第14話 『張り込み』

九月五日 金曜日


昼休みの昼食時間。

五人で固まる俺たちの間で緊張が走る。


周りはそんな俺たちについて何やらヒソヒソと話しながらチラチラ見るのだった。

しかしそんなこと今の俺たちにとっては心底どうでもいいことだ。

今俺たちにとって大事なのは、俺たちの戦い。

この日のために努力を重ねてきた。


一ヶ月。

一ヶ月間みんなで結束し、努力を重ねてきたのだ。

それを無駄にしないためにも、俺はここで実力を発揮しなければならない。

そして、俺はスマホの画面に触れる。


通常、校内でのスマホの利用は校則で禁止されている。


しかしそんなこと、知ったこっちゃない。

先生に見つかれば一発アウトとか、指導を担当している生活主任の先生がめちゃこわだとかどうでもいい。

俺はこの一瞬に全てを賭ける。


「じゃあ、いいか?」


俺がそう言うとみんなは頷いてごくりと喉を鳴らす。


早まる鼓動を抑え、俺は『10連ガチャ』のボタンを押した。


結果は、惨敗。

すり抜けすらしない最低保証。


それを一ヶ月で溜め込んだ250連分消費し、俺は発狂しながら思いっきり台パンをかますのだった。


「え、えっと、これって?」


俺の状態を理解できない稲葉先輩が首を傾げている。

そんな先輩に元気よく詳細を説明するのは美濃の役目だと決まっている。

いや、別に話し合って決めたと言うわけではないが、自然にそう言う感じになったのだ。


「えっとですね先輩、今の信の状況としては一ヶ月働いて稼いだバイト代を旅行代に全部注ぎ込んだら、行きたかったところとは全然違うところに行っちゃって、しかもそこは何もない全然面白くない場所で、その上帰るためのお金を盗まれてもう人生終了勧告をされた、みたいな感じです」


