第28話 『日常へようこそ』

「さて、どう思う?」


深夜の『能力機動隊』本部、第一部隊基地。

たった二人しかいない第一部隊は現在、事件の資料を見ていた。

仕事用デスクの前で椅子に座って何枚かの資料をホチキスでまとめた紙を眺める古矢蜜は難しい顔をする。


「どう思うって、なんですか?」


向かい側のデスクで同じようにしている蓮生。

決して開くことがない左目には眼帯がつけられている。


蜜の声に応え質問の意図を尋ね返すと、デスクに置かれているパソコンの影から蜜のムッとした表情が見えた。

あからさまに怒りの視線を向けられているが、その理由はすぐにわかった。


「ご、ごめん。蜜………。ちゃんと敬語は抜くから」


うんうん、と頷いた蜜は再び資料に目を落とした。


「きみも見たでしょ、オカルトニュース。龍が現れて山を破壊とかなんとか」

「あー、そういえば調査に行く前に見てたね」


ニュースのことは蜜や蓮生も頭の片隅に入れていた。

そのため山が何者かの手によって破壊された可能性の方が高いと思っていたのだが、問題の現場では魔力の痕跡がなかった。

ならば事故だと考えるのが自然だ。


それでも蜜は一つ、可能性もあると考えている。


魔力の痕跡は隠されたかもしれない。

もしもこの推測が正しいものであるなら、浮かび上がってくるものがある。


「龍が山を破壊……………」


龍。

蜜は龍という存在が単なるオカルトではないと思っている。


『能力機動隊』がマークしている組織がある。

その組織は宗教団体。


巨大な

それを神として崇める過激な組織。


「『大蛇教おろちきょう』。現れたの………?」







十月十六日 土曜日


起きて、携帯に電話がかかっていることに気づいた。

応答して、電話の向こうにいる彼女の声を聞いた。


雷が落ちた気分でした。


『信くん。デート行こうよ』


行かないわけないよね。


今日のお昼からという大変急なお誘いではあったが、関係ない。

たとえ一週間過去に戻ってデートに行こうって言われたとしても行く。


というわけでデート服を選び鏡の前で試着する。

あらゆる色と組み合わせを確認し、一番カッコよく見えるであろう見た目を確認。

しかし気づいた。


俺にそんなものを選ぶセンスなんかあるわけないのだ。

ここは変にカッコつけるよりもシンプルなので行こう。

シンプル・イズ・ベストだ。


結果俺が選んだのは体育ジャージのような着心地の黒の長ズボン。

上は自分のサイズより若干大きめのサイズで購入した水色の半袖。

右腰の部分の飛んでいる蝶を目で追う黒猫の絵が描かれた、俺にしては可愛らしい服だ。

これは俺が買ったものではなく、中学の頃に美濃と巴が俺にプレゼントしてくれたものだ。


当時は俺の体が成長することを見込んで大きいサイズの服を買ったらしいが、思ったより俺の体は成長しなかった。

とは言えこのサイズは案外ちょうどいい。


どうやら俺にとっては少し大きめの服の方が着心地がよく感じるのだなと理解した経験だ。


朝食は済ませた歯磨きもしたシャワーも浴びた髪のセットは諦めた。

財布とウエストポーチを用意して荷物を集め、俺は自分の部屋を後にした。







待ち合わせ場所はショッピングモールの外にある庭だ。

普段は演劇やバザーなどの外用イベントの会場として利用されている場所。

今日はイベントは実施されていないようで、庭にはなんの機材も置かれておらず広々としている。


小さい子供が追いかけっこをする場所として遊べるくらい広いスペース。

待ち合わせ場所としてはここが一番だろう。


いつもの腕時計を見て時間を確認する。

約束は十時ちょうど。

学生寮から一緒に行くかと思っていたが、先輩からの希望で現地集合ということになった。

ちなみに理由は不明だ。

聞いたが教えてくれなかった。


このショッピングモールは俺たち『二次元サークル』の人生が変わった場所と言ってもいい場所だ。

『ブラックマーケット』と初めて対峙した記憶が蘇る。

あの時はまだ訓練も受けておらず素人丸出しでシュウジに一方的にやられたっけ。

