第24話 『好きな人』
十月十四日 水曜日
放課後の教室。
『二次元サークル』のメンバーでかたまって誰もいなくなった教室でダラダラしている。
しかしこの場には稲葉先輩の姿だけがない。
その理由は、俺が今現在机に突っ伏して頬を膨らましている理由と同じ。
「ぶっす〜」
「あからさまにいじけてる」
「これはあれか。嫉妬か」
面白がるような表情の美濃と景が俺の頬をつんつん突きながら言った。
「原因は間違いなく拓馬くんだろうね」
面白がっている二人とは反して巴は少し呆れ気味に言う。
風切拓馬。
中学時代は稲葉先輩と仲がいいと評判があったらしい男だ。
ここ最近、先輩は風切に何故か構いっぱなしで俺に構ってくれない。
まあそれは学校でだけの話で訓練の最中とかは話してくれるのだが。
しかし学校ではやはり風切のことばかり。
先輩に対して少し攻めの姿勢で行こうと決めた矢先のことだったので俺としてはちょっと傷ついているのだった。
「当たり前だろ!最近風切のせいで全然先輩に構ってもらえてないんだぞ!」
「うけるー」
「まじうける」
「ばかうけ」
「バカにしてんじゃねえ!」
だと言うのに、三人は俺の様子を呆れるか笑うかで助けてくれない。
いや、助けてくれないのはそんなに気にならないが、バカにはしなくていいだろう!?
そんな思いを乗せ、指をさしてケラケラ笑う三人に対し手をブンブン振り回して抵抗する。
「にしても、最近のお前は先輩への気持ちをはぐらかすようなことをしなくなったな。なんていうか、はっきり言うようになった」
急に落ち着いた景がそんな事を言ってきた。
「まあ、こんな俺も積極的になる時が来たってことだよ。これからはアプローチしまくるって決めたんだからな」
「それ、あんたが退院したときにも聞いたよ」
景の言葉に答えると巴が痛いところをついてきた。
一ヶ月ほど前、俺はみんなに先輩に対して積極的になると宣言したものの、行動にうつせないでいた。
「い、いや、準備期間だっただけだから。本番これからだから」
「あーやしー。今まで何もしてこなかった信が、急にせっきょくてきになれるのかなー」
「いや、別に今までも何もなかったわけじゃないぞ。それなりにイベントはあった」
美濃は揶揄うように言うが、まあ今までイベントが何もなかったわけでもない。
先輩が俺の部屋に料理をしにきてくれたり、先輩にベッドに引きずり込まれたりとイベントはあった。
「へー、例えば?」
「えっ………」
イベントの光景を頭の中で再生する。
今でもはっきり思い出せる事だが、これはそのまま人に言っていいものか?
なんかこういうのは密かに先輩との二人だけの秘密にしたいような。
「それは、別にいいだろ」
なんだか恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまう。
「あ、その反応なんか隠してる!もしかして先輩と何かイベントがあったんだ!!」
「本当!?なにそれ超聞きたいんだけど!白状しなよ!」
女性陣が俺に詰め寄ってくる。
景はいつも通りうざいニヤニヤ顔で俺の困り果てている様子を傍観しているだけだ。
「うるせえな、なんもねえよ!」
「嘘仰いな吐け!ここで吐かなくてもどうせ後で先輩に聞くんだからね!」
「だああーーーもう!」
激しい攻撃に耐えられなくなった俺は立ち上がって廊下へと逃げていった。
「「あ、逃げるなあああ!」」
美濃と巴はその背中を追って廊下へと出ていく。
置いて行かれた景は「俺だけ置いてくなよー」と呑気に言って教室を出て行った。
「ズバリ、ここではっきりさせようじゃない」
「「うんうん」」
