戦闘ではドSな騎士様の補佐官ですが、そのお願いはきけません!

千石かのん

第1話 不穏なお願い




「レイナ、脱いでくれないかな」

「……………………は?」


 宵闇騎士団、第一隊隊長、アレクシス・コールドウェルが笑顔で宣った爆弾発言に、レイナ・ティントレイは一瞬脳内が真っ白になった。

 柔らかなペールベージュの髪を編み込んだテールにし、綺麗な翡翠色の瞳を持つレイナは、「この上司は何を言い出すんだ」という苛立ちを必死に飲み込みながら作り笑顔を浮かべる。


「何を、ですか? アレクシス隊長」


 口元が引き攣っている。ひしひしとそれを感じながら告げれば、「うん?」とアレクシスが光り輝く笑顔を返して来た。


 きらきらと煌めく炎のような、金と赤の瞳。そこを斜めに過る、漆黒の前髪は軽くうねって零れ落ち、そこはかとない色気を醸し出している。


 容姿端麗……その言葉はこの男のためにあるのではないかと、彼の補佐官になって三年のレイナは遠い所で考える。


 そんなイケメン隊長は、レイナの質問に爽やかに答えた。


「何をって……脱ぐと言ったら服しかないだろう?」


 いやいやいやいや、服以外にもマントとか手袋とか靴とか……「脱ぐ」ものは色々ある。


 そう喚き返したくなるのを、レイナはぐっと堪えた。


 この恐ろしいほど顔が良い上司は、人当たりの良い態度と優し気な口調、冷静な判断と紳士的な応対で宵闇騎士団随一の人気を誇る。

 実際、彼に憧れている騎士は男女共に大勢いるし、彼の傍で働きたいと願う者で第一隊の隊舎に列ができるほどなのだ。


 だが願ったからといって宵闇騎士団の……それも第一隊に入れるものではない。

 厳しい試験と実習、そして実技の果てに選ばれるのだ。


 事務官とて例外ではない。


 隊舎を敵対勢力に襲われた際には戦闘要員となるため、前線に出る騎士達と試験内容は変わらない。むしろ、プラスして明晰な頭脳を要求される事務官の方が優秀と言えるだろう。


 そのトップとなる隊長は文武両道で、騎士団内の超絶エリートということだ。


 たとえ……その眉目秀麗、文武両道、宵闇騎士団きっての人気者、更には総帥たる公爵の息子でありながら、補佐官に「服を脱げ」と笑顔で命令するような人格的にイカレタ男であっても、だ。


(落ち着けレイナ……この男の戯れに乗ってはいけない……)


 この男の性質の悪さをレイナはこの三年で十分に学んだ。


 どんなに面倒な案件でも、この男は言葉巧みに誘導し、相手に呑ませてしまう。

 笑顔で「脱げ」というのなら、レイナはどう頑張っても脱がざるを得なくなる──……唯一の方法以外では。


「……アレクシス隊長」


 しばしの沈黙ののち、レイナが背筋を正して切り出した。

 唯一の方法、「聞かなかった振り」の発動だ。


「先程、結界塔から、三日後にミス・ダイヤモンドが精霊の都に入られると連絡が来ました。つきましては護衛と輸送隊の指揮を先発隊である第一隊のアレクシス隊長が取るよう明日、辞令がおります。今回の場所は王都に割と近く、先発隊と一緒にミス・ダイヤモンド、それから指揮官の隊長が都へと入ってください。お二人が歓待を受ける間、随時聖水輸送を開始し、第四隊が王都に向かう最終日にパレードが予定されております。これも前回同様」