少し懐かしいな。


「やっ」


声が聞こえてきた。

横からの声に応えるように顔を向けると、そこには稲葉先輩が立っていた。


ノースリーブの黒いニット。

膝ほどまでしか長さのないフリフリの白いスカート。


頭を殴られたような気分だった。

先輩の格好を見て俺は一瞬体がふらつくのを感じた。

しかし一瞬で意識を戻しその姿を無意識に凝視してしまう。


個人的な意見ではあるが、全体的に見れば可愛い系だと思う。

黒ニットは伸縮性が高いものであるようで先輩の身を優しく締め付けている。

そのせいで、なんかこう、視線を向けづらいことになっている。

先輩の体にぴっちりフィットしているため、首元から腰にかけての体のラインがこれでもかというくらいに浮き上がっている。


特に困るのが胸だ。

先輩の胸ははっきり言って大きい。

キモいのを自覚していうが大きい。

そんな先輩が体にフィットするノースリーブのニットを着ているとなればどうなるか。

とんでもなく胸が強調されている!!

そこを見るなと言う方が無茶であると言っても誰もが納得するくらい強調されている。


そんな締め付け度マックスの服とは対照的に白いスカートはかなり余裕がありそうだ。

軽い生地で作られているのか少しの風で思ったよりも揺れるスカート。

フリフリのデザインで長さは膝よりも若干上くらい。


髪型はいつも通りのポニーテール、ではなく、今日は一切結ばず完全におろしている。

風に揺れると少し邪魔そうだが、まあ今日はあまり風は吹いていないし大丈夫か?

もう一つ懸念があるとすれば暑さだろう。

先輩の髪は黒く長さは腰くらい。

そうなるとうなじが完全に髪の毛によって覆われてしまう。


今日は気温も高いし日差しも強い。

外をあまり歩くことはなさそうなので日差しはそこまで気にしなくていいとしても、気温は無視できないだろう。

頸を覆う髪の毛は、内側に熱い空気を閉じ込めることになる。


首元は体温を調節する重要な部分なので、そこが熱い空気に晒され続けるとなるとかなり苦しいことになりそうなものだ。


「信くん、目がエッチ」

「なっ!?」


顔を赤くしながら先輩は自分の体を隠すように両腕で自分の体を抱きしめる。

そのせいで胸が締め上げられて余計困ったことになっているとは知らずに。

いやそんなことより、先輩の服装やら髪に意識を集中させているといきなりダメージのくる一言を投げられた。

集中しすぎたせいだきっと。


「すみません。その、今日の先輩、いつもよりもめちゃくちゃ綺麗だったので…………」


今の俺にできる精一杯の褒め言葉を口にする。


小っ恥ずかしくなって手を首に当ててスリスリ。

視線もどこに向けるのが正解かわからないのでとりあえずは斜め下に向けておく。


浮かんだ感想はもっとたくさんあるがそれを言うとマジの犯罪者になりかねない。


たとえば、荒い息遣い、真っ赤になった顔、流れる汗。

それらが組み合わさって思春期男子には刺激が強いものを連想させています!とか。

言えるわけないだろこんなの?

言ったら今日のデートが中止になる予感しかしない。


「……………っ。ふ、ふーん。それなら、もっと見てもいいけど?」


なん、だとっっっ!!??


満更でもなさそうな顔で俺から視線を逸らし、両腕を後ろに組んで胸を張る先輩。

その光景があまりにも美しく、眩しすぎるが故に直視できなかった。

まあ、眩しいのは先輩の後ろに見える太陽だが。


邪魔するな逆光。

先輩のこんなえっ、美しい姿は滅多にお目にかかれないんだぞ!!!!


そんな風に、攻撃を仕掛け続ける太陽と戦っていると。


「こっちだと逆光だね………」


そう呟いた先輩は歩を進め出した。

移動先は俺の左隣。


手を伸ばせばちょうど届く距離にいる先輩は再び胸を張ってその姿を俺に見せつける。


「…………これでよく見えるでしょ」


ぐ、ぐはああぁぁ!!!


血反吐を吐いた気分だ。


逆光がなくなったことにより先輩の姿がより鮮明に目に映る。

なんて美しい、そしてえっちなんだ!!