二年教室では凛が尋問を受けていた。
里音の発言に続いて頷く霧絵と真莉。
一番後ろの席に座っている里音と、両サイドに両手を後ろに組んで直立不動の霧絵と真莉。
凛は一つ前の席の椅子を後ろに向けて向かい合うようにして座っている。
「えっと、なにを……?」
本気でなんのことか思い当たる節がない凛は首を傾げる。
その反応に里音は立ち上がって大声で返した。
「とぼけないことよ!嘘つくごとにくすぐりの刑だから!」
「なんで!?」
真莉が凛を羽交い締めにし里音と霧絵がくすぐりを行う。
かなり本気でくすぐりが弱点の凛。
空気が一気に気まずくなる。
理由は凛の反応だった。
笑ってはいない。
笑わずに、なんか顔を赤くして色っぽい声を出している。
熱い吐息を漏らしながら潤んだ瞳で見てくるその反応には尋問官も同様。
ちょっと変な気分に襲われながらもこれ以上はいかんと自制心をフルで働かせくすぐりの手を緩める。
すると一気に元気になりジタバタと抵抗を始めた。
「ちょっと待って無理無理!!私くすぐりは本当に苦手なの!」
しばらく暴れた後に解放されぜえぜえと言いながら机に潰れる凛。
変な気分をなんとか振り払ったギャル三人は再び尋問官モードに移行。
「で、なにかイベントは?」
「別になんにもないよぉ。料理を作ってあげたり、ベッドに一緒に寝転んだり」
「なんにもない?」
その言葉の意味がこの女にはわからない?なんて思った真莉は身を乗り出しそうになるが、その前に霧絵の手が真莉の肩に置かれた。
「つっこみたいけど、もうなにも言わない方がいいんだよきっと」
その言葉に「そうだね」と返して真莉は大人しく引き下がった。
しかし、だ。
ここで彼女らが凛に言いたいのはそういうことではなかった。
ずばり、信たちが気にしていることと同じ。
風切拓馬のことだ。
「あんた、最近風切くんにばっかり構ってて、信くんほったらかしにしてるでしょ」
「え!?別にほったらかしにしてるわけじゃ………」
「でもしばらく話してないでしょ」
「そうだけど、むう」
何も言い返せない凛は頬を膨らまして俯いてしまう。
実を言うと、里音たちは凛の口から信に対する凛の気持ちを聞かされている。
凛は間違いなく信に好意を抱いている。
本人の口から聞かされたその気持ちを忘れてはいない。
里音たちとしては成り行きに任せると言う事で傍観に徹しているのだ。
「拗ねちゃってさあ。信くんかわいそ」
「でもあれだよね。明らかにあれだよね」
そんな里音たちが傍観をやめ、凛にこんな話をする理由は一つ。
「なに?」
首を傾げる凛に里音は推測を口にする。
「いやね、たぶん邪魔してるのがいるんだろうなーって思って」
「邪魔?」
「でもさ、明らかに邪魔されてるよな。橘と山中に」
騒ぐのをやめて教室に戻った俺たち。
席にに座って落ち着き、呼吸も安定してきたところで景が切り出した。
「あ、お前もそう思う?」
俺もまったく同じ気持ちである。
「みんな思ってるだろ」
と言うと、美濃や巴も「うんうん」と頷いている。
「……………。そこまでして風切と先輩をくっつけたいのかな。俺って邪魔?」
俺が先輩と関わる機会を与えられていないのは主に橘と山中のせいだ。
彼女らは俺と先輩を遠ざけ風切を近づけるといったような行動をしている。
「邪魔なのは流唯ちゃんと希良梨ちゃんだよ。部外者が乱入していい問題じゃないのに、勝手に割り込んで引っ掻き回してる」
「部外者、か………」
巴の部外者という言葉が妙に引っかかった。
あいつら、風切のこと好きなんだよな。
それでも風切の幸せを願って自分たちは手をひく事を選んだ。
でもそれでいいのか?
