第25話
数日が経った。
まだ心の傷は癒えていない。そして、あの日以降、亜子とも連絡を取っていない。
僕は並川が話したい事があると言われ、指定されたファミレスのボックス席で座って待っていた。
「おーい」
並川が手を振って、駆け寄って来る。
「おまたせー」
「おう」
並川は向かいの席に座った。
「この前はありがとうね。友晴からも依頼受けてたんだね」
「そうだよ」
「本当にありがとう。マジ感謝だよ」
並川からは幸せが溢れ出ているように思えた。
「どう致しまして。それで、どうしたの?急に呼び出して。友晴君に怒られない?」
「大丈夫、大丈夫。友晴にはちゃんと説明してあるから」
「それならいいけど。で、話って?」
もう、胸ぐらを掴まれるのはこりごりだ。
「……話をする前に一つ約束してほしい事があるの」
「なに?」
「これからする話は誰にも言わないで」
並川は真剣な表情で僕を見て言った。
「……うん。約束する」
僕は深く頷いた。
「ありがとう」
「……それで話ってなに?」
並川は深呼吸をして、息を整え、意を決心して、「……亜子の事」と言った。
「彼女がどうしたの?」
何も知らない風に聞いた。でも、先日見たことが関連しているのは間違いない。
「亜子が何でいつも左手首隠してると思う?」
気にはなっていた。けれど、彼女が言わないかぎり聞いてはいけないと思っていた。
「……分からない」
「リスカの傷を隠しているの……」
繋がってほしくない何かが繋がった気がした。
「リスカって……リストカットって事だよな」
「……そうよ」
「でも、何で彼女がそんな事を?」
理由は分かっている。でも、納得したくない自分、受け入れたくない自分がいる。
「家族のせいかな」
「……家族のせい」
受け入れたくない事実がのしかかってくる。
「亜子の家庭には亜子の居場所がないのよ。お父さんは外で女を作って、生活費だけ家に入れて帰ってこない。お母さんも男を作って、亜子が居る家で一緒に住まわせている」
「……そんな事って」
想像を絶していた。胸が痛い。身体の中から針で刺されているような痛みが襲って来る。
「両方酷いんだけどさ。特にお母さんの方がやばくて、亜子に平気で暴力を振るうみたい
で、亜子を道具のように扱うの。私は亜子に通報するか私の家で住みなよって言ってるんだけど。大丈夫。私の家の問題だからの一辺倒で」
「……僕は……僕は」
数日前の光景がフラッシュバックしてくる。
僕自身の無力さ、情けなさ、様々な負の感情が心を埋め尽くしていく。
「どうしたの?顔真っ青だよ」
並川が心配そうに見てくる。
「僕……彼女がお母さんに暴力を振るわれているところを見たんだ。でも、怖くて、動けなかった。僕は……彼女助けてあげられなかった……僕は最低な奴だよ」
「……私もだよ」
「え?」
思いもしない返答だった。
「私も最低な奴だよ。一人じゃ亜子に何もしてあげられない」
「…………」
どんな言葉を言えばいいか分からない。
「……ありがとう。やっぱり、あんたに話せて良かったよ」
「え?」
なぜ、感謝の言葉をくれるか理解できない。 僕はその言葉を受け取るのに値しないのに。
「あんたみたいに思ってくれる奴ずっと居なかったんだ。亜子に近づく奴って、どいつも
自分本位で亜子の暗い部分を知ると逃げる奴ばっかりだったんだよ。でも、あんたは違う」
並川が最初に出会った時、胸ぐらを掴んできた本当の理由が分かった気がする。
並川は不器用ながらもずっと、亜子を守っていたんだ。
「……でも」
「亜子が気を許した理由が分かるよ」
並川は優しく微笑んだ。
「まぁ、気難しい私も友晴もあんたには気を許してんだしね。あんたは凄い奴だよ」
「…………」
褒めないでくれ。どんどん自分が惨めになる。
「だからさ、亜子の為に力になってくれないかな」