「レイナ」


 淡々としたレイナの報告を、甘く低いアレクシスの声が遮る。

 だが一瞬言葉に詰まるも、レイナは強行突破した。


「前、回、同様、ミス・ダイヤモンドをアレクシス隊長がエスコートし、馬車に乗せた後、最終聖水輸送隊の先導をお願しますとのことです」

「レーイナ」

「以上が今後の任務です。あとは結界装置切り替えを狙って押し寄せる魔族からの防衛」

「レイナ・ティントレイ」


 ぴしり、と名前を呼ばれ、かたん、と音を立てて椅子を押しやったアレクシスが立ち上がる。


 さらりと彼の前髪が揺れ、その下の赤の瞳が妖しく金色に輝いた。


「その報告は書類でもいいのでは?」


 にこにこ笑う上司の台詞に、レイナは天井から糸で釣られたように、更に背筋を伸ばし、手に持っていたバインダーから数枚の書類の束を引き抜くと、目の前の執務机の上に置いた。


「ではこちらにお目通しを」

「うん、わかった」

「それでは失礼いたします」


 軽く頭を下げてくるりと踵を返し、そのまま出口へ向けて、走るのを必死に堪えて一直線に歩き出す。


 そのレイナの背後に、食えない上司は三歩で近づくと、彼女が扉を開ける前に片手を突いた。


「……まだ何か御用が?」


 振り返らず、背後からドアを押さえて出て行くことを許さない隊長に、感情の滲まない声で告げる。


「脱いで」

「………………アレクシス隊長……」


 ひきっと口元が引き攣るのを堪え、必要以上に甘い声で囁く上司に冷たすぎる声で切り返す。


「セクハラですよ」


 背中だけで「戯言を言うな」と訴えるも、上司は更に顔を近寄せ、耳元で告げた。


「君が心配なんだ。四年前の戦闘で、君は大怪我を負っただろう?」


 どきり、と心臓が跳ね上がる。それを綺麗に無視して、レイナは淡々と答えた。


「怪我の具合を調べたいのですか? 今、隊長がおっしゃった通り、あれは四年も前なので、傷跡もちょっとしか残っておりません」

「そうじゃない」


 するっともう片方の腕がレイナの腰に回り、ぞわぞわぞわ、と背筋を何かが走る。


 抗議すべくぱっと振り返るのと同時に、彼がレイナの腕と腰を取って、まるでワルツのように綺麗にターンすると、逃げ出そうとしたレイナをあっさり捕獲して部屋の中央へと誘った。


「隊長っ」

「俺の心配は、四年前の傷じゃあない。これからの戦闘で君が傷つくのは見たくないという話だ」


 その発言に、レイナはかちんときた。

 まるでレイナがお荷物のような発言だ。


「お言葉ですが、アレクシス隊長っ」


 ぐい、と自分を抱えて歩く男の胸を押して距離を取り、座った目で彼を睨み付ける。


「四年前の夏至祭では確かに不覚を取りました。ですが、あれから私も鍛錬を積み、そう簡単に魔族に遅れをとるようなことはありません」


 胸を張り、きっぱりと言い切る。


 そんなレイナに、上司はふっと眉を寄せ、口の端を下げた。


「確かに君が俺の補佐官として腕を磨き、うちの隊のトップ3に入るくらいに研鑽を詰んでいるのは十分に理解している。けどね、それでも俺を庇って怪我を負ったことを考えると……不安なんだよ」


 ぐ、と胸の辺りで片手を握り締め、アレクシスが訴える。先程とは一転し、悲し気に揺れる赤い瞳が真っ直ぐにレイナを映し、放たれるキラキラオーラに、レイナは眩暈がした。


(く……イケメンにしか使えない技を次々と……!)