「信?」
「ん?ん〜」
景が俺の様子をおかしく思ったのか声をかけてくるが、俺は曖昧な返ししかできない。
「はあ、お前会ってきたら?」
「え」
「え、じゃないだろ。いつまでも待ってるからどんどん距離離れてくんだよ。たまには自分から行けよ」
景の提案は間違いではないだろう。
宣言通り、自分から攻めていく。
でも、なんだか尻込みしてしまう。
「いやでも、今って風切と話してるとこだろ。多分………」
「そうかもだけど、橘や山中みたいな積極さも必要かもしれないぞ。モタモタしてると取られちゃうって」
「っ………。そうだけど」
「実際向こうは相当仲良くなってるかもしれないぞ?知らないうちにもう付き合ってたりしてな」
景の発言が心に刺さる。
ちょっとまじで想像したくない。
二人が仲良くしてるってだけでも嫉妬心を感じるのに、付き合ってるなんて、想像でも嫌だ。
「意地悪すんなよ……」
「とりあえず、風切のこと聞いてこいよ。先輩の反応見れば、脈ありか脈なしかすぐにわかるだろ」
うぐ。
それでもし風切に方が脈ありだったら俺は泣くぞ。
しかしそうか。
俺が先輩と学校で話すことに抵抗を感じているのは風切との関係が気になっているからだ。
なら明らかにしてしまわないと。
どっちにしても、いずれは聞かなければならないことだ。
「…………そうだな。試しに聞いてくるか」
俺は席から立って廊下に向かって歩いていく。
「どこにいると思う?」
「風切と話してるなら図書室、違うなら二年の教室だろうな」
「凛、こうなったらあんたがガチガチに誘惑するしかないんじゃない?」
「は!?」
霧絵の突然の言葉に動揺を隠せない凛は顔を真っ赤にして席から立ち上がった。
「なに言ってるの!?」
「だから、誘惑。凛、男は性欲に正直なんだよ」
「ちょっと!」
凛はどうしていいか分からずわたわたしてしまう。
凛は恋愛ごとの話題に頭を侵されていると言ってもいいくらいに恋愛話が好きだ。
最近は巴と信の関係の疑いが無くなったかと思えば今度は巴と景の関係に疑いがかかり、凛の中で密かにマイブームだったりするほど。
どうでもいいことだが美濃にそう言う相手がまったくと言ってもいいほどに現れないのがちょっと残念に思っていたりする。
とにかく男女関係に多大な興味を持つ凛、男女特有のそういう知識に疎いはずがない。
それどころか知識はとても豊富。
部屋にある本棚にはエロ本用のスペースがあり、わりと様々なジャンルのものがある。
そういうことにも興味津々で知識は豊富すぎる凛であるが、経験は一切ない。
キスの経験どころか交際の経験すらもない。
よって、経験することに関しての耐性がない。
一ヶ月ほど前に信をベッドに引きずりこんだときもかなり無理をしていた。
拓馬と普通に会話できたのが奇跡だったくらいに心臓はバックバクだった。
信には絶対内緒だが、ちょっぴり………いやだいぶそういう気分になっていた凛であったのだ。
信には絶対内緒だが。
「凛、あんたは信くんがエッチなことに興味ないと思う?」
「おもわっ、お、思う……けど…………」
「凛は顔可愛いし、スタイルいいし何より胸がおっきい!!!だから身体を利用すれば信くんなんていちころよおおおお!!」
「ちょっ、触らないでよ!揉まないで!」
思わず拳を振り下ろしてしまった凛。
頭に大ダメージを負った霧絵は地面に転がってもがきだした。
ついつい本気で殴ってしまったので心配になると、続いて里音が自分の身体を見ていることに気づく。
「り、里音ちゃん?」
「悪くないかも」
この場に味方はいないのかと絶望感に襲われる凛。
しかし、なぜか。
「私、そんなにエッチな身体?」
「男からすれば相当だと思うよ。特に今は夏用制服で薄着だから、身体のラインとかよく出るし、何より胸が強調される」
里音の真面目な分析に凛自身も真面目に考えてしまう。
鏑木高校の夏服はブレザーを脱ぎ去った半袖シャツ。
しかも材質がまったく気を遣われていないので普通のカッターシャツと同じだ。
生地が薄いうえに柔らかい材質。
そうなると、下着の色によっては透けて見えてしまう危険性がある。
そして凛の場合、問題は胸の大きさにある。
周りよりも胸が比較的大きい凛は夏服を着ると胸がよく強調される。
結果男子は目のやり場に困ってしまうのだ。
そんな凛が、誘惑という手段を用いて信に近づいた場合、それはもうすごいことになるだろう。
「信くんもそういう目で見てたりするのかな……?」
凛が顔を赤くしながら里音に問いかけると、里音は静かに首を縦に振った。
「凛。信くんは男だよ」
「ふわぁ」
蒸気でも出そうなくらい顔が暑い。
自分は少なからずそういう目で見られている。
それに喜びを感じた瞬間。
「稲葉先輩……?」
「ひょええええええ!!??」
能力を使ってないのに体が思いっきり宙に浮いた。
信の声が聞こえた瞬間全身の鳥肌が立ち心臓に関しては口から飛び出るかと思った。
「信くん!?どうしたの?」
「ああいえ、先輩に、その……、会いたくなって、来ちゃいました。最近はあまり話せてなかったですし」
先輩のクラスの教室に訪れると、いたのはいつもの四人メンバーだった。
なにやら話が盛り上がっていたようにも思えたが、ここは勇気を出した。
廊下から先輩に声をかけると、悲鳴をあげて飛び上がった。
びっくりさせるつもりではなかったが、なんだか悪い事をしてしまった気分だ。
「そ、そうなの………。ていうか、今の話、どこから聞いてた?」
「話ですか?声は聞こえてましたけど、なにを言ってたかはまったく分かりませんでしたよ」
正直に答えると先輩は「そっか〜」と言ってなにやら安心している様子。
なんだ?
