0812 [創作] 廃屋 [まったりゴーストストーリー]
「お盆。夏休み。また物好きが来るんだろうな」
ここは廃屋。山地のふもと、夏は涼しいので別荘が点在する、そんな地域。その中に、一軒の古びた廃屋がある。心霊スポットとして雑誌やテレビでも取り上げられたことがあるが、それほど有名ではない。しかし、夏休みになると、若者が連れ立って覗きに来たりする。
心霊スポット。まさにそのとおりで、いまこの廃屋は数体の幽霊のシェアハウスのような状態だった。浮遊していた霊が、安心してまったり休める空間として利用しているのだ。ここに宿る浮遊霊は入れ替わる。しかし、かなり長い間ここにとどまっている霊もいて、彼らにとっては終の棲家のようなものになっているのかもしれない。
もともとは、初老の男性と若い女の霊が、ここに居た。廃屋となる前のこの家と関わりのある者たちだったのだろうか。ずっとここにいて、いわば廃屋についていたのだが、あとから入り込んできた霊たちに自分たちのことをしゃべることはなかった。また、ねぐらを求めるようにやってきた霊に余計なことを聞くこともなかった。初老の男性霊が主人のような役回りで、若い女性霊はやや情緒不安定で、おもしろはんぶんにこの廃屋を覗きに来た若い子に手を出したりする。ちょっかいを出してこわがらせる、霊だからできるちょっとしたいやがらせをする。そのたび、初老の男性は「やめなさい」「いいかげんにしとけよ」とたしなめていた。
あとから入り込んできた浮遊霊で、いまいちばん長くいるのは、中年の男性である。みすぼらしいみなりで、飛び回るのもしんどいのか、この廃屋でごろごろしている。次に長いのが中年の女性。そして、若い男女の浮遊霊がひとりずつここに残っている。若い二人の浮遊霊は、しばしば廃屋から出て外へ遊びにでかけるのだった。しかし、二人ともしばらくここにいるつもりだ。ここは居心地がいいから、ゆっくり休めるから。
若い二人の浮遊霊は、もともとこの廃屋についていた初老の男性と若い女の霊のことを知らない。お盆か、と、つぶやいた中年男に、この廃屋という居場所を作ってくれたらしい二人のことをたずねた。中年男は語る。
「どういう事情でここがこうなったのかは語らなかったな。自分たちのことをべらべらしゃべるような人たちじゃなかったし、こちらにさぐりを入れてくるようなこともなかった。ただ、浮遊してるのに疲れたんならここで休んでいきなさい、みたいな。こちらがしずかにしてればほっといてくれるんだ。それで、まあ居心地はいい、オレはそのまま居ついて、もう長いな。わりとここは昔から幽霊が出るってうわさは広がってて、それで肝試しに来るもの好きもずっと前からいたんだよ」
この中年男は、いつから浮遊霊をしているのか。だれにもわからなかった。
「ある日、若い女が三人連れ立ってここに来てな、きゃあきゃあいいつつ、いろいろ言うわけよ、どっかで聞きかじった半端なこといいながら、指さしたり写真撮ったりしててな。それで、もともと初老の男、オレはおやじさんと呼んでたけれども、おやじさんといっしょにいた娘がかちんときたんだろうな。なにかしたんだよ、その三人に。霊障とまではいかないだろうけど、なにかいやなかんじが残るようなことを。ほんとに怖くなったのか、その三人は、何かいる!とかいいながら、急におとなしくなって出て行ったよ」
かなり前に起こった出来事だそうで、若い二人の霊はそのおやじさんと娘には会ったことがないのだった。
「それからな、二~三週間くらい後かな、またその三人と、あと二人、これは三十代くらいの女がいっしょにやってきて、ここですね、とかいってな。あの三人が連れて来た二人のうちの一人が霊能者っていうのかい。それでな、たしかにいますね、だいじょうぶです、わたしがあげます、って言って。あげるって上げるってことかな。そして、オレもそのときそこにいたんだけど、たしかにその霊能者にはオレのこと見えてるのがオレには分かった」
上げてもらえなかった? と、若い女の霊がたずねる。
「オレはまだしばらくここにいたかったし、オレのほかにもここにいた浮遊霊たちはそうだった。ただ、ずっとこの廃屋についていた、いわば家主をつとめてたおやじさんは娘と共にもう上がりたいっつってな。霊能者も、それが分かったみたいで、おやじさんと娘は上げてくれたんだよ、解き放たれたようにふんわりと天にのぼっていった」
それじゃ、のこりのみなさんは?
「オレが感心したのは、その霊能者のふるまいだね。娘にいたずらされた三人は、それを祓いたい。そして、上がりたがってる霊がいて、悪い霊じゃないんだよ、静かにしていたいだけで、失礼なことされたらかちんとくる、まあふつうの霊。そして彼らが上がりたがっているならその手助けをして、そして、べつに何かする気はないけどここにいたいんですっていう、オレらみたいなのは、見なかったことにしてくれた。その霊能者におねがいしたんだろう三人にはついた厄を祓うってのをちゃんとやって、それで、もうあなたたちにわるさした霊は上げましたよって。うそじゃねえよ、そのとおりだよ。そして、直接関係ないオレらには手を出してこなかった。肝試しだなんていって幽霊の出る場所に行くのはよくないからやめなさいって、小学校の先生みたいなこと言って納得させてたな、あの三人も安心したのか素直にその霊能者に礼いってたぜ」
ふだんあまりしゃべらない、中年女の霊がはなしだす。
「おもしろはんぶんで覗きに来られるのはふゆかいだけど、でも、たまにはね、年に一回か二回くらい、すぐ帰るようなのが来てくれると、ちょっとこの場所の空気が入れ替わるようなところもあってね。ほら、家って、建物って、人が住まなくなると荒れるじゃないの? ここはわたしたちにちょうどいい廃屋なんだけど、やっぱりあまりにも荒れると、家自体が崩れて、いまみたいには居られなくなるんじゃないかっていうのがあって。だから、わたしはお盆なんかに若い子が来るのはわるくないと思ってるのよ。ちらっと気配でも感じさせたげると来た方もよろこぶし」
よろこぶっていうより、こわがってるんじゃないんですかね。
「それよ。あんまりこわがらせて、本気でお祓いでもされたら、またオレら居場所失って浮遊霊になっちまう。ずーっと浮遊し続けるのはけっこうしんどいんでな。だから、あまり目立つのもいやなんだよ」
「ちらっとね。若いあんたたちは、写真撮られてさらされたりするのいやなのかね」
そうですね。いま、やっと浮遊霊ライフ楽しめるようになったところなので。やっと人間ってそうわるいものでもないんだなって、そう見られるようになったんで。ふわふわ浮世をながめるの楽しんでるんで。
「まだ若いと、写真見てどこの誰さんだって騒がれたりするかもしれないしね」
「ああ、その心配があるんだな。それでまた、ややこしいことになったり。きらくに浮遊霊できなくなるかもしれんわな」
外がざわついている。数人の若者の声、男女混じっている、「ここだ」とか「カメラ持ってる?」とか。
「なんか来たみたいだな」
中年男が言う。
「それなら、オレがちらっと楽しませるわ、テキトーにな。みんなは隠れてろよ。なに、オレなら写真流されても、もうどこの誰だか分かるようなのは皆死んでるから」
そしてつぶやく。
「おれもしんでるけど」
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