ヒロイン戦争~俺がラノベ主人公? ないない~
カネコ撫子@推し愛発売中
1st 1人目、2人目
第1話
「あのさ、ラブコメで複数のヒロインに言い寄られる話ってあるじゃん?」
都立藤ノ宮高校文芸部の部室で、一人の男子部員が眼鏡を掛けた女子部員に問いかけた。
「あれって幸せだと思うか?」
「どういうこと?」
反射的に聞き返す。彼女は特に答える気もなければ、深く聞くつもりもない。今読んでいる小説の続きが気になるせいで、気怠さが混じった非常に軽い言葉であった。
それが伝わったせいか、問いかけた男子部員――
「いやだから、たくさんのヒロインにモテるのは幸せなのかって意味。言葉の通りだよ」
「幸せなんじゃない。男の子の夢でしょ」
「まあ……ぱっと見はそうかもだけど」
彼女の答えは至極真っ当で、ある程度は想定できる回答だった。ただ自分の期待した答えではなかったせいか、蛍の返事は煮え切らない。
これにめぐみはため息をつく。眼鏡っ子で文芸部という存在のせいで誤解されがちだが、彼女は言いたいことはハッキリと言うタイプである。それは会話する相手にも求めることで、今の蛍のようにどっちつかずの返答はかなり苦手だった。
「ハッキリ言いなよ。何が引っかかってるの?」
「……栗野って厳しいって言われない?」
「言われない。話
「わ、分かってるって」
会話だけ聞けば尻に敷かれる夫とその妻である。
しかし当然、この二人はそんな関係であるはずもなく、数少ない文芸部員同士で同級生というだけ。高校に入ってから知り合ったのもあり、日ごろから連絡を取り合うような関係でもない。
蛍は咳払いをして仕切り直した。
「俺はそうとは思えないんだよな」
「どうして?」
「え、普通に面倒じゃん」
「何が?」
「だってハーレムでもない限り、ヒロインを振らないといけないわけだろ?」
「そうだね」
「女の子を振るのって気が引けるんだよな」
「振ったことあるの?」
めぐみの核心を突いた質問は、容赦なく彼の心をえぐった。
「……ないっす」
「そんな船島君のためにそういう作品があるんじゃないの?」
「結構キワどい発言だぞそれ。実際そうかもしれないけどさ」
「別にラブコメはそれで良いと思う。あくまでもフィクションなわけだし。フィクションの中ぐらい夢見る方が楽しいよ」
「ずいぶん達観してるな。前世でなんかあった?」
「さあね」
蛍は「そんなもんかなぁ」なんて言いながら短髪の頭を掻く。
めぐみの言うことも一理あった。ライトノベルにおけるラブコメ作品は、今や多岐にわたる。王道の学園モノから異世界、ファンタジー、時代劇などあらゆる設定に適応する汎用性がある。
「で、さっきまでラブコメ読んでたの?」
「ん、あぁこれね。そうそう。ちょっと冒険してみようと思ってさ」
「それで複ヒロが気になったと」
「フクヒロ? なにそれ」
「複数ヒロインの略」
「そんな略称あんの? 知らなかった」
「ごめん今初めて使った」
「おい……」
蛍は栗野めぐみという人間がイマイチ掴みきれなかった。大人しそうだと思えば中々の毒舌だし、でも自分の世界みたいなのを抱いている。
これまで一度も同じクラスになったことはなく、会うのは放課後の文芸部活動の時だけ。とは言っても、基本的には小説を読むか書くかの二択である。部員も今や三学年で6人しかおらず、そのうち4人は幽霊部員。つまり、実質二人だけの部活動となっていた。
「船島君はラブコメアンチなの?」
「いやそんなんじゃないって。ただなんか、切なくなるなって」
「それはただのハッピーエンド
「まあ否定しない。幸せが一番だ」
「そういう問題じゃないと思う」
めぐみは真っ向からそれを否定する。共感してくれると思っていた蛍は、分かりやすく表情をしかめた。
「先入観ってエンタメに一番いらないよ。フラットに見た方が楽しめる」
「分かるけど、感情移入する楽しさもあるだろ?」
「だから苦手なんじゃない? ラブコメみたいな作品が」
蛍は腕を組んで考えた。
めぐみの言う通り、彼はラブコメ作品そのものに苦手意識を持っている。対照的に物語を通じて主人公が成長していく
ただどんな話であれ、恋愛は切っても切り離せない重要な要素でもある。主人公とヒロインが存在し、それこそ複数のヒロインからアプローチされる話も珍しくはない。
「――もういいかな。続きが気になるから静かにしてて欲しいんだけど」
もう少しで思考がまとまりそうだったのに、冷酷さすら感じられる彼女の言葉で我に返った。
「ひどいな。質問しただけなのに」
めぐみの視線は再び物語の中へ吸い込まれ、蛍の発言が届くことはない――ように見える。その毒舌に隠された本心に気づくのであれば、彼はこの先苦労しないのだけれど。
人を好きになると、その視線はどうなるのだろうか。彼のそんな疑問は、これから迎える彼自身の学園生活が証明するのである。本人の意図しないところで。
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