そんな目で見てはいけないとわかっているがこれは無理だ。


純粋な思春期男子はこの姿を如何わしい目で見ないなんて器用なことはできないんだ。

ああ、写真撮りたい。

この先輩の姿を一生記録に残したい。


「ふう………」


深呼吸して心を制する。

いつまでもこんなことをしていてはいけない。

俺は今日、先輩の私服姿を拝みに来たんじゃない。

俺はデートをしに来たんだ。


「じゃあ、行きましょう先輩。今日は色々お店を回るんですよね」


先輩の手を引っ張って歩き出す。

先輩は抵抗するような素振りは見せず、俺にされるがままに後ろをついてくる。


行き先に関しては完全に先輩に任せていた。

言い出しっぺな先輩。

今回のデートは先輩が計画したことだが、詳しく何をするかについては一切聞いていない。


なので先輩にどこに行くのかと問うと。


「最初はここ!!」


デデーン!と効果音がつきそうなくらい大層な指差し。

向かったのは最上階である七階。

そこは完全な娯楽場となっているが、先輩が指差すのは、中でも大きな存在感を周りに示している映画館だった。


「ま、まじですか」


映画館、か。


店を歩き回ると聞いていたからもっと、服屋とかそういうのをイメージしていたが、これは、幸せすぎる。


「マジのおおマジ。私は上映前からずっと気になってた映画があるのよ。それがこれ!」


と言って先輩は鞄から一枚の紙を取り出した。

それは映画のイメージポスター。

表にはコンセプトアート、裏には広告の言葉やあらすじが書かれている。

映画館に行けば必ず置いてある、自由にお取りください、のやつだ。


俺はその紙を受け取って目を通してみる。

とりあえずは表のコンセプトアートを見る、が。

そのちょっとした不気味さに頭上にはてなマークが浮かんでしまう。


色んなキャラクターの姿と映画の題名が派手に描かれた表。

しかし目の錯覚だろうか。

そこに描かれているキャラクターが、全て梅干しにしか見えない。


「ん?ん〜」


目をゴシゴシ。

しかし見えるものは変わらない。

全てのキャラクターの姿が完全に梅干しで、違うと言えば顔だけだ。

ムキムキの腕が生えた梅干しのキャラクターが登場する映画、題名は『梅干し戦争』というらしい。


決してバカにするわけではないが、本当にこれでいいのか?

高校生になって、学生割引価格の千円で見る映画がこれ?

もう一度言うがバカにしているわけではない。


好みは人それぞれだし。


「先輩、間違えてませんよね?」

「間違えてないよ。ずっと上映するのを待ってた『梅干し戦争』。この日のために一日一日を頑張ってきたと言っても過言じゃないよ!」


そんなに見たかったのか。

いやしかし待て。


オタクとして、見てもいない作品を好き勝手評価するのは良くない。

それは俺の主義に反する行為だ。

ならば。


「なるほど、間違いじゃないんですね。まあ、俺こういうのはあんまり見ませんし、いい機会かもしれないですね」


自分に言い聞かせる。

超絶おもんなそうとかいう考えは捨てることにする。

第一印象は大事だが中身を見てみない限りはわからない。


さあ行こう。

『梅干し戦争』。

お前がどれだけ俺を楽しませてくれるか試してくれる!


