第26話 これはトップシークレットだからね
波瑠との待ち合わせには十分も早くついてしまった。いつもと違う恰好をしているだけでそわそわして何だか落ち着かなかった。
「お待たせー!」
その声に振り向くと、向こうから波瑠が走って来ていた。会えただけで嬉しくて、勝手に鼓動が早くなる。
「待った?」
「いや、今来たところ」
「そっか、よかったぁ……」
そう言ってふわっと笑った。そんな無防備な顔はやめてくれよ。俺がどれだけ平然を保とうと努力してるかも知らないくせに。
「今日は特に行き先決めてないんだ。だから、おしゃべりしながらお散歩しようよ。知らない道に入っちゃったりしてさ、新しい発見があるかもしれないし」
「分かった」
「じゃあ、とりあえず駅と反対方向に歩いて行って、突き当ったらじゃんけんして右と左どっちに行くか決めようよ。何回曲がったかは茜君覚えておいてね?」
「最後は人任せかよ」
駅と反対方向に歩きだす。日向を歩いていても、前回のデートの時みたいに肌を焼く様な暑さは感じられない。最近は段々と気温が下がって過ごしやすくなってきた。もうすぐ夏も終わりなのかもしれない。
「あれ、今日の茜君はいつもと雰囲気違うね」
その話題に触れられてギクッと肩が跳ねた。
「そう、かな……」
「うんうん。いつもの恰好よりも爽やかでいいと思う。もしかして、例の『気になる人』の影響かな?」
「それは……」
俺は言葉に詰まった。
「ううん、やっぱり聞かないでおく。だってあんまり聞いちゃうのもよくないもん。でもとにかく私が言いたかったのは、その服素敵だねってこと」
「ありがとう」
大変な思いをしたけど、それなら買ってよかった。
「そう言えば茜君、この前のデートで買った制服はどうした?」
「タンスの奥に厳重に保管した」
この前圭が勝手にやってきた時の反省を踏まえて、簡単に見つかれないようなタンスの奥の奥へ仕舞った。
「ふふっ、気持ちわかるなぁ。私も中身の見えない袋に入れて引き出しにしまったよ。見つかったら色々言われそうだもんね」
「絶対面倒なことになるな」
「だよね。これからもっと涼しくなったら、冬服も着てみたいな」
「そうだな」
紺色のブレザーを着て、袖口からはベージュ色のカーディガンが覗く。そんな波瑠の姿を勝手に妄想してしまう自分は脳内を侵されているんだろう。
「ねえ、こんなところに神社があるって知ってた?」
そう言われてふっと現実に思考を戻すと、右側にある細い路地の先に小さな神社があった。
「いや、知らなかった」
「せっかくだからお参りしていこうよ」
石畳を歩いていくと、鳥居と本殿が近づく。ここに入っただけでなんだか神聖な気持ちがした。
「別にすごく神様を信じてるってわけじゃないんだけど、昔から神社ってちょっと好きなんだよね。空気が澄んでる感じがするし、お参りすると『いいことした』って気分になるし」
そう言うと波瑠はあたりを見回した。
「どうした?」
「うん。ここにはないみたいだけどおみくじ引くのも好き。大吉とか凶とかで一喜一憂しちゃうんだけど、そういうのも楽しいよね」
「悪いのが出るかもしれないのに楽しいのか?」
「凶が出たらその時は『ああー、凶かー』って思うけど、凶ってことはこれからは上がるしかないってことでしょ? それにおみくじに書いてあるのはいい事だけ信じてればいいの。そうしたら嫌なことなんて一つもないよ」
そう言って笑った。
波瑠は本当にいつも前向きですごいと思う。波瑠だって病気で学校に行けなくてつらい思いをしてるだろうに、俺みたいに卑屈にならないで明るく過ごしている。俺もそんな風になれたらよかった。
「確かに、そうかもな」
そんなことを言っていると本殿の目の前までついた。波瑠はバッグから小さなポーチを取り出す。
「いいご縁がありますようにって、いつでも五円玉はポーチに入れてるんだ」
「準備がいいな」
財布の中を探すと五円玉はなく、五十円玉があったからそれを掴んだ。どうせなら金額が高いに越したことはないだろ。まあ、もうこれ以上の縁なんて望まないけど。
お賽銭を投げ入れ、手を合わせた。何を願うかは特に決めていなかった。あんまり長くしても波瑠を待たせるだけだ。
もしも願いが叶うなら、波瑠の一番近い存在になれますように。
そう咄嗟に願って、これが俺の一番の願いなんだと自覚した。不幸の夢を見なくなることより、あの仕事を辞められることより、波瑠の一番近くにいられることが俺にとって最も大切なことだったんだ。
目を開けると、隣で微笑む波瑠と目が合う。
「茜君が何をお願いしたのか気になるな」
「言わないよ」
「うん、私も言わない。これはトップシークレットだからね」
おかしな言い方に思わず笑ってしまう。うん、これは一番の秘密だ。そんな不相応なことを神様に祈ったなんて絶対に言わない。
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