俺でさえ意味不明な例え話だったのにも関わらず、先輩はなぜか理解できたようで。

納得した表情をした後俺の肩に手を置いて「どんまい」と優しい言葉をかけてくれた。


「でなかったかサンダルフォン」


ケラケラ笑いながら結果を改めて口にする景。

ちょっと嬉しそうに見えるところが気になるがまあ放って置いてやろう。


「俺も当たってないから良かったぜ」


そう言うことかよ。


「ちなみに私は当たったよ。ていうか四枚引きしたよ」

「「「四枚!!??」」」


先輩以外の全員が声を上げた。


四枚引きだと聞けば仕方のないことだ。

このゲームのキャラクターは全部で6凸なので、3凸もしてしまったと言うことになる。


こいつ絶対やってる。


「お前どうなってんだよ。自分だけ確率操作でもしてんのか?」

「ふふん。そんなのなくたって、私は運がいいからね」


ちくしょう悔しい。


特に今回のサンダルフォンは欲しくて欲しくてたまらないキャラなのだ。

と言うのもサンダルフォン、メガネをかけているのである。


ちなみに言うと、俺はメガネ美少女キャラが大好きなのだ。

だからサンダルフォンの実装が決まった時点で引くことを心に決め、ずっとガチャ禁をしてきた。


しかし結果は惨敗。

最高レア度が一回出てくるようなこともなく、最低保証という結末を迎えてしまった。


「……………うう」


と、そこで完全に頭がパンクしきっている先輩に視線が集まった。

出てきた知らない単語を一個一個正確に理解しようと努めているらしい。

その姿がなんだか可愛らしくて笑みが溢れた。


『ブラックマーケット』の騒動から大体二ヶ月くらいが経った。

『二次元サークル』を正式に組織として立ち上げたという変化を得たが、とりあえず変わったことはそれ以降ない。

『能力機動隊』から協力を求められるようなこともないし、逆に協力を求めるような出来事が起こったわけでもない。


ただただ普通の生活を送っている。


そのため夏休みも大いに楽しめた。

御厨先輩たちも合わせ、みんなで海やカラオケ、ゲームセンターに行ったのだが、これが本当に楽しめた。

それに、先輩と二人で出かける機会もあったりした。

その時は誰の邪魔も入らず、純粋に二人の時間を楽しむことができたのでとても満足している。

のだが、俺と先輩の関係に進展は一切ない。


いや、まあ何度か気持ちを伝えようとした場面はあった。

しかしその度にビビって話を逸らしたり、何かの横槍が入ったりでできなかったのだ。

本当に意気地なしにも程があるというもの。


自分の気持ちを十分理解しており、それを口にすることすらできないなんて。

二人でデートに行った時なんていくらでも言うチャンスはあったのに全部逃してしまった。

悲しすぎて帰った後は枕に顔を埋め思いっきり叫んだものだ。


「信くんどうしたの?」


と、一人で考え事をしているうちにぼうっとしてしまっていたようだ。

俺の顔を覗き込んだ先輩が声をかけている。


「なんでもないです。ただちょっと自分の弱さを復習していただけで」


何を言っているのか理解できなかったのか先輩は首を傾げた。

その仕草がすっっっごくかわいい。


なんて言うんだろう。

頭の上にはてなマークとかが出てきそうな勢いの純粋な顔。

もう最高。


「信、顔がやらしいぞ」

「いったい先輩の何を見てるんだろうね〜?」


先輩のかわいい姿を脳裏に焼き付けている最中だと言うのに、俺を邪魔するKYは許さんぞ。


「うるせえ。今この姿を脳裏に焼き付けてるんだ」


そう言って先輩をじっと見つめる。

いやあいつまでも見ていられる。

こんなにかわいい生き物が果たしてこの世に存在していいのか。


メガネの向こうから見えてくる恥じらいに満ちた上目遣い。

それは相手を魅了する魔法なのではないかと思えるほどに美しく、もう目が離せない。

二学期に入って暑くなったことに感謝するべきかもしれない。

何を隠そう先輩は今夏服なのだ。


超絶薄着。

今時そんな服装してたら教育委員会とかがバチバチに文句言ってきそうなほどに魅力的。

この半袖シャツは稲葉先輩が着るために作り出されたものなのか?