そうして先輩は満面の笑顔で、俺はこれから本当の戦争に赴くかのような険しい顔で、券売機へと向かっていった。







「面白かったね!」

「そうですね……………」


出どころ不明の言葉を口から吐き出す。

正直、おもしろくなかった。


いや、誤解を招くので訂正しておこう。

映画は面白かった。


ストーリーとしては、舞台は酸っぱい梅干しと甘い梅干しの二種類が存在する国。

その国では、酸っぱい梅干しは好き嫌いの対象となりやすいことから差別され、甘い梅干したちに虐げられていた。

そんな社会を変えるために立ち上がった甘い梅干しの主人公。

酸っぱい梅干しと親睦を深め、差別主義者である酸っぱい梅干したちと戦うという話だ。


さっきも言ったが映画は面白かった。

しかし細かいところを考えれば面白くなかった。


どうやらこの映画は『食べ物戦争シリーズ』の四作目らしい。

『餃子戦争』、『カレー戦争』、『ラーメン戦争』につづく続編四作目。


全ての作品は話が繋がっている。

つまり『梅干し戦争』の話を完全に理解するためには全ての作品を見なければならないということだ。


盲点だった。

まさかこれがシリーズものだなんて。


「その微妙な顔、面白くなかった?」


俺の顔を覗き込んで心配そうに言う先輩。


「まあ、シリーズものだって知りませんでしたから、話の意味がわからなかったですね。特にリーベスタがスウェッテリアに執拗に狙われてたあたりが」


リーベスタは主人公の甘い梅干し。

スウェッテリアは『餃子戦争』の主人公であるニンニク入りの餃子、らしい。


劇中でスウェッテリアはリーベスタを殺して梅干し国の内乱を止めようとするのだが、今作では理由が一切語られない。

なので感動的っぽいシーンでも俺にとっては感動もクソもなかったが、隣の先輩は号泣していた。


先輩に聞いたところ、これは『餃子戦争』から続く長い歴史があるらしいが、見たことがない俺には預かり知らぬことだ。


「先輩、確認ですけど、あの『食べ物シリーズ』は餃子、カレー、ラーメンの順番で間違いないですよね?」

「間違いないよ。て、なになに、まさか興味持った!?信くんわかってるね一緒に見ようよ!!」


興味があるのもあるが、『梅干し戦争』の話を完全に理解したいのが大きい。

だって面白かったんだもん。

あんなん全部理解できたほうが面白いに決まってるじゃん!

これは俺のオタクとしてのプライドだ!!


「そうですね。そのうち一緒にみましょうか」

「いや今夜見よう。ていうかそれならもう帰ってもいいけど」

「それはいやです………」


先輩は笑いながら「冗談だよー」なんて言うと、近い距離をさらに縮めて俺と腕を組んだ。


「えっ……」


突然の行動に驚きを隠せない。

歩くのは続けているものの、思考は完全に真っ白だ。


「どうしたの信くん?何照れてるの?」


な、なんだこの積極性は!?

今日は半袖のTシャツを着ているんだぞ!?

先輩の、思いっきり腕に押し付けられる胸の感触が!!??


