第44話 ⑨

 どうも踊らされているようだ――そのことに気付いていたリリアナたちは、あえて乗っかったのだ。

 ブルーノ会長の誤算は、コハクの存在だろう。

 今回のミッションでリリアナとハリスは、ホテルの客室以外の場所でコハクと行動をともにしていない。


 コハクはとても優秀な諜報員として暗躍してくれている。

 レオリージャの知能が高いことは知っていたが、ここまでとは思っていないかったリリアナだ。


 関所で荷物検査をしている警備隊員に、休憩をとるからもしもまた怪しい動物がいたら引き留めておいてほしいと告げてその場を離れた。

 ちょうどこそへ、コハクがやって来た。

 ブルーノ会長がどこかへ行くことがあれば、後を付けてほしいと言いつけておいたのだ。

「コハク、お疲れ様」

「にゃーぉ」


 コハクの首から録音石を外し、木陰で他に誰もいないのを確認してから再生する。

『大変です! どこから情報が漏れたのか、ガーデンの捜査員たちが関所に陣取って隈なく荷物検査をしています。これは大きすぎて目立つので、今はやめておく方が得策です』

 ブルーノ会長の少々大げさな、芝居じみた声が聞こえた。

『では、どうする?』

 もうひとりの男の声がする。

『冒険者様、ひとまずこれは私が買い取るというのはいかがでしょう。いずれ、ほとぼりが冷めた頃にまた取引が再開できるでしょうし。その時がくればまたあちらに流せばいいかと』

 低い声が響く。

『いいだろう。こちらとしては金が手に入ればそれでいいからな』

『ではこれから金を持ってこさせますから、少々お待ちください!』

 ブルーノ会長の弾んだ声が聞こえたところで再生が終わった。


 ようやくブルーノ会長のおかしな言動の意味がリリアナにもわかった。

 彼はわざと取引を匂わせる噂を流して魔道具のペットの首輪を彷彿とさせる赤い石を巻いたインコを囮にした。リリアナや警備隊の目を関所に向けさせ、その裏でもっと大きなペットを「目立つからやめておいた方がいい」という理由で自分のものにしようとしているのだ。

 ガーデン管理ギルドの調査が入ると一報を受けた前後に大きな取引の話があり、この状況をうまく利用してやろうと思いついたのだろう。


 実は魔物を飼っているという秘密をもったいつけながらこっそり誰かに打ち明ける行為は、ブルーノ会長の自己顕示欲を大いにくすぐるに違いない。

 自分も捕まるかもしれないリスクを犯してまで手に入れたい魔物なのだろう。


 コハクに案内されてやって来たのは、街のはずれにある倉庫が建ち並ぶ場所だった。

 倉庫の横には、畑が広がっている。

「ソバの倉庫だな。ちょうど種まきが終わったところだから、種用の倉庫はからでしかも人が来ないってことか」

 ハリスが呟きながら、小屋の外に置かれていた縄を手に取った。

 

 コハクが一棟の倉庫の前で立ち止まった。

 ハリスが勢いよくドアを開けると中には男が4人いて、突然の乱入者に驚いた表情を見せた。そのうちのひとりがブルーノ会長、その隣が商会の職員だろうか、金貨がぎっしり入った木箱を持っている。それに向かい合って初老の男と小柄な冒険者風の恰好をした男がいる。

「あなたたちが黒幕ねっ!」

 結果的に探偵の真似事ができたことに満足しつつ、男たちが抵抗する前にリリアナが拘束魔法で動きを封じた。

 

 ハリスが男たちを縄で縛っていく間、リリアナは両手を広げて魔法を維持する。

 人の動きを封じる拘束魔法は上級魔法で難易度が高い。しかもそれを4人まとめてとなると、難易度はさらに跳ね上がり、魔力の消費量も多い。

 どうにか集中を切らさずに拘束を保ち、ハリスがブルーノ会長以外の3人を縛り終えた時だった。


 視界の端でなにかが動いている気がしたリリアナは、好奇心に抗い切れずにチラリと横を向いた。

 そこにいたのは青黒い舌をチロチロ動かす大きな緑色のトカゲ。首には赤い石のついたベルトが巻かれているが、倉庫が薄暗いため本物か偽物かわからない。

 トカゲは檻には入っておらず大きな木箱の上に乗っていて、のそりと前肢を動かしリリアナに一歩近づこうとした。

 それにギョッとして、魔法が解けてしまった。


 ブルーノ会長は拘束が解けると素早くトカゲに駆け寄り、トカゲの首に巻いてある首輪を外す。

「さあ、いけ! ドラゴン!」

 ブルーの会長の得意げな声が倉庫に響き渡り、ハリスとリリアナが同時に息をのんだ。


「…………」

 しかし何も起こらない。

 大きなトカゲは、トカゲのまま。

 つまり首輪は偽物で、このトカゲは本当にただの大トカゲだったということだ。


 リリアナはそれにホッと胸をなでおろした。

 首輪が外された時にハリスとリリアナが同時に驚いたのは、トカゲがドラゴンに変身することではなく、死んでしまうと思ったからだ。

 もしも本物の首輪をガーデン以外の場所で無理に外せば、首輪の呪いが発動してペットはその場で絶命する――リリアナたちがその説明を受けたのは、コハクをペット登録した時だからまだ記憶に新しい。

 魔物の討伐ランクで最高難易度に位置するドラゴンに、そんな形で死んでほしくない。


「どうした! なんでなにも起こらないんだ!」

 まだトカゲがドラゴンだと信じている様子のブルーノ会長を、ハリスが手早く縛り上げる。

 

 偽物の首輪とトカゲ、木箱に入った金貨、録音石に残る会話の記録。

 証拠は全て出揃った。

 リリアナは急いで警備隊員を呼びに戻り、4人の男たちは連行されていった。

 

「お腹すいた……」

 リリアナがお腹をさする。

「最後にソバの実亭でたらふく食って帰るか」

「やった!」

 ハリスの提案にリリアナは両手をバンザイしながら喜んだ。

 

 

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