第9話 予感は当たる

 三ヶ月前、ジョンに近寄る影があった。

 チェスカフェのオーナーの弟が、ジョンを誘ったのだ。

 そのチェスカフェは表向きはチェスの愛好家が集まる場だが、実情は異なる。

 知る人ぞ知る、ゲイの出会いの場であった。


 ジョンはすぐにジェイムスという男と親密になった。

 ジェイムスは、界隈では誰とでも寝ると有名なタチだったが、彼の詳しい素性を知る者はいなかった。


 

 レオポールは、寂れた雰囲気のバーの戸を開ける。

 小さなスポットライトがいくつかあるだけの、薄暗い店内。

 カウンターには軍人のように屈強な男がいた。


 レオポールが、隠し撮りしたジェイムスの写真をその男に見せると、男は頬に手を当てて首を傾げた。

 このバーはゲイバーで、屈強な男はママだった。


『ジェイムス? 半年ぐらい前かしらね。急にこの街に現れるようになって、すぐに人気者になったわ』

『ジェイムスがどこから来たのか、姐さんは知らないのか?』

『……知らないわ。そもそも、アタシ達の世界じゃ、こっちから個人的なことを根掘り葉掘り聞くのはタブーなの』


 この寂れたゲイバーは老舗で、少なくとも十年以上はここに存在している。そこのオーナーたるママがジェイムスについて知らないのなら、これ以上聞き込みをしても無意味かもしれない。

 レオポールは短く息をはく。


『……これはアタシの勘だけど』


 ママはレオポールから視線を外すと、独りごとのように言った。


『ジェイムスはきっと裏家業の人間よ。ふらふらしてる根無草に見えるけど』


(……きっとゲイバーのママの勘は当たっているだろう)


 あの手の人間の勘は、馬鹿にならない。特にゲイバーのママならば色々な人間の本音を見聞きしているはず。

 ジェイムスの素性は気になったが、これ以上彼の周辺を漁れば自分に危害が及ぶかもしれない──レオポールは引き際を弁えていた。


 だが、一応ジョンには警告をしておこうと思った。

 このまま見て見ぬふりをすれば、ジョンは更にジェイムスにのめり込みシーラと離婚するかもしれないが……。


(……それはアンフェアだな)


 レオポールは不公平を好まない。

 ゲイバーのママから聞いた話を、そのままジョンにすることにした。


 ◆


 ジョンがチェスカフェ通いを始めてから一ヶ月が経った頃。

 レオポールは偶然を装って、ジョンと接触した。

 ジョンは気弱な男で、レオポールがやや強引に呑みに誘うと、しぶしぶだが付き合ってくれた。

 レオポールが仕事で培ったトーク術で場を和ませたところで、本題に入った。

 ジェイムスの名が出ると、ジョンの顔色がさっと変わった。


『あの人は……ジェイムスは私の恩人なのです』


 酒が入った影響だろう。ジョンは赤ら顔で半生を語り始めた。

 父親が非常に厳しい人であったこと。

 子供の頃から勉強ばかりさせられてきたこと。

 本当は男が好きだったが、家族には打ち明けられなかったこと。


『……ジェイムスは、私がずっと欲しかったものをすべてくれたのです』


 レオポールの予感は当たっていた。

 ジョンはやはり、生粋のゲイであった。

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