きっとそうだ。

これは先輩に着てもらうために人類が叡智を結集して作り上げた魔法の制服。


「ちょ、ちょっと、信くん」

「はいなんでしょう」

「その、本当に視線が………」


おっと、これはいけない。

あまりにもジロジロ見すぎたか。

よくないよくないここは冷静になれ。


「すみません、つい……」


自分の行いを素直に反省し先輩から視線を逸らした。

もう少し見ていたかったが先輩が嫌がっているのだから仕方のないことだ。


「最近さ、お前あんまり周りを気にしなくなってきたよな」


景が少々苦笑いを浮かべて俺にそう言った。

周りを気にしなくなった……か。


「それはたしかに、自覚はあるな」


俺は人目を気にしない、というか気にならなくなっている。

それと言うのも、これは慣れの問題だろう。


夏休みに入る前。

俺と稲葉先輩が付き合っていると言うのはただの噂だったと言うことで予定通り水に流された。

今や誰も俺と先輩が付き合っているなどと言うものはいない。

とはいえそれで俺と先輩の関係がなくなると言うわけでもなく、今もこうして一緒に一年生の教室で昼食をとっているわけなのだが。


まあ視線を投げられる。

正確には見られているのは稲葉先輩の方だが、先輩と一緒にいる俺たちも視線を向けられるのは避けられないことだった。


それで最初はあまり目立たない行動をと心がけていたのだが、まあ、慣れがきた。


夏休み中、海に行った際。

やはり注目を集めてしまう先輩だった。

周りにいる男である俺と景もそれなりに見られたが、その頃にはもう視線が気にならなくなっていた。


「まあ、一ヶ月以上も経験すればな……」

「ああ、たしかにな」


第二の被害者である景は俺の言いたいことがよく理解できたようで、当初を思い出しげっそりしたような表情になった。


「やっぱり先輩はどこに行っても注目を集めちゃうんですね」


巴が言うと、先輩は途端に申し訳なさそうな表情になった。


「ごめんね。落ち着かないよね………」

「何言ってるんですか。もうそんなのも気にならなくなってるんですよ。こう言う時、慣れっていうのは頼もしいもんですね」


俺の発言に景たちも同意するようにうんうんと頷いている。


「そういえば、姫乃先輩はどうなんですか?俺が知らないところで絡まれたりしてませんよね?」

「ちょっと、声怖いよ信くん……」


困っているのか、それとも喜んでいるのか、どちらとも取れるような笑顔で先輩は俺を見た。

自然と俺の声には怒気が混じっていたようだ。

ここは怒りを抑えて冷静にいかなければ。


「すみません自然と怒りが湧いてきて。それで、どうなんですか?」


今度はなるべく自然に、いつも通りの声色で言った。


「うん。姫乃くんには、あまり話しかけられなくなったよ。噂もなくなってるみたいだし、最近は結構楽かな」


それを聞けて安心した。

先輩のいつも通りの生活を守る上で一番懸念されていたのは姫乃怜だったのだが、今はもうその心配は無用のようだ。


「それならよかったです。御厨先輩たちもいますし、もう俺の心配なんかいりませんね」


いやはや本当に安心だ。

先輩の幸せそうな表情を見れると俺も本当に嬉しくなる。


「そうだよ。信くんは心配性だなー」

「そりゃ心配ですよ。………、先輩とはいえ、一応は友達なんですから。心配にもなります」

「……………そう?」


少々微妙な空気が流れる。

しかしそんな空気の中にいるのは俺と先輩だけのようで、他の三人は「やれやれ」とでも言いたげな表情で昼食を食べすすめる。

俺もこの気まずい空気から逃れるため食事を再開。

それに釣られるように、先輩も食事を再開した。


「ん……」


と、しばらく沈黙していた空気の中で、美濃が何かに反応した。

その視線は机の上に置かれている自分のスマホに向いているようだ。


「何見てるの?」


巴が尋ねると、美濃はスマホの画面を見せた。

角度的に俺にも見えたので俺も覗いてみる。

