第6話

立花さんの依頼当日。

 僕は泉丸書店が所有する車で、立花さんの家に向かっていた。

 車内はクーラーをつけているおかげで快適だが、時折ドア開けてみると、外は溶けそうなほどに暑い。なぜなら、今日の天気は快晴で、最高気温は35度を超える猛暑日だからだ。

 はっきり言って、外では活動したくない。

 立花さんの家に近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。緊張しているのだ。いつも、依頼当日はこうなってしまう。なぜならば、失敗は許されないからだ。

 失敗すれば、店の信用も下がるし、お客さんの希望を奪ってしまう。本当に荷が重い仕事だ。

 不安や緊張と戦っている間に立花さんの家に着いてしまった。

 僕は車を家の前で停めて、ハンドルから手を放し、一度大きく深呼吸をして、目を閉じ、「大丈夫。絶対に成功する」と自分に言い聞かせて、目を開ける。この一連の作業が仕事前のルーティンだ。

「よし」

 車のドアを開けて、外に出て、表札を見て、立花さんの家だと確認し、

インターホンを押した。

「はい」

「高松です」

「あーちょっと待ってくれ」

 インターホンから、立花さんの声が聞こえる。

「はい」

 ドアが開き、家の中から、立花さんが出てきた。

「すまないねぇ」

「いえ、全然。行く準備の方は大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だよ」

「それじゃ、行きましょうか」

「あぁ」 

 僕は立花さんのもとに歩み寄り、立花さんが持っているリュックを持つ。

「ありがとう」

「いえいえ」

 立花さんは、家の鍵を閉めて、停車している車の助手席に座った。

 僕も車に乗り、立花さんにリュックを渡した。

 当初、僕の考えでは、立花さんには地図だけ書いてもらい、僕がタイムカプセルを見つけて、その後、立花さんに届けると言うのを考えていた。

 しかし、立花さんにどうしても、近くまで同行したいと電話で懇願され、その熱意に負け「絶対に山は登らない」と言うのを条件に車に乗せている。

「あのー立花さん。地図は書いてくれましたか?」

「あぁ、書いたよ」

 立花さんはリュックから、丸めて輪ゴムで縛っている紙を取り出し、僕に手渡した。

「ありがとうございます」

 僕は手渡された紙の輪ゴムを外して、紙を広げた。

「おぉー凄いですね。とてもお上手ですね」

 紙に描かれていた地図は、とても分かり易いものだった。

「当たり前だよ。自分の代わりに探してもらうだから」

「ハハハ、それは責任重大ですね。頑張って探し出します」

「頼んだよ」

「はい。それじゃ、出発しますね」

 僕はハンドルを握り、アクセルを踏んで、車を発進させた。

「立花さん。質問してもいいですか?」

「いいよ。言ってごらん」

「今日探すタイムカプセルには何が入っているんですか?」

「……私が50年後の妻へ、妻は50年後の私に向けて書いた手紙だよ」

「……手紙か。なんか、ロマンチックですね」

 時代が進み、SNSなどで簡単に世界の裏側まで繋がるようになった。それに伴って、手紙を書く人は減少したと思う。

 でも、僕は手紙こそが遠い距離の人との連絡を取る最高の手段だと考えている。それは、温かみがあるからだ。

 誰かが誰かの為に想いを込めて、ペンなどで言葉を手紙に書く。人が想いを込めて書いた字はどれだけ汚い字でも美しいと思う。

 それだけはパソコンなどで書かれた綺麗な文章でも太刀打ちはできないはずだ。

「そうかい?照れるな」

「素敵ですよ」

「……でも、一つ疑問があるんだ」

「疑問?何ですか」

「妻がタイムカプセルに入れた手紙は大きいサイズの茶封筒に入っていたんだ」

「大きな封筒ですか……」

「埋めた時に妻に訊ねたんだが答えてくれなくてね」

「そうなんですか……」

「高松君はアルバイトでいいんだよね」

「はい。店長には牛馬のように扱われてますけどね」

「ハハハ。それじゃ、普段は大学とかに通っているのかい?」

「大学は休学中です」

「そうか。将来の夢とかはないのかい?」

「今は何もないです。昔はあったんですけどね」

「……昔は?」

「野球に関わる仕事がしたいと思ってたんです。でも、高校の野球部の練習試合で怪我して、続けるのが難しくなって、野球部も野球も辞めて、夢も諦めちゃいました」

「……そうか」

「何かすいません」

「謝る必要ないよ。私も夢を諦めた方の人間だから。君と理由は違うがね」

 なぜか立花さんの言葉にホッとした。

「……そうですか。よかったら、聞かせてくれませんか?どんな夢だったか」

「……漫画家だよ」

「漫画家ですか。だから、こんなに地図が上手いのか……でも、何で辞めたんですか?」

「……時代かな」

「時代?」

「今と違って、漫画を載せている雑誌も少なかったし、漫画家自体の地位も低かった」

「……それが理由ですか?」

「違うよ。妻と結婚する為さ。妻のお父さんに漫画を辞めて就職しないと結婚は認めない

と言われてね」

「…………」

 言葉を返せなかった。どんな言葉を選んでも正解じゃない。そんな気がする。

「仕方ないんだよ。今と昔じゃ時代の取り巻く問題も価値観も違う」

「……でも」

「でもね。夢を諦めたおかげで手に出来たものもある。妻と結婚出来たし、子供が2人生まれて、孫も出来た」

 立花さんは優しい顔をしていた。

「……立花さん」

「君の夢に対する思いはどれほどのものだったかは私には分からない。でもね、夢を追い続けていた時に見ていた景色と夢を諦めた後に見る景色は例え同じ場所でも違うんだ。今の君は追い続けていた時には見えなかった部分を見つけられるチャンスなんだよ。だから、

きっと、何か新しい素敵な事が見つかると思うよ」

「……何かを見つけるチャンスですか」

 立花さんの言葉に心を救われた気がした。そして、同時に勇気づけられた気もする。

「すまないね。急に熱く語り出してしまって。私の悪い癖だよ」

「いえ、勉強になります」

「ハハハ、そんな事言ってくれるなんて、おじさん嬉しいよ」

 立花さんは頭を掻いた。きっと、照れているのを誤魔化そうとしているのだろう。

「本当ですよ」

 僕は微笑みながら答えた。


 狐鳴山の近くにある大型デパート「タカミヤ」の駐車場。

 僕は空いているスペースに車を停めた。

「立花さん。僕が帰って来るまで、このデパートの中で時間を潰しててください」

「車の中で待ってるよ」

「駄目ですよ。いくら、クーラーをつけていても、夏ですから熱中症になる可能性があるんです。だから、お願いします」

「……分かった」

「それじゃ、降りてもらっていいですか」

 立花さんに車から降りてもらった。

 僕は登山用の荷物が入ったリュックを後部座席から取って、車から降り、鍵を閉める。

 その後、立花さんと一緒にタカミヤに入る。そして、立花さんを休憩所にあるベンチまで連れて行き、ベンチに座ってもらった。

「絶対に見つけますから」

「……あぁ、頼んだよ」

「はい。それじゃ、行って来ます」

 僕は立花さんとしばしの別れを告げ、外に出て、狐鳴山に向かい始めた。

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