「……僕が」
こんな、ちっぽけな僕が。
「あんたしかいないんだよ。それに自分だけ責めないでよ。私も同罪なんだから」
「同罪?」
「うん。同罪だよ」
同罪。僕はその言葉に少し救われた気がした。決して、いい意味ではない。でも、少し
心に隙間が出来たような感じがする。
「……僕は何をしたらいいんだ?」
「今度4人で山登りに行こう。亜子喜ぶと思うんだ」
「……分かった。彼女が喜ぶなら」
「ありがとう。じゃあ、亜子と友晴に連絡しとくね。日程決まったら連絡するね」
「うん」
僕は頷いた。
「今日は私の驕りだ。食いたいもん食え」
並川は偉そうに言った。
並川なりの気遣いなんだろう。この重い空気を変える為の。
「ハハハ。なんだよそれ」
僕はその気遣いがとても嬉しく思い、自分の視野の狭さにも気づかされた。
僕は僕の事しか見えていなかった。
「この前のお返しだよ。この前の」
「……そっか。それじゃ遠慮なく」 と言って、テーブルの上の置かれているメニューを開いた。
「少しは遠慮してよ」
「分かってるよ」
僕は笑顔で答えた。
レジカウンターで本の整理をしながら、亜子の事と将来の事について考えていた。けれど、同時に二つの事を考えると頭がパンクしそうになる。
僕の頭の容量はあまり多くないのかもしれない。
「おい!」
背後から声が聞こえる。振り返ると、声の主は小山さんだった。
「お前、何か悩み事でもあるのか?」
「何ですか?いきなり」
「あるかないか言え」
「……ありますよ」
小山さんはエスパーかのように人の気持ちを察知する事が多々ある。
恐ろしい人だ。
「言ってみろ。聞いてやる」
「いいですよ」
「いいから言ってみろ」
きっと、言うまで、このやり取りが続くのだろう。はっきり言って面倒臭い。
僕は仕方なく言う事にした。
「……二つあるんです。一つ目は将来の事。二つ目は言えません」
正直に言った。二つ目の亜子の事はいくら小山さんでも言えない。
「……そうか。一つ目の将来の事は、きっと、お前の中に種があるはずだ。したい事のなぁ。それに水をかけて成長させて目標にするかはお前次第だと思う」
「種に水をかけるですか……」
何となくだが言いたいことは分かる。でも、自分自身で自分の中から種を見つけないといけない。
「……二つ目の言えない方はたぶんだが自分だけの問題ではないんだろう。だから悩め。
悩むのに意義がある。だから、とことん悩んで悩んで悩みまくれ」
小山さんは僕の目をしっかり見て言った。
「……悩む事に意義があるですか」
「そうだ」
「…………」
悩みは悩みしか生まないのじゃないかと思った。
「人を成長させる大切なものって分かるか?」
「失敗とかですか?」
「それも間違いじゃないが、何かを体験して深く考える事だ」
「……考える事?」
「人はな、体験だけでは成長出来ないんだ。何かを体験した時に何かヒントを見つけて、
考え、自分なりに答えを模索する。その答えを模索している期間、言わば悩んでいる期間
が人を飛躍的に成長させる。そして、その期間を経て導き出した自分なりの答えがお前の財産になり、魅力になるんだ」
「……財産……魅力ですか」
胸を打たれた。
光が見えなかった真っ暗なトンネルに、目に見えるか見えないかぐらいの光が差した気がする。
「そうだ」
小山さんは頷いた。
「……ありがとうございます」
僕は初めて、小山さんを尊敬した気がする。失礼だとは思うが。
「と言う訳で、おつかい頼んでもいいか?」
前言撤回だ。尊敬はしない。
「嫌です」
「ケチ」
小山さんは拗ねた。
「冗談ですよ。行きますよ」
僕は拗ねた小山さんの機嫌を良くするために仕方なく言った。
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