第6話 師匠と森


春から初夏へとうつろう季節。


「本格的な夏になる前に、素材を採集しに行こうか」

本格的な夏がくるまで採れない素材もあるが、繁忙期が来れば採集の時間も限られる。


「畑や薬草園だけじゃなくて、森の中も案内しないとな」

「森の中……!初めてだから、わくわくします!」

広義的にはここも森の中……奥地なのだが、居住区として魔物や獣が入らないようにしてある。


そしてリューイが出ようとしても、俺の許可がなければ出られなくしているのは……単なるリューイの安全のためだが。

嫌にお行儀のいいこの子は、俺の言い付けを守って無理矢理結界を越えようとはしない。


「でも、森の中は俺たちだけじゃなく、獣も、魔物もいる。あそこは俺たちだけじゃなくて、彼らの生活域。それを忘れるなよ」

「わ、分かりました……!」

獣や魔物の話をすれば、リューイが真剣な面持ちでこくんと頷く。

この世界で一番強い竜人ならば、魔物も獣もむやみに襲おうとはしないだろうが、それはあくまでも成人した時の話。

成人前ならば、下手したら襲われることもある。まぁ竜人の子にとって一番危険なのは、竜の鱗が硬くなり始めたのを狙う、他種族だがな。


完璧な竜人の子であれば、大人の竜人が守るだろうが、半竜人の子ならば、多くの場合、竜人の中には含まれない。

そうすれば、魔物や獣よりも、他種族からのかっこうの餌食となるのだ。

竜皇となる子どもだけは、完璧な竜人だからそうはならないが……本当に、そうなのかね。

リューイのその黒い目をちらりと見れば、リューイと目が合う。

その純粋な目を見れば、そんな邪推をするのはよそうと思い直す。

今はとにかく、森の探索だ。


「まずは装備だ。俺の結界の力を応用して、防御を強化しているが、油断はするなよ」

子どもにも身に付けやすいよう、軽くはしているから、リューイも装備をつけてもくるくると『師匠、見て!』と見せびらかしてくるくらいには平気らしい。


「よく似合ってる」

「はい!これは師匠の力が付与されているんですよね。まるで、師匠に包まれてるみたいで、安心します!」

「ぶほっ」

お……お前はいきなりなんてことを……!いやいや、そう言う意味ではないだろうに。

俺は一対何を考えているんだか。


「とにかく、暗くなる前にとっとと探索と採集だ!」

気を取り直してリューイにこちらだと合図すれば……相変わらず懐いたようにとたとたとついてくる。


森に分け入れば、居住区とはまた違う趣を醸し出している。


居住区では遠くから聞こえてきた動物の鳴き声も、間近に迫っている。


「師匠、これは何の鳴き声ですか?」

「これは猿だな。普通の獣だ。だからと言って油断はいけない。中には縄張りがあったり、子どもがいたりで、警戒して威嚇している場合もあるからな。獣だって、自分たちのテリトリーに無理矢理入られれば、身を守るために襲ってくる。俺たちだって、そうだろ?」

そうならないのは、俺の結界のお陰に他ならない。


「そう……ですね」

「……だが、恐れるばかりじゃダメだ。過度に恐れれば、それを察知した獣や魔物が襲ってくる。次は侵入者としてではなく、獲物として」

「……っ」


「だから周囲を警戒しつつも、恐れず万が一の際に備えて構えてな」

「……は、はい!」

「慣れてきたら、お前にも森への出入りを自由にしてやるが、森の外へは出ないこと」

この森に近づく者は少ないし、外から容易に入ることはできない。

だからこそアルダはリューイを俺に預けたのだ。


「何かあれば通信機を使いな」

「わ、分かりました」

リューイがこくんと頷く。


リューイに頷きを返せば、先程とは違う声がする。


「犬……?」

リューイが首を傾げる。


「違う。あれは狼の遠吠えだ。白く大きな狼の魔物。ヌシと呼ばれるもんだ」

「恐い……のですか?」

「怒らせると恐いが、森の秩序を守れば、穏やかで優しいもんだよ」

だからこそ、俺もここにいられる。俺以上に、ヌシは長生きで、ずっとずっとこの森に存在し続けている。まるで森そのものがヌシであるかのように。


あれは何でも知っている。リューイは気が付いていないが、あれは警鐘を鳴らすものだ。森をリューイが闊歩しているからじゃない。

リューイは俺の弟子として庇護下にあるからこそ、ヌシも黙認してくれている。


だから、別のものだ。

ここからは気を引き締めないとな。


そうして慎重に素材の群生地までやって来た。こう言ったよく使う素材の群生地は……長く暮らしていれば自ずと覚えるものだ。


「こんなにいっぱい……!」

「あぁ。だが、採りすぎてはいけない。ここは俺たちだけの場所じゃない。獣や魔物も、素材を餌にしているかもしれないからな。ほかにも、毒消し草やら痺れ消しやら、使うこともある」