それはネットニュースで、一向に解決しない連続殺人事件に関するものだった。


それも、殺されたのはまたもや『能力機動隊』の人間。


「また殺されたのか」


俺がそう呟くと、先輩や景も内容が気になったようで美濃のスマホを覗き込んだ。


「あ、これ私も知ってる」

「俺も知ってるな」


稲葉先輩も知っているのは不思議ではない。

このニュースは今や知らない人はいないと言えるほどに有名。


連続殺人事件。

それも、狙われているのは決まって『能力機動隊』に所属している人間だ。

動機も目的も一切不明。

犯人がどういう特徴を持つ人物なのかもわかっておらず、『能力機動隊』は手を焼いている。


このニュースを見て、俺たちの空気は一瞬でさっきまでとは違う空気になった。

『能力機動隊』が被害に遭っている以上、それは俺たちにも無関係とは言い切れないからだ。


「でもま、協力要請が来ないあたり、俺たちが関わる必要はないんだろ?」


景が俺に尋ねてくる。

一応、『二次元サークル』のリーダーは俺ということになっている。

だからその判断を俺に求めるのは自然な流れだ。


「どうだかな〜。そういうふうにも受け止められるけど、あまりにも危険だから遠ざけられてるって気もする」

「ああ、そういうこともあるか」


というか後者の方が説としては濃厚だろう。

これだけの事件ともなれば、操作を担当しているのはおそらく『第一部隊』、つまりは古矢さんが率いる部隊のはずだ。

彼女がそう簡単に俺たちに協力をお願いするとは思えないし、これだけ大きな事件。

俺たちの身を案じているのは間違いない。


「まあ、要請が来ないなら俺たちは何もしなくていいってことだろ。普通に生活しようぜ」







「進捗はどう?」


『能力機動隊第一部隊』。

その仕事場では今、俺だけが報告書の提出に追われていた。

というかなんで俺だけが書いているんだというツッコミはもう忘れた。


忘れずにその理由を考えれば、理由は二つ。

一つは自業自得、自分の仕事をサボって溜め込んでしまったこと。

そしてもう一つは、完璧と言われている彼女のイメージを守るためである。


「まあ、ぼちぼちです。今夜中には終わりますよ」

「そっか。じゃあ今夜は泊まりになりそうだね。ごめんね本当に」


蜜は本当に申し訳なさそうにしながら差し入れなのかドーナツが置かれた皿をデスクの上に置いた。


「これ、いつものお詫び」

「別に気を使わなくても大丈夫ですよ。隊長が全部食べちゃってください」

「そういうわけにはいかないよ。私の仕事までやってくれてる人にお礼もしないなんて」


この人は本当に律儀な人だ。

ドーナツを差し入れてくれるのは嬉しいし、正直食べたいが、そんなに食べたそうな顔をされると譲ってあげたくなるというもの。


「じゃあ、お互いオフの日に、たっぷりお礼はいただくということでどうです?僕としてはそっちの方が嬉しいですけど」


と言うと、いったい何を想像したのか蜜は顔を赤くしてソワソワし始めた。


「そ、そうだね。そう言うことなら、ドーナツは頂いちゃおっかな」


笑顔で皿を両手で持ってソファの上に寝転んだ。

行儀が悪いが、まあ今だけでも許してあげよう。

普段誰よりも苦労し、誰よりも危険なところで仕事をしている。

たったこれだけの報酬も得られないのでは割に合わないどころか、ブラックだ。

とはいえ。


「こぼさないよう気をつけてくださいね。あと、もしこぼしちゃってもその掃除は自分でしてください」


気楽な調子で「はーい」と答える蜜の声が聞こえてくる。

そこだけはきっちりしてもらおう。

甘くしてあげたいのは山々だが、あまり甘くしすぎると私生活が見るに耐えないことになりかねない。

実際、以前その兆候が見えたことがあった。


仕事で疲れている蜜のためにと彼女の家に赴き、三泊四日のお家デートをした。

その際ほとんどの家事を僕が請け負ったのだが、その後、見事に彼女の家はゴミ屋敷になりかけていた。

あの時はさすがにまずいと思ったものだ。

