第25話 ③

 3年前。

 裕福な商家の末娘として何不自由ない暮らしを送っていた15歳のリリアナにとんでもない不幸が襲いかかった。

 魔道具の呪いにかかってしまったのだ。


 魔道具の製作には、かなり高度な古代魔法が使われている。

 現在のように魔法が身近で便利なものとなり魔導書を読むだけで覚えられる世の中では、魔法の原理や分類をよく理解し、魔道具の設計図を描いてそれを形にしようとする魔法使いはいない。

 魔法国家フェルリンの重鎮たちですら魔道具を作らないらしい。いや、作れないのだ。

 いまやこの大陸で魔道具を作れるのは、レオナルド・ジュリアーニだけだと言われている。


 現存している古い魔道具は骨董品的な価値ならあるものの、古すぎてなにが起こるかわからないためインテリア以外の用途で使用することは禁じられている。

 そしてレオナルドの作る魔道具は、ガーデン以外の場所で無理に使おうとするとさまざまな呪いを受ける仕様だ。

 つまり、魔道具をガーデン以外の場所で使用するのは命知らずで愚かな行為であるというのがこの大陸の常識だが、リリアナはそのタブーをおかしてしまった。


 まさか、家の厨房にあったクッキー生地をくり抜くためのクッキー型が魔道具だとは気づかなかったのだ。あれがガーデンで魔物相手になにをするための道具なのか、リリアナはいまだに正解を導き出せてはいないが、そのせいで「大食い」の呪いにかかった。

 そうなるに至った原因や経緯について文句を言ってやりたい相手は数名いるものの、もともとポジティブでおてんばな性格であるリリアナは自分の状況を前向きにとらえた。

「魔物を食べまくって、レオナルド・ジュリアーニとかいうふざけた魔法使いをぶん殴って呪いを解いてもらうんだから!」

 そう啖呵を切ってガーデンの冒険者になったのだ。


 リリアナのガーデン冒険者としての滑り出しは上々のように思われた。

 初心者講習会に参加した後すぐに、複数のパーティーから声をかけられたのだから。

 

 しかしどのパーティーもリリアナの大食いに怖気づき、さすがにこれは面倒を見切れないと愛想尽かしされて気づけばひとりぼっちになってしまった。

 多少の魔法なら使えるものの、いくらおてんばとはいえ獰猛な魔物と戦うような命知らずな真似はできない。リリアナは、この初心者用のエリアでひたすらブルースライムを倒しては食べ続ける日々を送ることを余儀なくされた。

 

 このエリアで稼げるポイントはせいぜい1日1000ポイント。

 レオナルドの招待状とポイント交換するための1億ポイントを貯めるには、単純に計算して10万日かかる。

 

 これ以上は計算しなくてもわかった。これを続けていてもレオナルドをぶん殴る前に寿命で死んでると。

「どうしろって言うのよおぉぉぉっ!」

 

 飢えをしのぐために味のしないブルースライムを食べながら頭を抱えていた時に声をかけられた。

「もっと美味いもの食わせてやろうか」

 

 大食いの若い子がいると噂に聞いて、調理士として興味がわいたのだという。

 それがリリアナとハリスの出会いだ。

 

 あれからもう3年も経つのね。

 過去をしみじみ回想しているリリアナを現実に引き戻す遠慮のない声が聞こえた。

 

「うえー! なんだよこれ、ほんと味しねえな!」

 テオだ。

 大鍋の中身をつまみ食いしたらしい。

 

「でも水分補給にはなるから、ドロドロの青い水だと思えばまあなんとかいけるわよ」

「ドロドロの時点で水じゃねえだろ」

 テオが珍しくまともなことを言っている。

 リリアナは思わずプッと笑った。

 

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