第11話 心の突起

 山盛りとまではいかないものの、そこそこの量の草花の山を揺らしながら歩く。広い城の中、ティティアの行く当て行くというのは顔見知りであるウメノの元だ。

 こんなにみずみずしい草花に触れるのは初めてだったし、枯れ草と違って全て香りが違うのだと言うことも、ここに来てから知った。

 花には花粉というものがあるのだ。それを蜂が運んで蜜にする。ティティアは黄金色のとろみのあるそれが好きだった。

 初めてウメノに入れてもらった紅茶を思い出す。蜂蜜を混ぜるだけで幸せの味がするのだ。つい想像して、ふにりと唇が緩む。ウメノの元に顔を出せば、お手伝いのご褒美が待っている。己が必要だと言われているようで、足繁く通う理由を作ってくれたことも嬉しかった。


「ティティア様、またお手伝いですか?」

「うん、あ、はい。う、ウメノのとこまで」

「あなたが辿る道はわかりやすいですね、こんなに草が落ちて」

「あー……ごめんなさい」


 凛とした声がティティアの足を止めさせた。メイドであり、羊獣人のマルカだ。女性らしく柔らかな丸みを帯びた体に、きちりとした詰襟の長衣を召している。ねじれた角が特徴的なその人は、ティティアの後ろに落ちていたハブタエソウの一本を、山盛りの草花の上に刺した。

 

「今日の昼食は不要だと伺いましたが、何を召し上がったんですか?」

「ロクが作ってくれた、ターメイヤです。パンに豆のペーストがはさまってるやつ」

「人間の食事ですか?」

「あ、うん」


 ティティアの言葉をまえに、マルカは困ったような表情をした。その理由は口にされなくても、十二分に理解している。

 獣人の食事は主に肉が主食だ。無論野菜も喰らうらしいが、ティティアはまだこの国の食材に体が慣れないでいる。

 早く食事に慣れて、肉付きをよくしなくてはいけない。今のままでは子供を産むのも厳しい体だと言ったのは、マルカだった。

 体を気にかけてくれるのは、嬉しい。けれど、その理由はカエレスの子を孕むための体だからに他ならない。わかっていても、口調の強いマルカをティティアは苦手としていた。


「ウルジュの肉は口にあいませんか。私たち羊獣人でも口にできる滋養のいいものなのですが」

「あ、う、ウルジュは、まだ慣れなくて……」

「そうですか……、そんなお痩せになって。差し出がましいことを申し上げますが、カエレス様のこともお考えくださいね。これは獣人族全ての総意ですから」

「うん、ありがとう……」


 ごめんなさい、と口にしたら、怒っているわけではないのですと窘められる。その経験から、ここ最近のティティアは申し訳ないという気持ちを押し殺すように、お礼を口にするだけになってしまった。

 ウルジュの肉は、ウルジュという虫型の魔物から取れる肉のことだ。見た目もあいまって、ティティアの中ではどうしても心が決まらずに、手を出せないでいる。

 あれはハニも苦手だと言っていたから、ティティアも口にしなくていいのかと思っていた。

 俯くティティアに向けられるマルカの困ったような笑みは、足場を狭めるように居心地を悪くする。どうやってこの場を辞そうか。ティティアが考えあぐねていれば、マルカはこれから向かうであろう扉を開けて待っていてくれた。山盛りの草を持って、どうやって一人で行くのだと言わんばかりに。


「何をしているのですか。こちらに向かわれるのでしょう?」

「あ、う……ありがとう、ございます……」

「次からは、こうならないようにお供をつけてくださいまし」

「うん」


 夕焼けの瞳が、ちろりと横の小窓に向けられた。いつもなら、ここから顔を出せばアモンが薬草を引き取ってくれるのだ。それからティティアが小窓を抜ければ、ウメノの庭はすぐなのに。

 結局、ティティアは一人で大丈夫を口にできないまま、マルカの開けてくれた扉をくぐる。本当は随分と遠回りになってしまう道を、選択せざるおえなかったのだ。









 ここ数日、なんとなく息苦しい日々が続いている。これが精神的なものだと想像がつく分、ティティアは弱音を漏らしそうな己が怖かった。

 望んで、この国で生きることを選んだじゃないか。そう言い聞かせるように、変わらぬ日々を過ごしている。

 誰に吐き出していいのかも、何に怯えているのかもわからないままでいる。そうして、カエレスの前では上手く笑えているつもりでも、たまにぼろがでてしまうときがあった。


「ティティア、ティティア」

「んえ?」

「何だか随分と疲れているように見える。何かあったのかな」


 カエレスと共に、机を挟んで夕食をとっていたことを失念していた。つい気が落ち込んで、食事の手が止まっていたようだ。一向に手が進まない様子を気に掛けてるように、カエレスは金糸水晶の瞳にティティアを映す。

 給仕の視線までもが不安そうな色を瞳に宿して見つめていた。あ、と気がついた頃にはもう遅く、フォークに刺していた芋がぽてりと皿の上に落ちた。


「……食事中の考え事は感心しませんよティティア様」

「え、あ、ちょっとぼーっとしてて……」

「何か気に病むことがあるのなら話してくれないか。それとも、口に合わないか?」

「いや、うん、全然美味しい!」


 困った顔をするカエレスを前に、慌てて笑って誤魔化した。背後でジトリと見つめるマルカにぎこちなく謝ると、呆れたような目で見つめられた。


 ただでさえ、この国で使う食器は慣れないものが多いのだ。今までアテルニクスで与えられる食事は手を使うことの方が多かったから、特に気を配らなくてはいけないというのに。

 崩れた芋を前に、気持ちが沈む。料理番が作ってくれた野菜のスープには大きな芋がゴロゴロ入っていたのに、ティティアの食事が遅いせいで溶けて小さくなっていた。


「お済みのお皿がございましたら、食後の果実をお持ちいたします」

「いや、ティティアがまだなんだ。彼が終わってからにしてくれ」

「ご、あ、すぐ食べる」

「味わって食べなさい。そのほうが料理番も喜ぶだろう」


 柔らかな声色で制してくれる。カエレスの優しさが、余計にティティアを萎縮させた。給仕をしてくれた獣人が、申し訳なさそうな目をティティアへと向ける。無意識に迷惑をかけてしまったことを自覚して、居た堪れなくて、思わず俯いた。

 



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