「先輩わかってるでしょ!?胸、胸当たってます!」

「な〜に〜?やっぱり信くんでも大きいおっぱいが好きなの?」


小悪魔な笑みを浮かべる先輩はより強く胸をおしつけてくる。


「わかりましたもうやめましょう。これ以上は俺の理性がもたないです」


暴走する前に先輩には離れてもらうことに成功する。

「ぶーぶー」聞こえるがそこは無視だ。


「じゃあ、お昼にしよっか。時間的にもちょうどいいしね」


そう言われて俺は腕時計を見る。

時間は十三時半。

たしかにちょうどいいくらいの時間だった。


映画を観た後のご飯ならば、感想会もできるし。


「そうですね。どこで食べますか?」

「そうだね、ちょっと気になってるラーメン屋があるんだけど、行かない?」

「………いいですねぇ」


テンションが上がる。


最近はあまりラーメン屋で食事をすることもなかったし、俺としてはかなり嬉しいチョイスである。


「行きましょう。俺もラーメン食べたいです」


返事をすると先輩は跳んで喜び、俺の手を引っ張って走り出した。







向かったのは三階。

三階は食事用フロアになっており、様々なレストランがある。

中にはラーメン屋もあり、先輩が食べたがったのは『とん麺』という、豚骨ラーメン専門のラーメン屋だ。


ここは俺も気になっていた店なのだ。

ラーメンの中でも俺は豚骨が一番好きなのだ。

そんな俺の目に豚骨専門のラーメン屋なんて、行きたいと思うに決まってる。


実は前から景とかと行きたいと話をしていたが、今回はお先にいただくとしよう。


メニュー表を見て俺と先輩はそれぞれ食べるラーメンを決める。

全て豚骨ラーメンではあるが、やはり細かい味付けで美味しさや好みは変わってくる。


俺はかなり濃いめの味付けが好きなので『たっぷり濃厚豚骨』の大盛りを頼んだ。

かくいう先輩も俺と同じく濃いめが好きらしい。

先輩が選んだのは『黒豚ニンニク』という、おしゃれを完全に捨て切った女子にしてはかなり思いきったレシピを注文。


そう言えばスイーツ屋に行った時もガツガツ食べていたな。

先輩はかなりの食いしん坊であるようだ。


「ねえねえ信くん」

「はい、なんですか?」


机を挟んで向かい側に座る先輩は両手で頬杖をついてニコニコ笑顔。

まるで天使のようだ。


「風切くんについて、私に隠してること、あるよね?」


全身が石化したような気分になり体が一切動かなくなる。

思考も完全停止して、開いた口が塞がらない。


俺がパニックを起こしている間でも先輩は変わらずにニコニコしている。


なんだろう。

さっきまでの印象とは逆転、今はものすごい圧を感じる。


「えーっと、なんのことでしょう?」

「とぼけても無駄だよ。話はきっちり景くんから聞いたんだから」


あの野郎っっっ!!


「そう、ですか。でもちょっと口喧嘩したくらいなんで、別に心配するようなことじゃないですよ」

「思っきし殴り合いしたって聞いたんだけど」


全部話してんじゃねえか!!!

ふざけんなあのバカ!


「いや、その。向こうが突っかかってきたんで、正当防衛ですよ。景も手加減してたみたいですし、そんなに大きな問題じゃないんで」

「だから私に黙ってたんだ。『二次元サークル』の問題なのに、私を置き去りにして」

「だって、先輩のせいで騒ぎが起きたなんて、責任を感じてほしくなかったので」


と、言い訳を並べると先輩はため息をついてそっぽを向いてしまった。


「だからって、私にも言って欲しかった。仲間外れが一番傷つくのに」


どうしていいかわからず「すみません」と謝罪の言葉をかける。


「まあ、これからは気をつけてよね。それで、どうして喧嘩したの?」

「…………え?」


知らないのか?

景のやつ、喧嘩で何が起こったかは話しておいて重要なところの話は俺に丸投げか。

怒られるのが怖かったんだな。


「聞いてないんですか?」

「景くんは喧嘩の内容までは教えてくれなかったよ。信くんに聞いてください、だって」


やっぱりか。


「ええっと、ですね。まあ、詳しく話すと」


俺は先輩に風切と、『キング』との間に起こったことを全て話した。

橘と山中が起こした行動によって『キング』に対して悪い印象を持ち始めていたこと。

風切が『二次元サークル』から先輩を脱退させようとしたこと。


全てを話し終えると、ため息をついて頭が痛そうな表情でこめかみにに指を当てた。


「また私のことで喧嘩が…………」


申し訳ない限りである。

予想通り自分のせいだと自分を責める先輩。


「なんかごめんね。うちの後輩が」

「いえいえ先輩が謝ることじゃないですよ。迷惑なのはあいつらなんで」


言葉に自然と棘がついてしまう。


どうやら俺の中でも『キング』の存在は本当に悪いものらしい。

これでは御厨先輩のこと言えなくなってしまう。


「そう。これからは私を仲間外れにしないでね。私にとっては、『二次元サークル』から追い出されるなんて真っ平だから」


怒る先輩はコップに注がれていた水を全て飲み干してイライラを抑える。

雰囲気としては、ストレス溜まった大人が酒をがぶ飲みしてるみたい。


「先輩、なんか年寄りみたいですよ」

「んなっっ!?私まだ十六!!そんなこと言うなんて失礼だよ!」


顔を真っ赤にしてキー!!威嚇してくる先輩。

ちょっと恥ずかしがってるの面白い。


「そんなに怒らないでくださいよ」

「ニヤニヤしてる!やっぱり私のことバカにしてるんだ!」

「してませんって。ただ可愛いなって思っただけで……………?」


……………………………………………………………………………………ああああ?


咄嗟に口を手で塞いで立ち上がってしまう。

椅子が引かれた音が店内に響いたことで周りからに視線が集中。


まずいと思って再び椅子に腰を下ろし、一旦気持ちを落ちつかせる。


深呼吸をして、なにかを弁解しようとしたとき、先輩の表情が目にうつる。


もうすごく、耳まで真っ赤だ。


「そ、そんなことを急に言うのは、反則…………」


髪の毛を指でいじいじ。

先輩の反応。

俺は鈍感ではない、と思う。


まあ自意識過剰とか言われるかもしれないが、これは照れている!


