第36話 6皿目 ソバ粉のガレット①

 【ペットの違法取引に関する調査 報酬:ソバの実、石臼】

 ガーデン管理ギルドの掲示板に、一風変わった依頼が貼りだされている。

 

「ソバの実か……」

 ハリスが無精ひげの生えたあごを撫でて呟いた。

 これは彼が興味を示した時に無意識にする仕草であることを、リリアナは知っている。


 ソバはガーデンに隣接するケイラル国とその北に位置するラシンダ王国との国境付近で栽培されている穀物だ。

 報酬がソバの実ということは、その地域からの依頼だろうか。ガーデンからだと馬車で1日半あれば行ける距離だ。

 商家の娘としてソバに関する一通りの知識はあるが、実際に見たことも食べたこともない。

 どんな味がするんだろう。

 リリアナが掲示板を眺めながら考えているうちに、ハリスは受付のエミリーに依頼の詳細を確認していた。

 

「そうなんです。ケイラル国のマルドという街でペットの違法取引が行われているとの情報が寄せられたんです」

 エミリーがいつもの穏やかな笑顔を見せる。


 コハクのように魔物をペット登録して専用の首輪をはめれば、ガーデンの外に連れ出してもなんら問題はない。

 冒険者同士のペットの譲渡も認められている。

 ただしガーデンの外でペットの首輪を外すことと、冒険者以外に譲渡することは禁じられている。首輪に関しては、無理に外そうとするとその人の首から上が馬になってしまう呪いがかかり、ペットは死んでしまうらしい。ガーデンの外で弱体化が解けて暴れ出すとまずいからだ。


 しかし珍しいペットを飼っていると自慢したいのか、禁忌を承知の上でガーデンの魔物をペットとして手元に置きたいと考える金持ちが各国にいるようだ。そんな彼らの自己顕示欲に目を付けて、金儲けする悪徳仲介業者もいる。

 ペットの違法取引とは、冒険者同士の取引を装い第三者に魔物を高額で売り渡す行為を指す。

 大陸の各国には、犯罪を摘発し治安を維持するための警備組織が存在する。しかしガーデンに関することはガーデン管理ギルドに解決を依頼するのが慣例となっているため、ペットの違法取引もこちらに依頼が来たという訳だ。


「マルドを経由してケイラルからラシンダ王国へガーデンのペットが横流しされているというタレコミがあったんです。それを確認してくる依頼なんですが……」

 ここでエミリーが、眉尻を下げて言い淀む。

「テオさんが同行されるのは、いろいろと不都合があるかもしれません」

 

 途中からハリスと並んで話を聞いていたリリアナが、そうでしょうねと首肯する。

 テオは直情的な性格だから、潜入捜査は最も向かない。

 

「そうだなあ……」

 ハリスは腕を組んで首をひねっている。

 あまり執着心のない彼が未練タラタラの様子を見せるのはとても珍しい。それだけソバの実に興味があるのだろう。

 リリアナはそんなハリスのために出来ることはないかと思案して、いいことを思いついた。


「ねえ、先生。テオには特別な修行を与えて留守番してもらえばいいわ!」


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