最近、夫の様子がちょっとおかしい
野地マルテ
第1話 真面目な夫の浮気疑惑
欧州のとある国に暮らすシーラは、四十二歳のどこにでもいる平凡な兼業主婦だった。
週に三日、探偵事務所でパートタイマーとして働き、家では夫と一人息子の世話をする。そんな変わり映えのしない生活を何年も送っていた。
去年、一人息子が寄宿学校に入り暇ができたシーラは、久しぶりに夫との二人暮らしを満喫しようと考えていたのだが……。
最近、夫の様子がおかしいのだ。
「シーラ、出かけてくるよ」
朝食の後、夫はリビングにある楕円の鏡の前で入念に薄くなった髪を梳かすと、でっぷりと膨れた腹を揺らしながら、いそいそと出かけていった。
(ずっと、身だしなみなんて気にしてなかったのに……)
夫が出ていった玄関を見ながら、シーラは短くため息をついた。
夫はシーラより五歳上の四十七歳。ずっと役所で働いている。あまり家のことはやってくれないが、真面目に働いてくれるところと、いつも笑顔を絶やさないところが夫の美点だ。
シーラは素朴で真面目な夫のことを家族として愛していたが、最近の夫の行動については訝しみを覚えている。
ここ三ヶ月ぐらいだろうか。休みの日になると必ず朝から出かけていくのだ。
しかも、今までまったくしなかったお洒落をして。
(女かしら……。でも、あの人に限って)
夫は若い頃からファッションには無頓着で、何年も同じシャツを好んで着ているような
シーラの胸にもやもやとしたものが広がっていく。
夫に女ができたなんて、そんなこと考えただけで吐き気がする。
シーラがリビングをうろうろ歩き回っていると、電話が鳴った。憂鬱な気持ちになりながらも、彼女は受話器を上げる。
「……もしもし?」
『シーラさんかい?』
電話をかけてきたのはシーラの勤め先である探偵事務所のオーナー、レオポール。
レオポールはシーラより三歳下の三十九歳。
まるで映画のスクリーンから出てきたような美男子で、すらりと背が高く、手足が長かった。流行りの細身のスーツを着こなすレオポールは、女達の憧れの存在だ。
シーラも以前はレオポールのことをこっそり目の保養にしていたが、今はそんな気分になれない。
「……今日も夫は出かけて行ったわ」
シーラは受話器に手を当てて、小声でつぶやく。
『今日で十二週連続か……』
「ええ、今日もチェスをしにいくと言って出て行ったわ。……とても嬉しそうにね」
長年夫には趣味らしい趣味はなかったが、偶然再会した昔の知人に誘われ、チェスができるカフェに行ったところ、ハマってしまったらしい。
シーラも最初の内は、無趣味な夫に夢中になれるものができて良かったと思っていたが、毎週毎週朝から晩までチェス三昧は少しおかしいのではないかと感じていた。
一ヶ月前、レオポールから『最近元気がないね?』と尋ねられ、シーラは最近の夫の休日の様子について彼に話した。
レオポールはすぐに顔を顰めた。
彼は名うての探偵だ。
すぐに夫が浮気をしていると考えたのだろう。
『……シーラさん、非常に言いにくいのだが』
「これは黒だって言いたいのでしょう? 私も、もう覚悟しているわ」
(……認めたくなかった)
レオポールには覚悟していると言ったが、言葉の最後は震えてしまった。
夫とは二十年も一緒にいるのだ。
すぐに割り切れるわけがなかった。
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