それからと言うもの、家事に関しては僕が全部するのではなく、一緒にやるということでダメ人間化を回避している。


「それにしても、例の連続殺人事件に関しては、まだ片づきそうにないですね」


報告書の中に、最近流行っている連続殺人事件の報告がある。

それは『能力機動隊』を狙ったもので、僕たちにとっては絶対に無視できない事件となっている。


「そうだね。相手の正体もわからない。手がかりもない。ずっと手詰まりって感じだけどね」

「組織的な犯行なのか、あるいは単独犯なのか。被害者の中には部隊の隊長もいますし」


これだけ集中的に『能力機動隊』の人間を狙うことに理由があるのかすら不明。

わかっているのが被害者の素性だけと言うのは、捜査する側としては耐え難い悔しさが込み上げるものだ。


「もう……」


と、神妙な空気になってきたところで蜜がソファから立ち上がってまだ口をつけていないドーナツを僕の顔に寄せてきた。

しかも後ろから抱きついて。


「あ、あの……?」

「職場恋愛の悪いところってさ、こうして二人っきりの時でも仕事の話をしちゃうところだと思うんだよね」


耳元で囁くような声で蜜は話す。


「ちょっと……隊長」

「ほら。二人っきりの時は隊長って言うのは禁止って決めたのに、やめてくれないし」


怒っている、というか拗ねている。

一緒に遊ぶ約束を反故にされた小さい子供のような声囁き、蜜はドーナツを僕の口につけた。


「あ〜ん」


文字に起こしたらハートなんかがつきそうなほどに甘い声。

それに逆らうことなどできるはずもなく、僕はドーナツを一口だけ齧った。

僕が食べたのはゴールデンチョコレートらしい。

表面についているゴールデンな砂糖が落ちないよう気をつけながらもぐもぐした。


「美味しい?」

「美味しいです。さすがゴールデンチョコレート」


気分はすっかり仕事どころではない。

まだ作業途中の報告書をひとまず保存しておいて、僕はパソコンを閉じた。

まあ、今夜中には終わるだろう。


今は少し、自分の欲に忠実になろうと決めた。

のだが。


「いや、ダメだそれは」


ギリギリのところで押し止まった。

蜜をソファに押し倒して唇を重ねようとしているところだった。

本当に危ない。


「え、なに?」


頬を紅潮させた蜜が、残念そうに仰向けの状態で僕を見上げる。


僕だって残念だ。

このまま全部忘れて二人の時間を楽しみたい。

でも、この後の予定を考えれば、今はまだ我慢のしどきだ。


「もうすぐ信くんたちが来るから、ここで始めたらダメだ」


グッと欲を抑え込んでソファから降り、『二次元サークル』を迎える準備をする。

しかし蜜はソファの上で頬を膨らましていた。


やばい拗ねちゃった。


「ごめんなさい。でも彼らを待たせるわけにはいかないでしょう?」

「そうだけど」


ぷくーっと膨らんでそっぽを向いてしまった。

気持ちはわかるけど、これも仕事。

そして自分たちで招いた事態だ。

でもさすがに可哀想だと思い、僕は一つ、彼女にご褒美を提供することにした。


「じゃあ、今日の訓練が終わったら、オフにしよう」


ソファから降りない蜜の頬をムニムニしながらそう言うと、蜜は途端に目を輝かせた。


「ほんと!?本当にオフにしてくれるの?」

「うん。仕事は残ってるけど、まあ今週中に片付ければなんとかなるし」


それに、こっちとしてもこのお預け感は耐え難い。

今も少しでも気を抜けば蜜に襲いかかりそうなくらいだ。


「わかった。それなら許す!」


ぴょん跳んで立ち上がった蜜も『二次元サークル』を迎える準備を始めた。

今日の蜜は一味違う。

もしかしたら、信くんたちは少しだけ手加減をしてもらえるかもしれない。







訓練場の中で、二人の人間による戦いが繰り広げられる。


古矢蜜と秋巴。

一見互角に打ち合っているように見えるそれは決して互角などではない。

その事実を知った時、誰もが驚いたことだろう。

あの顔面パンチ鬼教官古矢蜜が、訓練で手加減をしている!!

