第21話 ⑥

 ハリスが大鍋のパンチェッタとマンドラゴラを木べらで混ぜ合わせ、リストランテ・ガーデンの調理士たちが下準備してくれていたジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、ハーブを投入する。

 材料すべてにパンチェッタからしみ出した脂がいきわたるように木べらを回し、白ワインをかけて蓋をした。


 その横では同じように大鍋を2つ並べてほかの調理士たちもポトフを作っている。

 いくらなんでもこの量は多すぎないか――と思っているのは初心者たちだけで、リリアナの大食いを知っている面々にとっては当然の量だ。

 ハリスがほかの鍋の様子を見まわっている間、リリアナが代わりに木べらを持って材料が焦げつかないようにたまに蓋を開けてかき混ぜ、火力の調整をする。

 スープで煮込む前に蒸すのは、素材の甘みと旨味を最大限引き出すための大事な工程だ。


 野菜とマンドラゴラにパンチェッタの脂が十分に絡まりトロリとしてきたところでハーブと水、スープの素を入れた。

 この煮込み時間を利用して、ハリスが初心者たちに調理士の説明を始める。


 冒険者に憧れてガーデンを目指す若者たちにとって、調理士はなじみの薄いクラスだ。

 剣や弓を手に、あるいは強力な魔法で派手にかっこよく魔物を倒す姿を夢見ることはあっても、倒した魔物をせっせと捌いて調理し、その場で食べる自分の姿など思い浮かべもしないのが普通だろう。


 そもそも最初に魔物を食べてみようと思ったのが誰だったのかは定かではない。

 ガーデン創設当初から捕えた魔物を食べる冒険者が存在していたとも言われているが、記録には残っていない。

 

 調理士誕生のきっかけは、25年前に大陸全土を襲った歴史的な冷害だった。

 農作物の収穫量が激減し、人々が食料を求めてガーデンに押し寄せた。

 しかし、知識もないまま魔物の肉や内臓を食べたせいで毒にあてられたりアレルギー症状で体を壊したりする冒険者が後を絶たず、これを問題視したガーデン管理ギルドが専門家の養成に乗り出した。

 こうして魔物の正しい捌き方や適した調理方法、人体に与える影響についての調査報告が体系的にまとめられ、その知識とスキルを有したエキスパートである調理士が誕生したのが20年前。


 ハリスが調理士の称号を最初に授与された調理士養成所の第1期卒業生のひとりであることを、リリアナもこの時初めて知った。

 

「ガーデンという異空間世界で魔物と冒険者が命のやり取りをする。それが過酷な状況であればあるほど、楽しく美味しくガーデン料理を食すことに大きな意味がある。これが、調理士として私が行きついた持論です」

 

 初心者たちが神妙な面持ちでハリスの話に耳を傾けている。

 

「ガーデンには私ですらまだ遭遇したことのない魔物や食材が多数存在しています。初めて食べる食材は必ず解毒効果のあるハーブや木の実と一緒に食べることを覚えておいてください。そして新しいレシピを思いついた際は、ぜひ私にも教えてください」

 

 最後にちょっぴり笑いを誘って、ハリスは説明を締めくくった。


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