第17話 市井にて
「ウメノから聞いたのは、ヨプの実に砂クラゲの粉末を混ぜて塗ると、神経痛に効く薬ができるってことかなあ」
「まあ、砂クラゲを? あのどろどろが塗布剤として有効ってことなのかしら……、薬屋へ行くよりも市場で買い物をして作ってみるのも良さそうですね」
「うん。あ、俺すりこぎ借りれないか聞いておこうか? でも材料買って、ウメノに作るところ見ててもらうのが、一番不安がないかも」
「ご謙遜ですよ。この間ティティア様からいただいたささくれのお薬、あれはすごく良く効きましたよ」
和気藹々とやり取りをする。真っ先に薬屋での用事を済ませた二人は、ティティアが己の持つ知識をマルカに差し出すように会話を盛り上げている。
その背後を守るように、ロクと私服に着替えたヘルグが随行していた。
二人が揃うのは逆に目立つのではと、マルカは少しだけ渋い顔をしていたが、いざ市井へ出てみれば獣人の国の名の通り。むしろ小柄すぎるティティアの方が目立って見えるくらいであった。
「ヨプの実売ってるお店ないかな。ロクは知ってる? 黄色くて、でこぼこした実なんだけど」
「知ってますよ。食べると苦いやつですよね」
「うそ、あれ普通に食べれるやつなの!」
「ティティア様、口にできないものは薬にはなりませんよ」
「あ、そっか」
そんな他愛のないやり取りを繰り返しながら、四人がまず向かったのは果実を取り扱う屋台であった。ティティアの求めていたヨプの実は置いてはなかったが、見慣れない果実がずらりと並び目を楽しませる。
帽子を目深にかぶる屋台の店主は、目を輝かせるティティアの様子に気がつくと、にこりと笑って試食を差し出してきた。
「お嬢ちゃん、ヨプの実はねえが、熟したクリモモはあるぞ。」
「クリモモ?」
「果肉が黄色くて、そのままパンに塗っても美味しい果実ですよ。アキレイアスでは一般的な食べ物です」
「ありゃ、あんたここらの人じゃないのかい?」
マルカの言葉に、屋台の店主が反応を示す。瞳孔が横長だ、ねじれたツノを見る限りヤギの獣人である。差し出された試食用の果実を受け取りながら、ティティアが曖昧に頷く。
それが興味を引いたらしい、店主は珍しいものを見るように顔を覗き込もうとした。
「このクリモモを二つ」
「お、毎度あり。そこの斜向かいの店のパンに塗るといい。味は保証するぜ」
「なんだ、提携でもしてるのか? ありがとう、後で行ってみるよ」
ロクの声が、店主の気を逸らした。ヘルグが茶化すように口を挟む様子を見ながら、ティティアは少しだけ緊張をしていた。
多分、今いけないことをしたんだ。そんな小さな不安が、頭を擡げる。きっと、迂闊に他国から来たことを口にして、変に詮索される方がまずいのだ。
ティティアにはそれがなぜかはわからないが、ロクとヘルグの行動が己の心配を肯定する。
店主から受け取った果実を、毒味役をかってでてくれたのであろうマルカが口にする。問題がないとわかったのか、進められるままに口に運ぶ。
ティティアの舌に味が広がることはない、甘いね。とついた小さな嘘が、余計に己の知らぬ間の失態を誇張するようで嫌だった。
屋台ではクリモモ二つを購入して、逃げるように後にした。緊張していたのが顔に出ていたのだろうか、マルカは終始心配げな表情で気にかけてくれた。
つまみ食いはしても、もう昼時だ。沈んだティティアの様子を気にしてくれたのか、ヘルグが飯にしようと提案をしてくれた。
「この少し先に、飯屋があるんです。そこのコシャリがうまいんですよ」
「コシャリ?」
「揚げた野菜に肉と豆を甘辛く煮たものを、飯に混ぜて食うんです。最近流行ってる料理なんですよ。召し上がったことはありますか?」
「ない、でも俺おっきい肉はまだ……」
「混ぜやすいように細かく挽いてあります。香辛料が肉の臭みを消してくれているので、ハニでも食べれるんですよ」
「あ、行きつけなんだ」
「ああ、余計なことを言ってしまいました」
照れ臭そうにするヘルグに、ティティアは小さく笑った。二人が仲良く同じ皿を分け合う様子が容易く思い浮かんだのだ。城に戻ったら、ハニを揶揄っても楽しそうだ。
案内されるままについた飯屋は、看板も何もない。穴場とでもいうのだろうか、一見ただの民家のようだ。
白い壁が切り取られ、はめられた鳥籠のような窓にはすりガラスがはまっており、中の様子は窺えない。
それでも、扉に飾られた小さな看板には飯屋を思わせる開店中の文字がかけられている。
丸みを帯びたドアノブを、ヘルグが掴む。ロクが耳打ちしてきたのも、ちょうどその時であった。
「ここ、フリヤの店です」
「フリヤ?」
「ほら、ニルの」
あっ、と声を出しそうになった時、開いた扉から、漂う香辛料の香りと共に、いらっしゃいと快活な声が飛んでくる。
店内は柔らかな木目調が暖かい雰囲気の店だった。席数は少なく、城にある食堂を小さくしたようにも見える。
香辛料が入った小瓶が、彩を加える装飾のように並ぶ。そんな横長の調理場を縄張りにするように陣取っていたのは、猫目が特徴的な鬼族の青年だった。
「珍しい組み合わせじゃない? もしかして、ヘルグが店紹介くれた感じ?」
「コシャリを知らないらしくてね、ならここしかないと思って」
「うは、あ。今ニルいないんだよね、ちょっとお使い頼んでて。で、この小さいこは?」
「あ、ええっとお、俺」
「ティティア様だ。カエレス様の番いのことはニルから聞いているだろう?」
ロクの言葉に、フリヤは笑顔のまま動きを止めた。そのまま鍋の火を止めると、ぎこちない動きで調理場から出てくる。
上背は随分とある。もしかしたら、ニルと同じくらいありそうだ。
頭につけていた布巾を取るなり、フリヤはティティアの目の前で床に膝をついた。一体何事かと戸惑えば、ヘルグもロクもティティアの背後で両耳を塞いだ。
「うちのニルがすみませぇん‼︎」
「えぇ⁉︎」
それはもう、窓が揺れるほどの大きな声で謝罪を叫ぶ。二人が耳を塞いだ理由がわかった。聴覚がいいから余計に響くのだ。
出遅れたマルカは頭が痛そうに顔を顰める。床に頭を打ちつけそうな勢いで謝りだすのを慌てて制すると、フリヤはガシリとティティアの手を握り締めた。
「うちのニルからいじめられてない⁉︎ あいつ本当に失礼だから、絶対に粗相してるでしょ‼︎」
「グッ」
「ふふ、っ……すまん」
「わああごめんなさい!! 先に謝っておくから許してやってえ‼︎」
「ぅぶっ」
ティティアの背後で、ロクとヘルグの堪える声が聞こえた。面白がっているあたり、これは予測できた範疇らしい。
握られた手はすっぽり隠れてしまった。フリヤの手と顔を見比べることしかできないティティアはガバリと抱きしめられた。勢いあまってという方が正しいのだろうか。頬に触れるフリヤの柔らかな膨らみに、ティティアの頭にはますます疑問符が散らばった。
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