これは明らかに隠されてるよな。
「なんの話してたんです?」
「んっっ!別になんでも」
誤魔化すの下手すぎないだろうか。
「御厨先輩、なんの話してたんです?」
「さあ?なんだろう〜?」
絶対知ってる。
雨宮先輩と横谷先輩も「わからなーい」というようなジェスチャーをとっている。
これは問い詰めても無駄なんだろう。
「それより、稲葉先輩。今時間ありますか?」
「え、今?大丈夫だよ」
「よかった!ちょっと二人で話したいことがあるんですけど………」
と言うと先輩は「は、はなし!?」と言って後ろを振り向いた。
するとギャル三人がグッドサインを出してにっこりしていた。
なんだろうこの雰囲気は。
俺の方に顔を向き直した先輩は咳払いの後胸に手を当てて深呼吸をした。
「いいよ。どこで話す?」
思ったよりも乗り気であるらしい。
「じゃあ、前に先輩と二人で弁当を食べたところで」
たった四段の階段に腰を下ろす。
先輩と二人でここにくるのは割と久しぶりだ。
あの時は緊張のしすぎであんまり話せなかったっけか。
今も大して変わらないな。
「あ、暑いね………」
「そうですね……」
体育館裏は広場のようになっていて、主に生徒の保護者を招き入れる際の駐車場として利用されている。
そのため、体育館裏には陽の光を避ける場所がないのである。
だから夏にこの場所に来るのは灼熱地獄に身を投じることと同じなのである。
元々気温が高いうえに肌を焼く陽の光がダイレクトに当たる。
正直熱中症を心配するレベルだ。
しかし校内で誰にも見られず安心して話せる場所はここしかない。
先輩には本当に申し訳ないが少し我慢してもらおう。
「なるべく早く済ませます。単刀直入に聞きます。先輩って風切のこと好きなんですか?」
「んぶっ!」
何かを吹き出しそうになって堪えたみたいな声を出した先輩は咳き込んだ。
咽せてしまった?
「あの、大丈夫ですか?」
心配になって声をかけると、先輩は大丈夫だとサインをしてきた。
「ごめん、質問が本当に直球でびっくりしただけ………」
まだ苦しそうな表情だが咳は止まっている。
もう大丈夫っぽい。
「えっと、なに?私が拓馬くんのこと好きかどうかだっけ」
「はい。最近の俺はそれが気になって毎日落ち着かないんです」
「どうして信くんがそんなこと………?」
「まあまあ、それはいいですから。で、どうなんです?風切のこと好きなんですか?」
俺の事情ははぐらかして先輩に問い詰める。
「いやいや。拓馬くんのことは好きじゃないよ。そりゃまあ友達として好感は持てるけど、好意はないかな」
お、いつの間に友達といえる関係性になったのだ。
まあ一ヶ月もあれば友達くらいにはなってるだろうけど、それでもやっぱりなんか妬ける。
知らなかった。
俺はかなり独占欲が強いらしい。
「そ、そうですか。ならよかったです……」
妬けはするが、先輩は風切の事を友達としか思っていない。
様子を見るに誤魔化しているわけでもなさそうだし。
つまり俺にも可能性が残されている!
まだ失恋はしていない!
「よかったって、なにが?」
「え………」
こ、ここで先輩が攻めの姿勢!?
まさか畳み掛けてくるとは予想外だ。
ちょっと本音を口にしすぎたか。
いや待てよ、この流れは告白できるチャンスじゃないのか?
どうして俺が「よかった」と言ってほっとしたのか。
それは当然先輩のことが好きだからだ。
ここで、「先輩のことが好きだからです」と言ってもなんら不自然ではない。
タイミング的にはバッチリでは!?