「お、おおう、そう、ですか」


とはいえ、ここから攻めるくらいの度胸は持ち合わせていない俺である。

先輩の調子に釣られてタジタジになってしまうのだ。


「お待たせしましたー!」


空気が気まずいものに変化してきたところで店員さんが注文したラーメンを持ってきてくれた。

お礼を言って受け取り、机に置かれているラーメンを眺める。


美味そう!!

理性を少しでも捨てたら顔を丸ごとスープの中に突っ込んでしまいそうだ。

いやもうこれ理性捨てていいんじゃないか?

ふと先輩の方に視線を移すと、まさかの俺よりも危なそう。


目はガン開き、呼吸は荒く、口からはよだれがだらだら流れている。

時折よだれが落ちないよう吸い込む「じゅるり」という音が聞こえてくる。


すごい、なんて思っていたら先輩がその充血した目で俺を見て。


「これ、もうがっついていいよね?私行っちゃうよ?思いっきり行っちゃうからね?私の食欲舐めないでね?」

「………………は、はあ。そうですね……?」


答えに困って適当に言うと、先輩は即座に箸を手に取り麺を一気に啜り出した。

熱さなんてお構いなし。

おしゃれも気にしない食いっぷり。


「………………。ぷふ」


なんだか面白くてまた吹き出してしまう。

今度はそれに反応を示さず、先輩はラーメンにがっつき続けている。


こっちまで幸せな気分になってきた。

本当に先輩は可愛い。


「いただきます」


俺は両手を合わせ、先輩よりは落ち着いてラーメンにがっついた。







昼ごはんの後もデートは続いた。


娯楽フロアの七階に戻り、とても美味しそうなクレープを一緒に食し、男子だけでは入れないプリクラを撮った。

とんでもなく気が引けたが先輩がどうしてもと言うので仕方なく。


そのあとはゲームセンター。

レースで勝負したり、クレーンゲームを楽しんだり、一緒にプレイできるシューティングゲームで遊んだり。


そんなこんなで楽しんで、時間はすっかり夜になった。


今は屋上に置かれているベンチに座り、建物内から漏れる明かりで照らされた街を眺めている。


一日はしゃいで、歩き回ったことですっかり疲れてしまった。

俺はグッタリしているが、隣に座っている先輩は元気に見える。


ウキウキで鼻歌を歌いながら今日撮ったプリクラを見ている。


二人で並んでカメラに向かってピース。

写真に写っている俺と先輩の顔は盛られまくっている。

先輩はまだ軽い方だが、俺の顔がすごい。

もはや別人なんだが。


「先輩、それ見てて楽しいですか?」

「うん!」


俺の方を見て強く首を縦に振る先輩は満面の笑みを浮かべている。

背景にキラキラが浮かんできそうなくらい無邪気だ。


「信くん、可愛いから。こういう顔も見れて嬉しい」


先輩の笑顔を見てると、なんだか色々どうでも良くなって、心が温まる。


とにかく幸せだ。


「それならよかったです」


視線を再び夜の景色へ移す。


そこで、街がこんなにも明るく感じるのは、街の中の明かりだけが原因ではないのだなとようやく気づいた。


その強く美しい光源に目を向ける。

明るいけれど目は痛くならない。

月の光はやはりいいものだ。


こんなにも美しいものを直視できるなんて、かなりの贅沢。


やっぱり、月がきれいだ。


「あのね、信くん」


隣の先輩から声をかけられる。

その声音はさっきまでのとは違って少し重い。


それによって俺の気も引き締まる。


「信くんさ、私に告白をしてくれたでしょ。そのこと、話さなきゃって思ってて」


心臓が跳ね上がる。

全身がドクンと脈打って一瞬眩暈がした。


まさか不意打ちでその話題が来るなんて思っていなかった。

ノーガードで繰り出されたパンチは見事にクリーンヒット。

停止した頭を回すことなど叶わず、俺はただ固まることしかできない。


「あのね、その、信くんが私のこと好きって言ってくれてすごく嬉しかった。ほんと、気を抜いたら蒸発しちゃうんじゃないかなってくらい心が温まって、部屋に戻ってからも跳んで喜んじゃうくらいに」


