第55話 呼び寄せる。

 王弟殿下の別邸で正式に叙爵されるまで待機という事になったのだが、アルテちゃんが急激な環境の変化のせいか、体調を崩した。


 俺は慌てて医者を呼ぶことにした。

 俺はマギアストーム専門だから治癒師でも役に立てない!



「医者を! 誰か医者を呼んでくれ!」

「かしこまりました!」


 メイドが小走りで医者を呼びに行った。

 俺は熱を出してベッドで伏せるアルテちゃんに付き添って額にあてた布を水につけて取り替えてやる程度の事しかしてやれないからもどかしい。



 * * *


 しばらくして医者が到着し、アルテちゃんの診察後。



「子供とはよく熱を出すものです。心配はいりませんよ。熱がこれ以上高くなった時用にこの薬を置いておきます」


 解熱剤だけ?



「本当か? 巫女か神官を呼ばなくて大丈夫か?」

「自然治癒力を高めるのも大切なことですよ。なんでも魔法に頼れば弱い体になります」

「それは……そうかもしれないな」



 熱が出てる時はウイルスなどを倒そうと抵抗してるわけだから無理に熱を下げようとするな。などという説も確かに前世で聞いたことある。



「では、また何かあったらお呼びください、近くにおりますので」

「ありがとう」



 医者には別邸内に部屋を用意して万が一に備えてもらった。

 医者がああ言うのだから、多分大丈夫だろう。


「はぁっはぁ……っ、パパ……ママ……」


 心細くなっているのか、アルテちゃんはうわ言のように亡くなった両親を呼んでいた。



「大丈夫、大丈夫、今胃に優しいものを作ってやるからな」

「んん……」



 メイドにアルテちゃんを見ていてもらう間に俺は厨房に立って白米で出汁入りの雑炊を作った。


 おかゆにしようかとも思ったが、俺は自分が味がシンプルすぎると途中で食べ飽きることもあるので、塩味のみより出汁入りを好んだ。

 きのこや野菜や鶏肉から出汁をとったものを使う。


 アルテちゃんも美味しい方が良かろうと。

 あとはリンゴをうさぎさんに剥いて……。

 リンゴと包丁を手にしたとこでふと気がつく。


「ん? 待てよ……」


 うさぎと言えば、熱を出したアルテちゃんの為にエイダさんを早めにコチラに呼び寄せられるかな?

 魔法の伝書鳩を飛ばしてもらおう。



 慣れた人が側にいたほうが安心するはずだ。

 彼女は獣人だからと王弟殿下の存在に萎縮して、視察について来ずに城に残ってしまったんだよな。

 今はある意味緊急事態だし……来てくれるだろう。


 俺は使用人に鳥と手紙の手配を頼んだ。



 * * *



「ほら、アルテちゃん、雑炊だよ」

「なに……これ?」



 アルテちゃんは煮込まれた米を熱としんどさで潤んだ目で見てる。


「栄養をつけて寝てたらすぐ良くなるはずだから、少しでも食べてみないか?」


 アルテちゃんは上半身を軽く起こした。

 俺が彼女の背中側にクッションを置きまくって体を支えてやったら、少しずつ雑炊を口にした。

 完食は無理だったが器の三分の一は食べたし、幸い吐き戻すことはなかった。


「こっちはなに?」

「うさぎさんのりんごだよ、このまま食べるのが辛いならりんごはすり潰すよ」

「うしゃぎしゃん、すりつぶすのはダメ……可哀想」


「そうか、じゃあこのまま一個食べてみる?」

「うん」


 デザートのうさぎりんごも一つは食べた。

 ややしてエイダさんは一人の騎士と共に神殿の転移ゲート経由で現れた。



「アルテ! アルテは大丈夫ですか!?」

「少し熱を出しましたが、食事もとって薬飲んで今は寝ています」



 俺は到着したエイダさんに状況を説明してからアルテちゃんについててもらった。


「こちらを閣下からお預かりして来ました」



 エイダさんをここに送って付き添ってくれた騎士がリボンで装飾された箱を俺に差し出して来た。

 中身は例の店で頼んだ刺繍入りのリボンだった。

 先にエイダさんには渡しておこう。



「エイダさん、このリボンをどうぞ」

「ありがとうございます」

「王弟殿下の札かリボンのどちらかをつけていてくださいね」


「分かりました」

「といっても、まだ叙爵前だから札の方が効力が高いかも」

「今からこの紋章を知っていてもらうのも悪くありません、両方つけておきます」



 エイダさんはポニテに大きめのリボンを結んだ。



「うん、かわいい」

「ありがとうございます」



 エイダさんは花が咲くように微笑んだ。


 「そうだ、リボンの他に紋章入りつけ襟とカチューシャも追加しておこうか。

 カチューシャは耳の邪魔になるかと思ったが、手前ならなんとかなるだろうし、洗濯の手間もあるから」


「それならつけ襟の方は私が自分で作って刺繍します、こう見えて裁縫は得意ですし、暇なので」

「あ、暇だったのか、じゃあ布とつけ襟の型紙と裁縫道具は用意するよ」

「はい、ありがとうございます!」



 エイダさんは自分でもできる事が見つかって嬉しそうだった。


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