第18話 ③

 初心者用エリアでの体験を終えた一行は「拠点」と呼ばれる魔法陣に戻った。

 ここに足を踏み入れると自動的にガーデンの出入り口に帰還する。


 安全地帯セーフティゾーンに戻って来た初心者たちは、緊張を解いた様子でホッとしている。

「続いて、マンドラゴラの説明とガーデン料理の試食会を行いますので、こちらへどうぞー!」

 通常ならば転送エリアから戻って来た冒険者たちは管理ギルドの清算所で素材を買い取ってもらい、そのまま門をくぐって退場となるのだが、それとは反対方向へとエミリーが初心者たちを誘導した。


 ようやくハリスの出番だ。


「こちらは本日お手伝いをしてくださるベテラン冒険者のハリス先生と、リリアナさん、テオさん、ペットのコハクちゃんでーす。みなさん拍手」

 ここに来るまで、この人たちは何者なんだという目でハリスたちを見ていた初心者たちがようやく納得いった顔をした。


 リリアナたちの後ろにある畑の畝では、等間隔に青々とした野菜のようなものが葉を茂らせている。

 ここはテオがせっせと耕した場所で、植わっているものはマンドラゴラだ。

 初心者の体験用に、畑の土にカリュドールの肉と野菜くずを混ぜ込んで耕し、マンドラゴラが発生するよう等間隔に乾燥マンドラゴラの欠片を撒いて農業用の発芽促進剤をかけたのが2週間前だ。

 こうすれば確実にマンドラゴラが発生することは、先人たちの知恵として受け継がれている。

 

「みなさん、マンドラゴラはご存知ですか?」

 畝から少し離れた場所でハリスが説明を始めた。

「マンドラゴラは別名『地中の初心者殺し』と呼ばれる厄介な魔物です。野菜に擬態してじっと獲物を待ち、近づいてきたところで地中から飛び出して触手で絞め殺すと、その獲物を養分にして成長していきます。初心者はマンドラゴラと野菜の見分けがつかないため、冒険を始めてすぐマンドラゴラに襲われて不幸にも命を落としてしまうケースもあります」


「すみません、質問です!」

 ハリスがここまで話したところで、参加者のひとりが手をあげた。

 

「マンドラゴラって動けるんですか?」


 マンドラゴラは野菜ではなくれっきとした魔物だが、生き物の屍を苗床にして誕生し、ある程度の大きさに成長するまでは地中でじっとしているため、動かないイメージが強い。

 おまけに、昔からこの大陸の子供たちに大人気のベストセラー冒険小説のイメージがすっかり定着しているのだ。

 その小説に登場するマンドラゴラに関して『土から引き抜いた時、マンドラゴラの叫び声を聞くと死ぬ』という記述がある。

 それを信じている初心者が多いため、初心者講習会で実際は違いますよと説明しているわけだ。


 ハリスもそのことを丁寧に説明し、さらには見分け方をレクチャーした後、安全な倒し方について実演してみせることとなった。

 畝に足音を立てずに静かに近づいたハリスは、しゃがんでそーっと手を伸ばすと緑色の葉を掴んだと同時にすばやく引き抜いた。

 白くてずんぐりした大根に四肢と顔がついているような見た目のマンドラゴラは、驚いた表情で絶命している。

 マンドラゴラの意表をついて襲われる前に引っこ抜くこと。これが安全な倒し方で、実際のマンドラゴラは叫んだりはしない。


 数名の初心者は耳を塞ごうとしていた。

 いつもの初心者講習会なら、

「ほらね、叫んだりしないでしょう? ではみなさんもやってみましょう!」

となるところだが、引っこ抜いたマンドラゴラを見てハリスをはじめエミリーもリリアナも、マンドラゴラ以上に驚いた表情になってしまった。


 だからテオが、

「そんなまどろっこしいことしなくても倒せるだろ!」

と斧を振り回しながら飛び出すのを止めるのが遅れてしまったのだ。


 これが後に「初心者講習会始まって以来の大事件」と語り継がれることになる、前代未聞のトラブルの始まりだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る