そういう先輩は自分の両頬に手を当てて口元を緩めている。


なんだよその反応。

それじゃあまるで………。


「でも、でもね、私はまだ、きみの気持ちに応える覚悟がないの。だから…………、だから!!」


急に大声になった先輩は俺の手を掴んでグイッと距離を詰めてきた。


「だから、私のこと待ってて欲しい!きっと、絶対ちゃんと向き合う。曖昧なままにはしない。ちゃんときみの気持ちに応えられるように覚悟を決めるから、だから、どうか私のことを待ってて……!」


声が出ない。

先輩の言葉はやっぱり曖昧で、どんな意味にも解釈できてしまう。

だから。


「それは、期待して待ってていいってことですか………?」


無意識に、その言葉が口から漏れ出ていた。


先輩は一瞬固まると、ぎゅっと俺の手を一層強く握って。


「うん。期待、してもいいよ。ていうか、期待して……!」


と、言った。


途端に顔が暑くなる。

あまりの暑さに湯気が出ていないかと気になってしまうくらいに。


喉から出そうになる声を無理矢理抑えて代わりに咳払いをする。


「じゃあ…………、期待、してます」


なんとか制御を効かせた声でそう返した。

今はこれが精一杯だ。


「うん、うん!」


頷いた先輩は俺から離れて深呼吸をした。


先輩も、ちょっとは緊張してたのか。


なんだか気恥ずかしくなって、俺はなんとなく頭を掻いた。


「もう、八時ですね」


気まずい空気をどうにかするため腕時計を見て先輩に時間を伝える。

正確には八時十五分。

そろそろ帰らないといけない時間だ。

うちの学校の学生寮はかなりルールが緩い。


十一時の就寝時間を守り、法に触れるような問題さえ起こさなければとくにお咎めはない。

ここまで緩いところはそうそうないだろう。


「そうだね。じゃあ、そろそろ帰ろっか」


話の流れに乗ってきた先輩は立ち上がってそう言った。

俺はそれに返事をして、先輩と共に帰路についた。


あの告白、完全に失敗に終わったと思っていたが、期待してもいいらしい。


実際に自分の顔を見ているわけではないけれど、口元が緩んでいるのがわかる。

気持ち悪い反応だとはわかってはいるが、緩んだ口元を見られないよう手で隠して、顔を見られないようにする。


そんな俺の様子を見た先輩は「なになに?」と言って顔を覗き見しようとしてきた。

それから逃げるようにさらに顔を逸らす。


そんなやりとりが、学生寮に着くまでの間ずっと行われた。







男子寮の階段を上がっていく。

ホテルみたいな大きさの建物が男子寮、女子寮と別れていることから二つ。

かなりの大掛かり。


ここを初めて訪れた時は驚きすぎて空いた口が塞がらなかった。

懐かしいな。


そんなことを思いながら三階の廊下を歩き、俺の部屋に向かって行く。

その途中で。


「…………………?」


誰かが、座っている。


廊下に腰を下ろしてピクリとも動かない。


赤い長髪。

白いワンピース。


夏とはいえ夜は少しばかり冷える。

肌の露出が多めのワンピースあれば尚更だ。


「あの、大丈夫?部屋から閉め出された?」


長髪のせいで顔が見えない。

体格からして女性だとは思うが男性の可能性はあるか。


その人は俺に声をかけられ、ゆっくりとその顔を上げた。


そして、その赤い瞳が、俺の目に飛び込んでくる。


「…………っ」


知ってる。

この感じを、俺は知っている。


赤い瞳から感じるものには覚えがある。

この人から感じるものには覚えがある。


あの夢の中の誰か。

あの消えた山で感じた魔力の痕跡。


「お、お前…………」


後退りそうになる足をなんとか止めて言葉を続けた。


「なんなんだ?」







さて、幕は上がった。

彼らの非日常はここまで。


ここから先は、再び彼らの日常が始まる。

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