「…………………………………………………………………」
声が出ない。
好きだからです。
口にするのはただこれだけだ。
なのに出てこない。
口がぱくぱくするだけでなにも言えない。
どうしていいかわからず首に手を当てて呼吸を意識する。
顔が熱い。
単に暑いからじゃない。
多分、いま顔が赤い。
「その、なんて言うか……………………………」
だ、だめだ。
はやく何か言わないと……!
「ねえ、信くん………」
「え、あ、はい?」
呼びかけに返事をすると先輩は俺の顔をじっと見つめてきた。
なんだろうと思っていると、先輩は少しもじもじした後。
「信くんはさ、私のこと、どう思う?」
「へあ!?」
ついつい変な声が出てしまった。
誤魔化すために咳払いをして「えっと?」と言い直す。
「それは、どういう………?」
「私のこと……」
言葉の途中で先輩は俺にグッと距離を詰めてきた。
両肩に手を置いて逃げられないようにされ、顔を近づけてくる。
キスかと思いきやそんなことはなく、先輩の顔は俺の顔を横切っていく。
「エッチな目で見ちゃったり、しちゃう?」
心臓がドクンッと跳ね上がった。
妖艶。
今の先輩にはまさにその言葉が似合う。
優しく、色っぽく耳元で囁かれた言葉。
耳に吹きかけられる少し荒い吐息が妙に敏感に感じられる。
そしてなにより気になるのは胸だ。
俺の胸に押し付けられた豊満な胸。
間近に感じる先輩の体温と匂い。
それで、頭の中の何かが溶けたような気がした。
「せんぱい…………」
俺は先輩の肩に手を置いて一旦引き離す。
しかし距離は近いまま。
肩に乗せた手を二の腕にまで滑り込ませて優しく包む。
先輩の顔が赤い。
とろん、とした目が俺を見つめてくる。
それに吸い込まれるように、俺は…………。
「あ、あの!!」
咄嗟に喉から大きな声が出た。
それで先輩も正気を取り戻したのか表情が元に戻り、俺から急いで距離を離した。
「ごめん、信くん。………わたしっ」
「いえ、俺こそすみません!なんか変なことしちゃって」
お互い急いで謝罪をして顔を背け合う。
だめだ。
今は先輩の顔を見れない!!
「えっと、わたし先に訓練に行くね!!」
「え、先輩!」
俺の呼び止める声は虚しく、先輩は急いで走り去ってしまった。
「………………………」
まあ、目的は達成したし、いいということにしておこう。
いい、わけ、ないか……。
「先輩、どういうつもりだったんだろう……」
小さな独り言が溢れる。
先輩のあの質問、意図がわからない。
先輩をそういう目で見ているかどうか。
「はい」か「いいえ」かを隠さずに言えば、間違いなく「はい」だろう。
これはもう仕方のないことだ。
別に先輩の身体が目的で好意を向けているわけじゃない。
でも、好きな人のことはどうしてもそういう目で見てしまう。
これは抗えない男の宿命だ。
先輩は、それを確認したら、どうするつもりだったんだろう?
もし、あそこで俺が声を出さなければ、今どうなっていたんだろう。
「……………………………」
俺はただ呆然として階段に座りっぱなしになった。
なにも考えない。
なにも考えられない。
先輩のこと以外は…………。
「ふう…………」
教室に戻ることなどできるはずもなく誰にも見つからない場所にこもる。
さっきのは、本当にやばかった。
あのまま信くんが声を出さなかったら、いったいどうなっていたのか。
想像するだけで気持ちが高まってくる。
「やばかったぁ………」
信くんのことが頭から離れない。
振り払おうとすればするほどどんどん埋め尽くされていく。
知らなかった。
私ってこんなに彼のこと好きだったんだ。
あまりにも大胆すぎた。
気持ち悪がられてないだろうか?
あれじゃ、本当に誘惑してしまっている。
少し揶揄おうって、そんな軽い気持ちで言ったのに、一気に我慢ができなくなっていた。
「信くん…………、信くんっ」
嫌われてないかな。
すごく心配。
「っ…………」
後で謝りに行こう。
やっぱりあんなことはしちゃいけない。
もしも私が知らないだけで信くんに恋人とか、好きな人がいたら、問題だし。
「訓練、行かなきゃ…………」
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