巴はただ全力で古矢さんに対して一発でも入れようと攻撃を繰り出す。


『ブラックマーケット』との戦い以降も俺たちの訓練は続いている。

『能力機動隊』と協力関係になった以上、欠かせないものだ。

それは夏休みも一日も欠かすことなく行い、毎日ぶん殴られる日々を送っていた。

それでも、俺たちの腕は格段に上がっていると言えるだろう。


巴の動きにはもうほとんど無駄がない。

どこかしらに反撃の隙が垣間見えるが、それでも前よりも技術が上がっているのは確かだった。


古矢さんも前より動きに激しさが増している。

それはやはり巴の動きの精度が上がっていると言うことなのだろう。

まあ、それでも。


一瞬の隙を突かれた巴は瞬時に脇腹と顔面に拳を入れられた。

結構痛そうなことをするものだと思ったら巴はその場に倒れ込んでしまうのだった。


「うん。動きは良くなってるけど、まだまだ隙が多いね」

「………は、はいぃぃ」


すごい苦しそう。

後もう少し強く殴っていたら吐いていたのではないだろうか。

観戦していた俺たちのもとに戻ってきた巴は脇腹を抑えてだらんと倒れ込んだ。


「綺麗に入ったね」


美濃が言うと巴は口を閉じたまま首を縦に振った。


「本当手加減ないよなあの人」


組み手の順番が回ってきた景が青白い顔でそう言った。


「そうか?今日は少し手加減してると思うけどな」


俺の感想に景は同意を示さない。

それどころか否定的な目だ。


「いやいや本当だって。なんかちょっと、機嫌も良さそうに見えるし」

「ああ、それは俺もちょっと思った」


やはり景も感じていたのか。

やけにご機嫌な古矢さん。

それにどんな理由があるのか俺は真辺さんに聞いてみる。


「あの、今日の古矢さん優しくないですか?」


質問を投げかけると真辺さんはなんだか歯切れの悪い反応をして「まあ、いいじゃん?」と言った。


「今日は気分がいいらしいんだ。僕にも理由はわからないけれど」


なんだか怪しい。

真辺さんの反応から察するにきっと何かあったのだ。

しかも俺たちには言えないような何かが。


「ほほう。では聞かないほうがいいと言うことで気にしないでおきます」


下手に聞き出すようなことをすれば訓練でボコられそうだ。


「うん。気にしにほうがいいよ」

「蓮生くん!巴ちゃんの組み手相手して!」

「はーい!」


古矢さんに呼び出された真辺さんとぶっ倒れていた巴は素早く駆けつけて行った。

さて、本人たちがいないところでしか話せないようなこともあるので、これを機に話しておこう。


「美濃、お前の目から見てあの二人はどう?」

「………?できてるでしょ」

「「だよなー!」」


景と声が合わさった。

やっぱり誰の目から見てもあの二人はできてるよな。

と言うことは、今日の古矢さんの機嫌がいいのは、真辺さんとなんらかのいいことがあったからだと考えられる。


「できてるってどう言うこと?」


汚れのない純粋な目の稲葉先輩が美濃に尋ねると。


「つまりですね先輩。真辺さんと古矢さんは、もうラブラブってことなんです」

「ら、ラブラブ……!」


顔を真っ赤にした先輩は二人を凝視する。

そりゃあ高校生という年齢ともなればカップルの存在に興味を持つことだろう。


御厨先輩たちは少しそれが行き過ぎているような気がしなくもないが、もう気にならなくなっているあたりいよいよ俺も危ないかもしれない。

そのうち恋愛過激派になってカップルを追いかけ回すなんてことはしないようにしないと。


「あの二人、そこまで……」


先輩は二人をじっと見つめ、大人のカップルを興味深そうに見ている。


「先輩、あくまで憶測ですからね」

「そうだけど、信くんも同じ考えなんじゃないの?」

「そうですけど、見過ぎは良くないです。疑われていることを察知されないようにしないと」

「………?どうして?」

「これからその真相を暴きづらくなるじゃないですか」


今の自分の顔がどれだけ邪悪なものになっているかはちょっと想像できない。

しかしこれからが楽しみだ。

彼らができているのかできていないのか、それを解明し、できているなら二人セットで訓練の後におもちゃにしてやる。


「信くん、顔が悪い」

「先輩も友達のカップルをいじる楽しさを覚えませんか?最高ですよ」

「ちょっと信、先輩に変なこと教えないでよ。先輩は私たちにとって清楚を絵に描いた、理想そのものなんだから」


そんなこんなでどうでもいい、いやちっともどうでもよくはないが、まあ話を続けていると、今度は俺の番が回ってきて、一瞬接戦を繰り広げるもボコボコにされるのだった。







訓練の後、いつも通り地面に倒れ起き上がることができなる。

それでも最近はきついという感覚が早くなくなるのがわかる。

戦いの技術が上がり体良く鍛えられている証拠だろう。

今は身動き一つとれないが。


タオルで汗を拭く古矢さんはまだまだいけるといった表情で倒れる俺たちを笑っている。

くそ。

今日も一発すら入れることができなかった。


「みんな確実に強くなってるから、私はすごく嬉しい」


にっこり笑顔。

まるで顔と名前が同じなだけの別人のよう。

いつもの鬼のオーラはどこへ行ったというのか。


「それは良かったですよ」


起き上がりながら言葉を返すと古矢さんは「お?まだやる?いいよ〜?」とやる気をアピールしてくる。

ねえほんとに誰なのこの人。


「やりませんよ。ていうか、なんで今日はそんなにハイテンションなんです?」

「ええ聞きたい?教えてあげる!なんでかっていうと、この後蓮生くんがひとばっっっ」


古矢さんが何かを言いかけたところで真辺さんが後ろから口を塞いで黙らせた。


「どうやらほんとにそういうことらしいですね」

「な、なんのことなああ!?」

「とぼけなくていいですよ真辺さん。この後二人で一晩中お楽しみなんでしょう?」

「ぶっっっ」


誰が吹き出したのかと思ったらまあ大体予想できてた通り稲葉先輩だった。


「ひ、ひいいいい一晩中ってまさかっ!!??」


顔を真っ赤にし、巴と美濃を巻き込んで地面でジタバタし始めた。

少し刺激が強かったのかもしれない。


「ちょっ、やめて!ここから先は大人の話だから!君らには関係ない話だから!!」

「あれはぐらかすんですか?いやまあ別に良いですけど?やましいことがないなら正直に話すべきだと思いますよ?大丈夫ですよ。正直に話したってそれを広めたりはしませんから。ただちょっといろんな話を聞かせてもらうだけで」


