触れてはいけない事がこの世には存在するのだ

 全力ダッシュでお店に飛び込んだ。ランチタイムが終わってガランとした店内で、お父さんとお母さんとギルドマスターが話をしている。これはチャンスだ!


「ギルドマスター!」

「む?」

「アイラ? 学校はどうしたんだい?」

「どうしたの? 具合が悪いの?」

「違うの! 話を聞いて!」



「お父さん、お母さんだって覚えてるでしょ? ラーンさんたちが引き抜かれた時のこと! トーマのお店でもそうやって怖いこと言われたんだって! ギルドマスター、どうして放っておくんですか?!」

「うーむ」

「アイラ……」

「……」


 ギルドマスターがいてくれてよかったけど、お父さんとお母さんと一緒に困った顔をしている。


「だって……!」

「実はな、その話を含めてダスティとエミルに相談を受けていたんだがな」

「本当?! じゃあギルドで懲らしめてくれるの?」


 嬉しくなってお父さんとお母さんの顔を見た。でも、二人とも渋い顔してる。


「すまんの、アイラ。証拠がないんじゃよ。『荒鷲亭』の雇用書、店の売り買いに関する契約書を専門家に見せたが法に反する文言もんごんはない。後は言葉や態度での脅しじゃが、証拠がないと冒険者ギルドに取り締まる権限がないんじゃ」

「そんな!」


 ギルドの目の前で、近くでそんなことが起こってるのに?!


「もちろん、ギルドの目の前でそのような真似をしたら只では置かん。だが奴らはうまく監視の網の目を潜っている。噂によると、『荒鷲亭』のオーナーは司法ギルドにも顔が効くらしい」


 頭にきすぎて、目の前がチカチカする。それじゃ『満腹亭』もトーマのお店も、周りのお店も泣き寝入りじゃない!


 うちだってお店の人たちを引き抜かれて、メニューを全部マネされて、値段を安く出されて。これでも我慢しなきゃいけないの?


「アイラ」


 お父さんとお母さんが近づいてきた。

 二人で、頭と背中を撫でてくる。


「お父さんがな、もっと美味しいご飯を作ればいいんだ」

「……えっ?」

「そうしたらきっとお客さんも前みたいに戻ってきてくれるさ。『満腹亭』名物、ここでしか食べられないものをね。お客さんが4回も5回も入れ替わって忙しくなるなあ。アイラに大活躍してもらうかな」

「で、でもっ……」

「ありがとうね。アイラは本当に私たちの自慢の娘だよ」


 お父さんのご飯、すっごく美味しいよ。

 お母さんの笑顔でお客さん癒されてるよ。


 お父さんとお母さん、何も悪いことしてないのに。何でも相談できて頼りがいのある、カッコイイお父さん。怒らすと怖いけど、いいところを本気の全力で褒めてくれる、優しいお母さん。


 大好き。

 大好き。


 トーマのおうちのエディルおじさん、ユラおばさん、『満腹亭』で頑張ってたラルフのお父さんのラーンさん、リルのお母さんのリリさん、商店街の人達も優しくって明るくって、みんないい人。


 なのにどうしてこんなにヒドいことするの?


「……ううっ」


 言いたい、たくさんの言葉が出ない。


 涙が。

 涙だけが止まらない。


「アイラありがとな。なあに、お父さんとお母さんはどんな困難にも簡単に負けやしないし、何があっても『満腹亭』とアイラは守る。街のみんなが困った時だって助けたい。ザイホンさんにはその相談をしていたんだ」

「そうよ。だからアイラは心配しないで、今まで通りに勉強にお店の手伝いに頑張ってくれればいいの」

「へう」


 温かい手に、力強い言葉に……悲しい涙が、嬉しい涙と力に変わっていく。


「『荒鷲鄭』に関しては儂もよく見ておくことにしよう。ま、少し調べればダスティとエミルに弓を引く気にはならんだろうがな。なあ、【竜の料理人】に【ギルド最強の魔法使い】さんよ」

「や、やめてくださいよ! アイラの前でっ!」

「いっやあああああ! ザイホンさんのバカ!」


 何、その呼び方。


 気になるけど、今聞くのはやめとこう。お父さん顔真っ赤だし、お母さんは目から光が消えてるし、何よりザイホンさんがお母さんを見て慌てて帰り支度を始めたし。触れてはいけない事がこの世には存在するのだ、うん。


 でも、こうやっていろんなことを話し合えるのっていいなあ。向こうでも考えすぎずに接してればよかったのかなあ。


 ……向こうって何だろ。もういいや、今はそれどころじゃない。人気メニュー、看板メニューかあ。私も頑張って考えてみよっと!

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