第14話
クガヤはどうにもサタヴァの風呂と洗濯の件がまだ気になっているらしく、座ったまま話を続けた。
「サタヴァ、お前、そんなんで、よく匂わないなあ。そんなに薄汚れてる感じもないし。
一応そのへんの水で洗ってはいるんだってことだけど、不思議だよなあ。
俺なんか風呂にちょっと入れなかったりしたら、女の子に嫌われたりしないか、凄い気になってしょうがないよ。
いつデートなんかのチャンスがあるかわからないから、いつでもできるようにしときたいんだよ。
女の子は清潔感ある男でないとダメらしいって言うからね。」
「あー、うちの奥さんも、いつもきれいにしときましょって言ってますよ。子供にも僕にも。」
「女性とデートの時にはさすがに俺も事前に体を洗うぞ。」
「えっ…」「え…」
「サ、サタヴァ、お、お前デートするんか…
そんなに服も体も洗わないのに、そしてそんなに貧乏なのに、よくそういう話に持っていけるよなあ…
一体どうやってるんだ。」
「貧乏は余計だろ!
…洗わないんじゃなくて、洗ってるって話をしたんだろうが!
デート前にも体を洗うって言ってるだろ!
人の話聞いても理解できてないだろ!」
「どこでどうやって洗うんだよ、どこでどうやって!」
その話は聞いたはずだが、クガヤは謎の焦燥感にかられて口走っていた。
「そして体のどのあたりを、どこまで洗うんだよ!俺はまだ軽めのデートしかしたことないんだぞこの野郎!」
「クガヤ、そういうの、人のプライバシーだから」
ヤトルがたしなめる。
「それにさっき沼や川で、草でなんか色々洗ってるとか、サタヴァさん話されてたじゃないですか。」
「デート前には沼とか川とかに全身を浸すぞ。
洗う体の場所を聞かれたが、もちろん全身だ。
すっぽりザバンと全身を水につかるんだ。そしてなんか色々と洗うんだ。
デートする相手に失礼があるといけないからな。それは必要最低限の礼儀だとこの俺は思う。
まあさっきも言ったけど寄生虫とか川や沼に居たりするんで、つかるときは着衣のままで入るんだ。
この場合、服の洗濯も兼ねてるんだぞ。水から上がったら服ごと自然乾燥させるんだ。
やはりパリッとした感じで行きたいからな。服とかも先方に失礼のないようにな。
そうそう、着衣で川や沼につかろうとするんなら、立って入るのは駄目だぞ。
衣服が水を吸って重くて水から上がれなくなるからな。下手したら溺れる。
俺は底の浅い水場を選んで、横たわるように首から下を水にそっとつけるんだ。
首から上は出したままにしないと、水中の寄生虫が目や耳にはいるからな。
この体勢だと、服が重くなってても、水から上がるのが楽だぞ。」
「デート行く服着たまんま沼に沈んで全身きれいにしときましただとお?
デート行くのにさらに汚くしてどうするんだ!
そのまま沼に沈んじまえ!服も乾かす手間が省けるわ!」クガヤは怒鳴った。「なんでこんなやつとデートしたがる女が世の中にはいるんだよ!」
サタヴァは鉄の神経で話を続ける。
「そうそう、その状態で誰かに出くわしたことがあって、俺が動いたら、叫び声をあげて逃げた人がいたな。」
この話まだ続くのか…
残り二人は呆然としている。
「どうも俺を死体と勘違いしたらしい。
死人が動いた!助けて!と叫びながら逃げて言ったぞ」
帝国を含めたここ周辺では、古より水辺は恐ろしいものだとされており、飲食や洗濯、風呂など、生活に必要とする用がない限り、人々は水辺にはあまりおもむかないようにしているのだ。
川や沼はともかく、海なども、魔物の産まれる場所とされる伝説があったためだ。
横たわるサタヴァが動き出したのを見た人が、叫んで逃げ出したのも、そういう伝説が背景にあったからこそ、よく確かめずに化け物だと思ったのかもしれない。
まあ最も、普通の人間は、そんなところで横たわってじっとしたりはしていないのだが…
「そこで魔物の伝説を作らないでください!他の人みんな迷惑するじゃないですか!
あなたが魔物が出る噂の原因になってるんじゃないですよね!」ヤトルまで叫びだした。
「ところで今話してて気づいたんだが」サタヴァは言う。
「よく考えたら首から上はあんまり洗ってない。湯を沸かして洗いたい。」サタヴァはクガヤの鍋をじっと見ている。
クガヤは鍋をお尻側に隠した。
「その鍋に湯を沸かして頭を洗いたい。貸してくれ」
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