自分でもすっごい悪い顔をしているのは想像がつく。


しかしやめられない止まれない。


自分の恋愛話には弱いが、人のことになればとことんまで性格を悪くすることが得意な俺なのだった。

それに、今まで散々痛めつけられてきたんだ。

これくらいのやり返しはしても良いだろう。


もっとも、一番苦しんでほしい相手はいまだににっこり笑顔で真辺さんに口を塞がれているが。


「それが怖いんだって。君ら思春期真っ只中の子供は何に興味を持つかわからないんだから!」

「馴れ初めの話とか、二人がやってる恋人らしいことの話とか」


俺と一緒にテンションを上げている景は横で聞きたいことの数を数えていた。


「まあ、色々あるな」


結論はそうだった。

俺も同じだ。

聞きたいことなんて考えれば無数に出てきそうだし、数を数えるのはおそらく不可能だ。


「だよな景、色々あるよな。色々聞きたいよな」

「そうだな。それに聞きたいことがあるのは俺たちだけじゃないと思うし」


そういって後ろを向くと、巴と美濃の上に乗っかったままの稲葉先輩がこちらをじっと見ていた。

巴や美濃も乗っかられて苦しそうだが我慢しているらしい。


「もしかして、先輩ってむっつり?」

「え!!??」


突然の巴の指摘に過剰に反応してピョーン!と立ち上がった先輩は手をわなわなさせて首を横にブンブン振る。


「そ、むっつりだなんて!私はただ、恋愛の話に興味があるだけで」

「先輩隠さなくて良いですよ。むっつりすけべなのは別に恥ずかしいことじゃないです」


巴はそう言うが俺は人にバレることに関しては恥ずかしいことだと思う。


「ほーら先輩げろっちゃいましょう。聞きたいことなんでも聞いて良いんですよ。お二人に、今なら、なんでも」


まるで悪魔の囁き。

巴と美濃は先輩を左右から挟んで耳元で悪魔の囁きを行い先輩を暴走させようとしている。

ていうか、そんなことしたら先輩はマジで。


「じゃ、じゃあ聞いちゃいます」


先輩のその一言に、その場にいる男性陣全員嫌な予感がした。

何より、先輩の恥じらいを隠しきれない赤い顔が証拠だろう。

いやまあ俺もそれっぽいことは言ったけれど、あれは別に冗談で言っただけで。

ていうか巴も美濃も止めろよ。


「あの、お二人って、やっぱり恋人同士みたいですし、やっぱり、夜ってっっっ」


今度は俺が先輩の口を塞いだ。

なんだか、このまま彼女を止めなかったらとんでもない話題に移行しそうで怖い。

俺も流さすがにそこまでは望んでないので勘弁してほしい。


「先輩そのくらいにしておきましょう。さすがに可哀想になってきました」


俺の行動を見た巴と美濃が残念そうな顔になったが、俺は二人を睨みつけて威嚇する。

すると二人はニヤニヤしながらため息をつくのだった。







「はあ………」


大きなため息をつく。

訓練というよりは、訓練の後の雑談で体力を消耗してしまったような感じがする。


「お疲れ?」


先輩がにっこり笑顔で俺の身を案じてくれる。

ああ、この人は本当に天使だ。


「はい。ちょっと疲れました。やっぱり古矢さんとの手合わせはいつやっても疲れますね」


と誤魔化しておこう。


「ああそうだよね。私も彼女に勝てる日がくる気がしないよ」

「それ、別に二人だけじゃないですよ」


先輩の言葉に景が反応した。


「あの人の強さは本当に俺たちとは比べものになりませんから。ただでさえ普通に殴り合うだけでも手も足も出ないのに、あれで能力まで使われたら、いよいよ本当に勝てないですよ」


