第32話

晴れてはいるものの頬を撫でる海風は冷たくて。建物の中にある休憩スペースに移動した。

期待に胸を膨らませ満面の笑みを浮かべる和真さん。まるで子供みたいに目がキラキラと輝いていた。

(お弁当の中身を見てがっかりしないかな)

不安ばかりが募る。

「あの……そんなに料理、得意じゃないから……味の保証も出来ないから……売店で何か買ってきます」

一度はテーブルの上に広げたお弁当をトートバックに戻そうとしたら、

「えぇ!何で何で」

和真さんがこれでもかと頬っぺを膨らませ、お弁当をガシッと掴むと自分の方に引き寄せ両手で隠した。

「見た目や味なんて関係ない。昨日も遅くまで櫂に教えてもらい料理の勉強を熱心にしていたって姉から聞いた。今日だって早起きして俺のためにこれを作ってくれたんだろう?その気持ちが嬉しいんだ。ありがとう」

笑顔で言うとお弁当箱の蓋を開け、箸をゆっくりと手に取った。

噛み締めるようにしてだし巻き卵を一口食べた後、

「美味いな……」

しみじみとした口調で呟いた。

短い言葉だけど、何より嬉しい言葉を掛けてもらい、

(良かった………)

ホッと胸を撫で下ろした。

「唐揚も鮭の西京焼きもどれも美味しい。お世辞じゃないよ。本当だ」

こんなにも喜んでもらえるなんて。

早起きした甲斐がある。

「そんなに急いで食べなくてもいいのに」

むしゃむしゃと口に頬張る和真さん。

頬っぺたにご飯粒が付いているのに。全然気付いていないみたいだった。

手を伸ばし取ってあげるとびっくりしたような目で見られた。

気に障るようなことしたかな。

ごめんなさい、謝りながら慌てて手を引っ込めた。

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