第61話 飛んだヒポグリフ~キューピッドの矢がブスッ~

「ブンブンではバサバサでもありませんね。空気を包むようにふわり、コレが重要なんです」


 キューピッドさんの指導に、「ほげっ」と良い返事をするヒッポちゃん。

 がんばって「ふわり」を試みようとしているが、羽はピクリともしていない。


「大丈夫大丈夫。ぼくが直々に教えるんだからね。10日もあれば飛べるようになるさ」


 はっはっと胸を張って笑うキューピッドさん。ちなみに全裸はちょっと目のやり場に困るので、ピクシーのくーが織った布を腰に巻いてもらっいます。偶然ですがハート柄ですね、ぴったり。


「あのですねー、キューピッドさん」


 誰も指摘しないのでわたしが頑張ってお伝えしましょう。


「大会本番は明日なんですよ。だから10日は——」

「あきらめるなっ、ダーリンっ」


 べしんっと回し蹴り風に尻尾で叩いてくるのはサラマンダーさんだ。


「通常10日かかるのを情熱で10時間に短縮しようじゃないの。今日は徹夜で付き合おうじゃないのっ、ねっ、ヒッピー!!」

「ほげっ」

「ぼくらも付き合ってあげなくもないよね」

「そうそう、ぜんぜん興味ないけど、帰ったりせずに付き合ってあげてもいいの」


 シルフさんにシルフィーネさんも……。でもお二人、これまでも徹夜続きだったような顔してるので休んでもらった方がいいと思うのですが。ゲッソリしてますよ。


「ゲッソリなんてしてないしっ」

「目バキバキで少しも眠くないしっ」

「踊れるし」

「そうっ、ぜんぜん踊れるもん」


 くるくるくるー♬


 そんな充血した目で倒れないでくださいよ……。


 でもそうですね。ヒッポちゃんより先にわたしが諦めるような発言をするなんていただけませんでした。そもそも言い出しっぺはわたし、チョコなのです。優勝賞金1000万コイン欲しさにレースに出ると言い出したわけで。


 それなのにいの一番にあきらめるなど言語道断、失礼千万っ。

 ヒッポちゃん、わたしも徹夜でサポートするんで絶対レースに出ましょうねっ。


「あのー、盛り上がっているところ悪いんだけど、さすがのぼくもコレを10時間で飛べるように——」


「みんなっ、がんばるわよっ。情熱ファイッ」

「情熱ファイッ!!!!」

「……まあいっか。教えるだけ教えるよ」


 ——というわけで。


 キューピッドさんの「鳥の羽がついている場合の飛び方レッスン」が始まりました。コツはやっぱり「ふわり」だそうです。


「包むんだよ、空気を。それで浮くわけ。ブンブンなんて激しくしちゃダメダメ。っていうか、君。そもそもその羽、動くんだよね?」


「ほ、ほげっ」


「ヒッポちゃんはなんて、サラマンダーさん」

「飛べなくても気合で飛びますっ、だって。情熱よね、素敵」

「ブンブンちがったかー」

「鳥の羽、虫とちがうのねー」


 だからキューピッドさんを連れてきたの、と褒めてほしそうに、こちらをちらちら見るシルフさんとシルフィーネさん。ありがとうございます。でも言っちゃなんですが、ヒッポグリフにも会いに行ってましたよね? だったら、その方をお連れしてきた方がより具体的でリアルの飛び方を教えてもらえたんじゃ——。


「ぼくら人だしね」

「でも虫の羽だし」

「だから人で」

「鳥の羽の人連れてきたの」

「文句ないよね?」

「文句あったら拗ねるけど?」


 あ、ハイ。余計なこと言いました、すみません。


 ——数時間、経過して。


「ヒッポくんさ、君ちょっと重すぎるんじゃない? 特に下半身がさ。ぼくが知ってるヒポグリフってもっと小尻なんだよね。君、でっぷりしてる」


「ほ、ほげ」

「ぴーぴぴ、ぴー!」


「なんて? サラマンダーさん」


「ヒッピーは『食いすぎました、すいやせんっ』。ぴーの助は『自分のせいなんです。どんどん食べて大きくなるよう言ったんで、ごめんなさい』だって」

「はあ、それはわたしのせいでもあるかも。まだ子どもだと思ってたから、太るなんて考えずに食うだけ食わしてたよ」

「まあ食べごろ、じゃなくて食べるお年頃よね、ヒッピーは」


「でもさー、飛ぶつもりなわけじゃん。ぼく的にその尻はNGっていうか」

「ほげっ」

「ぴー!」


「なんて?」

「今から絶食します、とそれはダメよっ、って流れね」

「ハア、極端なダイエットはダメですよねえ」

 というか、明日本番なんだって。


 するとキューピッドさん。背中に回していた弓矢を構えだす。ちょっとちょっと、誰打つ気ですか。ロマンスの花なんて咲かせないでくださいよ。


「あのさ、恋ってすごい力を発揮するわけ。だからぼくができるドーピングをやってやろうじゃん。ズッキューンっ♡恋のミラクルパワー!」


 ブスッ。


「ヒッポちゃん!!」

「お尻に矢が刺さってるわよ!!!」


 全員、固唾をのみます。わたしはサラマンダーさん、シルフ&シルフィーネコンビは互いに抱きつき、緊張。誰、誰がヒッポちゃんの恋のお相手に……。


「さあ君のお相手は太陽だ!! 太陽に恋しちゃったヒッポグリフ、羽を広げてイケイケ、ゴーゴー!!」


「ほっげーーーー!!」


 高らかに鳴くヒッポちゃん。そしてついに。


 ばさりっ、ふわんっ。


「浮いたあああああ!!!」

「情熱うううううう!!」

「わたし泣いちゃうっっ」

「ぼくは泣いてるっっっ」


 フウッ、と汗を拭うキューピッドさん。


「君たち覚えておくといいよ。恋ってのはね、不可能を可能にするんだぜ👼」

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