やつらも常態異常時はそれらが必要だって、本能で分かってるんだ。単純に知能の高い魔物もいるがな。


「必要な分だけ……取っていい分だけ採るんだ。その判断は慣れていないとなかなかに大変だ。だから当分は俺が見てやるから、覚えな」

「はい、師匠」

そう言うと、リューイが俺の後に続いて群生地に分け入る。


「あと、ついでだが……こう言った場所に先に獣や魔物が来ていることがある。そんときは、無理に追い払うな。警戒して逃げていくもの、邪魔されたと怒って襲ってくるもの……いろいろいるが、重要なのは、それをやればやつらにひとが敵だと思われちまうことだ」

敵だと認識されれば、テリトリー外の森を歩いているだけでも警戒されるだろう、襲われるだろう。テリトリーに一歩分け入れば猛攻が待っているやもしれない。

そして必要以上に恐れることで、ほかの獣や魔物の獲物と見なされることもある。

獣の方が人間よりも寿命が短いことが多いが、ひとへの恐怖や警戒と言うのは、不思議と子々孫々と伝承されるものなのだ。


「だから無理に追い払うな。適切な距離を保ち、獣や魔物が去った後にする。それでも、去った後にも警戒して近くにいることがあるから、譲ってもらった分、必要なもんだけ摘んで、さっさとその場を立ち去る」

「森の中でも、譲り合いってことですね」

「まぁな。互いに警戒は解けないが……だが、争いながら暮らすよりはよほど建設的だろ?」

それでも、それができるのは森の番人と呼ばれるエルフの血が混じっているからか。

アルダでは威嚇しすぎてそうはいかないが……今の優しいリューイなら……子どもだからこそ、森の住民たちをそう威嚇することもなかろう。


しかし……エルフの血か。

この森のやつらは俺を混ざりものだからと言って不当に扱うことはない。

人間の血も、そしてエルフの血も持つ。森の一員と見てくる。そしてそれは俺も同じ。

混ざりものを嫌うやつらよりも、よほど賢いよ。


「さて、必要な分は摘んだか」

「はい、師匠」

ならば森の連中を脅かさぬよう、とっととこの場を離れよう……そうしようとした時だった。


――――何かが……来る。


咄嗟に結界を展開し、ガードすれば、猪の魔物が牙を向けて突っ込んで来る……!


――――ヌシが予見していたのは……これか……!


「師匠!」

「隠れてろ!」

咄嗟に叫び、片手で固まっているリューイを引き寄せる。

次の瞬間、ガンと音をたて、魔物が結界にぶつかる。まだ若い……獣は本能で踏襲するが、若い魔物や、獣の中でも抜きん出た若い獣が、腕試しのように挑んで来ることがある。

――――こんな風にな。


しかし俺の結界はびくともせず、魔物は弾き飛ばされる。

むやみに殺せばほかの魔物を呼び寄せる。逃がせばまた次襲ってくるかもしれない。だが、俺たちはこいつらと同じ森の住民なのだ。

ことはあらげたくないと考えるのは……エルフの血か。人間ならばただ魔物を恐れ、森の平穏のことなど考えずに、殺すことを考えるだろうに。


森の一部であろうとするのは、エルフの悪い癖である。エルフにもなれないのに、こんな時にふと思い出すのも皮肉なものだな。


――――だから俺は……。


「去れ!!!」

人間でも、エルフでもない存在。この森で、ヌシに次ぐ古参としての貫禄を見せ付けてくれる。

若い魔物に手を出していい存在じゃない。


覇気を込め、力いっぱい叫べば、若い猪の魔物はぶるると震え、じっと俺を見据えれば、かなわないと悟ったのか、警戒しながら去っていく。


「……師匠」

「帰るぞ」

魔物が去ったことを確実に把握すれば、すとんとリューイの頭に手のひらを乗せる。


「後がつかえるからな」

ずっとひっそりとこちらを窺っている気配に、俺はリューイを連れて立ち去る。

あの向こう見ずの魔物が去ったのだ。彼らも安心して利用できるだろ。

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