた。


「ええそうね、でも一朝一夕で受け入れられる話じゃないのよ!」


机をバンと叩く。事実上家族の一人が死んだようなものなのだ。むしろすんなり受け入れられるほうが困る。

 だがしかし_


「それは俺とて同じ気持ちだ」


カップをソーサーに置く。

 アレイスターの中にはわずかないきどおりがある。彼は死霊術に対して嫌悪の念を抱いていた。死した者の肉体を、あるいは魂をはずめる術などあってはならぬと。

 己が嫌悪したその術を自分をよみがえらせるために使われたとなれば当然怒りも沸くだろう。それも見ず知らずの他人に。


 「あんたがそうするように仕向けたんじゃないの?」

「どうやってだ?確かに俺は多くの魔術を修めて天才などと称されはしたが、そんな奇跡のごとき所業はできんぞ」

「天才でもそんなものなのね」


 少し苛立ったように眉を顰める。


「天才などと、所詮は人の枠からは外れられん存在だ。自ずと限界はある。愚鈍ぐどんはそれを理解しようとしないがな」

「何?私が愚かだって言いたいわけ?」

「貴様のことを言ったつもりはないが。まあ、そういうものだと理解してくれ」


彼はまた涼しい顔をして紅茶をすすった。

 気まずい沈黙が流れる。重苦しい空気の中、先に口を開いたのはルイスの方だった。


「とりあえず、あんたこれからどうするつもり?なんか目的とか」

「ひとまずこれの解読を試みるつもりだ」


懐から先ほどの紙の束を取り出し彼女へと見せる。


「なにこれ?落書き?」

「俺も最初はそう思ったがどうやら死霊術の指南書のようだ。これに何か心当たりはあるか?例えばどこで手に入れたかとか」

「わかんないわ。なにせあの子が外に出ることなんてほとんどなかったもの」

「そうか...」


 となるとこの家に元からあったものかもしれんな。

頭を抱える彼に彼女は一つの提案をした。


 「ねえ、そういうことなら学院にいってみない?あそこの図書館、結構いろいろ置いてあるわよ」

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