第9話〈操〉

※お祓い済みです。

我々は心霊確認班。


この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。


ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。


この事務所ではいつの間にか来訪している存在がいるのだが。







◎ご無沙汰





 けられぬ懐疑かいぎ。
事務所の名前だそうだ。



 
ある依頼を頼んでからここはご贔屓にさせて頂いている。




 
きっと監視カメラは反応をしているのかも。

 あの人は今もフィギュアや人形を集めているようだ。




 
趣味しゅみ実益じつえきを兼ねるというのはこういうことを言うのかもしれない。




 私が手にする人形は寂しがりやかつ古いモノが大嫌い。




 
生前に人形供養をしようと神社に手渡した。


 その後、神主が脂汗をかきながら私に
 人形を手渡した。




 
何故か慰謝料いしゃりょうと言いながら現金まで。


 私はその時に「これがいわくというものか」
と悟ったのだ。




 死んだ後も私は人形を手放せなかった。
 別に憧憬を抱いたり、子供の頃の名残ではない。



 
言葉を話さないのに我儘な人形の好みを少しずつ理解出来るようになっているから。



 避けられぬ懐疑にいた男子高校生スタッフがいた。


 雰囲気も怖く、指にタコが出来ていたからコンタクトスポーツでもやっているのではないかと死人なのに恐怖した。




 
疲弊ひへいした精神科医のような太々しさと、いざとなれば相手を喰いちぎりそうな雰囲気に関わらず、ちゃんと挨拶もしてくださり依頼を聞いてくれた。




 
しかも、彼に霊は取り憑いている。


 でもその霊は私を見逃してくれた。


 私が言うのもあれだが客観的に曰く付きと思われたのが別の霊というのが落ち着かなかった。


 きっと真っ当に亡くなったのだろう。




 
生者の若き男子高校生の方が柔軟とは、時代の変化は目まぐるしい。


 逆にここに人形を預けてよかったのか?
 そう考えた。

 私をこの世に留め、人形は新しい居場所を求める。



 
天国も地獄もこの世よりは遥かにマシなだけ。


 もう資金や家族などの人間関係や生理現象を気にすることなく人形の心配が出来るだけ今の私に苦しみなどなかった。


 でも、温もりを感じられなくなったのは誤算ごさんだった。




 生きている時の欲望と死んだ後の欲望は違う。


 陰謀論者いんぼうろんじゃを睨みつけても、霊感がないみたいだったから生前テレビ番組で見たホラー映画のように何度も陰謀論者いんぼうろんじゃを睨みつける。




 
生者から見ればこの人は老人だが私からすれば歳下だ。


 どうせ聴こえないと思ったので




「あなたの無駄口に掛かる時間で、有望な存在が誰かを助けてくれますよ? 」
と敬意を評した。




 
セールスマンとかこの手のタイプって必ず生まれる。


 付き合う時は優しい。



 
それを知っているからこの子も憎めない。


 私が生きていたら、この老人も陰謀論者いんぼうろんじゃにならずに済んだのだろうか?




 
私なら笑わず、信じず、その言葉を苦労ゆえに見つけた趣味だと黙って聞いていたかもしれないのに。



 手にもつ人形には注げられない、人間だった頃の感情。


 未練も後悔もなく死んだから、思い出せる記憶も無い。


 生前もきっと変わっていなかったからあの人形は新しい居場所を求めたのかもしれない。





◎一旦




 事務所を覗けば、あの男子高校生は水を得た魚のように人形の仲間を揃えていた。
 アニメは詳しく無いけれど、面白いものね。


 でも男子高校生は最近では珍しく硬派こうはで、熟女じゅくじょ?と書かれた美人キャラクターを私の人形の隣に置いていた。




 益々ますます、彼の事が分からなくなった。
 同世代の女性が嫌いなのだろうか?
 人形は微笑む。




 
カメラも回っているからか、楽しそうだ。


 生者から見れば不気味な光景だろう。
 神主かんぬしも手放す訳だ。



 
けど、あの男子高校生に曰くは通じないようだ。


 それはそれで怖いのだが…生きている人間との関係で何かを学んだのだろう。


 それだけ自分の弱さと向き合って強くなっている彼がここにいるのならば。


 私は困ったら彼に頼ろうと思った。





◎後日談





 あの人…彼はスタンダードと呼ばれる理想を押し付けられるこの世と戦っている。
 そして、あの人に取り憑く霊も今では私に話しかけてくれる。




「役者のような服を着てらっしゃいますよね?生前、テレビとか出ていましたか? 」




 結構陽気な方だった。


 私よりは若い。




「生前の記憶はもうありません」




 冷たく言い放ってしまった。



 
相手は「すみません。他に死者とお話する機会がなくて」なんてあやまってきた。


 生者せいじゃとならあるんだ。



 
面白い人。


 生きて出会っていたらお茶でもしたのに。



「所でその人形、どうして実体化したまあなんですか? 」




 ふふ。




「秘密。またお会いしましょう」




 ここに依頼していれば、私の居場所となり得るかもしれない。




 曰くも過ぎれば縁となる。


 先人もそれを知っていたのかもね。


 哲学だけじゃ、寂しいから。



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