第11話 夫婦の別れ

 話し合いの場であるシティホテルの一室には、シーラを呼び出したジェイムス、それにシーラの夫ジョン、シーラの付き添い人であるレオポールがいた。


 シーラに「別れてほしい」と言ったジョンは、テーブルの上に通帳や権利書を並べる。


「……夫婦の財産はすべてシーラ、君のものだ。役所の退職金も君に渡す。だから、私と別れてほしい」


(二十年も連れ添ったのに……夫婦の別れとは呆気ないものだな)


 レオポールは三十九年生きているが、結婚したことは一度もない。女性と長く付き合った経験すらない。だから、伴侶パートナーとの別れを迎えた者の気持ちがどんなものであるのか、想像するしかなかった。


(……俺なら、シーラさんと会えなくなるぐらいなら死んだほうがマシだな)


 レオポールはもう、五年もシーラに片思いしている。こんなにも長い間、一人の女性を想ったことは他になかった。


「はい……」


 シーラはすべての感情が消え失せたような、そんな顔をして、頷いた。


 レオポールはシーラに嘘をついていた。

 ジョンの浮気調査をした際、『ジェイムスと出会ってジョンは男に目覚めた』と言ったが、あれは嘘だ。

 元々ジョンがゲイだったのだと、そんな残酷なことは言えなかったのだ。


 ◆


 シーラはジョンと離婚した。

 夫婦で築いてきた財産はすべてシーラの物となり、役所を辞めたジョンの退職金も、慰謝料としてまるまる彼女に渡された。


 ジョンはもう、この街にいない。

 ジェイムスと共に旅立ってしまった。


 寄宿学校に通うヨエルには、まだ離婚のことは伝えていない。長期休暇で戻ってきた時にゆっくり話そうとシーラは考えている。


(まだ十四歳の多感な時期に両親が離婚だなんて……。ショックよね)


 それにヨエルは仲が良かった両親の姿しか知らないのだ。離婚しただなんて、すぐには信じられないかもしれない。

 ヨエルのこと、今後のこと。考えなければならないことは山ほどある。

 だが、夫が浮気しているかもしれないと、悩み続けたあの三ヶ月間のことを思えば、まだ気は楽だ。


「シーラさん、大丈夫かい?」

「ええ……まだ、整理がついてないこともあるけど」

「しばらく仕事を休んでもいいんだよ」


 それにレオポールが何かと気遣ってくれる。

 彼には感謝しかなかった。


「そうだ。明日は事務所も休みだし、家で呑まないか?」

「……レオポールさんの家で?」

「気分転換に、どうかな?」


 レオポールは指先で少し赤くなった頬を掻いている。

 シーラはぱちぱちと瞬きした。


(そうか、私は独身になったものね……)


 男が一人暮らししている家に行っても、誰にも咎められることはないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る