 ううう、と顔を背けて耐えていると、一歩踏み出したアレクシスがそっと彼女の両手首を掴む。


「最後のお願いだよ、レイナ。……脱いで」


 ふっと瞼を伏せ、変な色気全開で迫って来る顔が良い上司に、レイナは最大の疑問をぶつけた。


「…………質問ですが、隊長」

「はい、なんでしょうか」

「怪我の確認ではないのだとして……では一体何故服を脱ぐ必要が?」


 そもそも……そもそも、どうして服を脱ぐのか。その理由をこの男は一言たりとも漏らしていない。


 じとっと半眼で睨み付ければ、アレクシスが真剣な表情でレイナを見つめ返す。


「君の身を護るためだよ」

「……衣服が無い方が防御力が低いと思うのですが……」


 全裸で戦う騎士がいたら………………単なる変態だろう。


 ますます胡乱気な表情になるレイナを他所に、アレクシスはきりっとした顔でレイナの両手を持ち上げて手の甲にそっと指を這わせた。


「我々の衣服……というか隊服やマントには防御魔法が施されている。よってそれを脱ぐのは防御力がなくなるのと同義だというのはわかるね? でもそれよりももっと強力な防御魔法を施したいと思ったらどうするのがいいと思う?」


 それよりももっと強力?


 レイナの眉間に一本、皺が刻まれる。


「……──鎧や手甲のような……金属防具でしょうか」

「昔の騎士達が身に着けていた防具だね。でもそこから改良が重ねられて、動きやすく、更に金属製の防具よりも強力な隊服ができたから今更鎧を着けても意味がない」

「……では希少鉱石を使った盾のような──」

「ちがう」


 真剣な眼差しで顔を覗き込まれ、レイナがひゅっと息を呑む。


(近い近い近い近い……!)

 きらきらしい顔を近寄せるな。


 胸の奥で喚きつつも平静な様子を装うレイナに、未だ手首を離さないアレクシスがその指で手の甲から二の腕へと軌跡を描いた。


「俺の言う防御魔法とは、君の躰に直接、施すんだよ」

「…………………………は?」

「君を脱がせて、その真っ白な肌に俺が直々に防御魔法を施す。光魔法を使った聖呪せいじゅと呼ばれる技法でね、肌に指先で神語を刻んでいくんだよ。そうすることで君の防御力は格段に増す。心配しなくても、俺の魔法は騎士団一だ。下手すれば結界塔の魔術師や神官よりも上の可能性もある。だから前回、君が受けた攻撃なんかあっという間に跳ね返せる防御魔法を授けることができるんだ」


 そう、にこにこ笑ってトンデモナイことを宣うから。


「………………つまり」

「うん」

「私を全裸にして……隊長が指先で、聖呪とやらを肌に書きつけていくということで認識に相違はないでしょうか」

「ない」


 あっさり認められて、ふるふるとレイナの身体が震える。


 どこに。

 そんな。

 セクハラ……というかもうなんだ、意味が不明な怪しい手法の防御魔法を許す人間がいるというのだ……!?


 口とこめかみを引きつらせるレイナに気付かず、アレクシスは眩しすぎて目が潰れそうな笑顔で続ける。


「昔、異国の地で同じように聖呪を身体に刻んで悪霊から逃れようとした僧侶がいたんだけどね。彼はうっかり両耳だけ聖呪を書きそびれたんだよ。そうしたら、悪霊から耳だけ見えてしまって、それをもぎとられちゃったんだ」

「痛い痛い痛い痛い……ッ!」

「そうならないように」


 何故かうっとりした表情で、アレクシスが手首を離した手でレイナの耳にそっと触れる。


「ちゃあんと全身くまなく、余すところなく、触ってあげるか──」

「トンデモナイセクハラ発言ですよ、アレクシス隊長ッ!」


 ごん、と。


 不意打ちのように。


 彼の顎めがけて頭突きを繰り出す。


「いだっ!?」


 不意に急所を突かれた隊長がその場に頽れた。


「……ひ、酷いよ、レイナ」

「どっちがですか」


 ふん、とそっぽを向くレイナに、アレクシスが情けない顔で訴える。


「……だってまた君が俺のせいであんな目にあったら──」

「隊長」


 その彼に、レイナは絶対零度の視線を落とし、ブリザードのように凍った笑顔で一刀両断した。


「あのような真似はいたしませんので、どうかご安心くださいませッ」





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