景の話には深く同意できる。


古矢蜜という女の実力はそれほどまでに格上。

『能力機動隊』で最強と言われるだけのことはやはりある。


いつも思うのだが、彼女とひたすら戦うだけでは成長できている気がしない。

しかし彼女の感覚では十分成長しているらしい。


しかし、おそらくその感覚は本物なんだろう。

一番実感できたのはやはり『ブラックマーケット』との戦いの時だ。

訓練を受けていなかったら、コルボに勝つなんて絶対できなかったはずだし。


「『ブラックマーケット』との戦いから一ヶ月くらいは経ってるよな。それなら、少しは古矢さんを苦戦させることもできるかと思ったけど、まだまだダメなんだよな」

「そうだな。あの人に勝とうなんて考えること自体が間違ってんのかもな」

「それはそう」


俺と景の感想に全員が同意を示した。


「まあ、古矢さんに勝つために訓練してるんじゃないんだし、あの人を比べる対象にしちゃダメでしょ」


それもそうか。

俺たちが未だに訓練を続けているのは身を守る術を身につけるため。

争いが絶えない世界に自ら身を投じた責任を果たすためだ。


「そういえばみんな、新しい能力の使い方、考えついた?」


先輩がふと疑問を口にする。

それを聞いて、俺たちは全員微妙な顔をした。

まあ、顔の通り進捗も微妙なのだ。


今のところ明確に編み出すことができたのは景だけだ。

怪力の効果範囲を一点に集中させて攻撃の威力を上げるという利用法。

デメリット付きなため連発はできないがその一撃でダイスを倒したというので相当強力なのだろう。

できればくらいたくない。


「まあ、考えついてないですよ。俺の性能関係なく分身の性能あげたいけどやり方が……」

「ものの形を変えるのに別の利用法とかあります?」

「それ言ったら私なんて投げるだけだからね」


と言った感じでほぼ詰みなのである。

美濃に関しては本当に可哀想。

投げるだけなんて別の利用法とかないだろ。

そのため俺たちは能力の性能を上げるという方向にシフトしている。


「そういう先輩は見つけたんですか?」

「ううん。私も思案中。大変だよね、能力の研究は」



そう言う先輩はなんだか楽しそうだった。

横から見る笑顔は何度見ても飽きない。

ずっと眺めていたいくらいに眩しくて、やっぱり愛しい。


「そうですね」







時は遡り 一ヶ月前


「『キラーグループ』か」


その存在はまるで都市伝説。

本当にあるのか、リーダーは誰なのか、それら全てが謎。

しかしそれでも全く後を追えないわけじゃない。


殺し屋グループというならば必ず依頼がある。

その依頼を頼りに後を辿れば見えてくるものもある。


「わかったよ、拓馬くん」


自分のパソコンをカタカタ鳴らしていた菊が紙を印刷しそれを僕に手渡した。

今は友達の菊の家にお邪魔している。

要件は、ウォーカーを狙う『キラーグループ』の情報を得ること。


「これは?」


菊が僕に渡してきた紙には何やらリストのようなものが書かれていた。


「それは『キラーグループ』が狙うターゲットリスト。困ったことに、相手の行方を直接追いに行くのは、今回に限っては無理。だからターゲットを探した」

「ターゲットに張り付いていれば、いずれ向こうから現れるって寸法だね」

「その通り」


しかしこのリスト、なんだか少し恐怖を感じる。


「狙われてるのは、『能力機動隊』の人ばかりじゃないか」


人ばかり、というか、その人たちしかいない。

これはどういうことなんだろう。

『能力機動隊』の壊滅を目論む組織でもあるのだろうか?


「そうなの。だから張り込むのは難しいかも、なんて思ってたら、ちょうどいいのがいた」


菊はベッドにもたれかかって座る僕の隣に腰を下ろしマーカーである部分を目だたせた。


「羽宮、信?」

「それに有田景、藍葉美濃、秋巴。彼らは楠木高校ってところの一年生と二年生」


こんな、僕らと同じ普通の高校生まで殺しの対象になるのか。

仕事は選ばないということなのかな。


「彼らがどうかした?」

「彼らについて少し調べたの。そしたらあらびっくり。何も出てこなかった」

「何も?」


さもそれが不思議なことであるかのようにいう菊の反応に、僕は疑問を感じる。

何も出てこないというのは、別に珍しいことではないのではないだろうか。


「それ、何が不思議なの?」

「出てこなさすぎるの。明らかに彼らの情報を隠してる第三者がいる」


菊でも調べられないほどに情報を隠す。

そんなことができるのはよほど大きな組織か、ハッカー集団か?


「それでちょっと閃いて、『能力機動隊』が管理しているデータをハッキングしてみた。そしたら、驚きの情報が出てきたよ」


菊は手で紙のを捲るようにジェスチャーをしてきた。

束になっている紙の中に、その驚きの情報とやらがあるらしい。

紙をめくり、その詳しく書かれた情報を覗いてみた。


「『二次元サークル』?」


それは何かの団体名だったが、なんの団体名かは考えなくてもすぐにわかった。

完全非公式の組織。

別に名が知れているわけでもない。

小さなチンピラ集団のような組織だが、そんな組織の情報を、『能力機動隊』が隠していた。


「その組織は最近できたやつみたい。『ブラックマーケット』が壊滅したってニュースは、拓馬くんも見たでしょ」


それは当然見たので「うん」と言葉を返した。

なんでも、楠木高校の学生寮周辺で激しい戦いが起こり、その末に逮捕することに成功したのだとか。

…………………楠木高校の学生寮周辺、か。


「その戦いに、『二次元サークル』が参加してた?」

「それだけじゃないよ。『二次元サークルは』、その時騒ぎの中心だったっぽいし」

「それじゃあ、『二次元サークル』と『能力機動隊』は協力関係にある?」

「そう見るのが自然だろうね」


なるほど。

だというのなら、この変わったターゲットリストの内容にも多少の納得はいく。

狙っているのは『能力機動隊』。

そして『能力機動隊』と協力関係にある『二次元サークル』も、おまけでターゲットにされてしまった。


「………話はわかった。『能力機動隊』に張り込むのが難しい以上、彼らに張り込むのが妥当な判断だろうね」


学年が一緒なのはさらに都合がいい。


「決まりだね?」


菊の確認に僕は頷いた。


「じゃあ、転校の手配しとくからね」

「任せるよ」


さて、僕はそろそろ帰ろう。

ウォーカーが心配だ。

他のみんなが護衛についてはいるけれど、あの子達に囲まれているのでは彼女も肩身が狭いだろう。

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