第8話 武器屋と防具屋の看板娘

 小さな町外れにある洞窟のようなダンジョンの入り口で、足を止めて看板の文字を何度も目で追う青髪の少女レリアは、その普段はよく揺れる様子が川のようで綺麗だと言われる長い髪ごと静止しして立ち尽くしていた。


「……わからない。まったくわからない。……わからないのがわからないのですど」


 レリアは初のダンジョンに挑もうとしていたが入り口から躓いていた。家族の営む防具屋から拝借した商品の大盾を持ち、全身を鋼の防具で身を固めて万全の態勢で入り口で固まる彼女を幸か不幸か笑う者はいない。


「せっかく早く起きてアリーレよりも早く来きたのに! もぅ、なんで扉が開かないのよ! 看板には”ダンジョンに入りたい者はボタンを押せ”って書いてあるのにどっちのボタンを押しても開かないのはどうしてですの!?」

「あっ! レリアちゃ~ん」


 早朝のダンジョン、冒険者ギルドには昨日のうちに潜入申請をアリーレと共に二人で出してきたのに一人で入れないなんて聞いていない。そう怒りでプルプルと震えそうになると能天気な声がレリアの背後から聞こえ、振り返ると赤い短髪の大斧を担いで防護エプロンを着た少女がいた。


「……アリーレ、今日は早いわね」

「お父さんに起こしてもらったの~。レリアちゃんならきっと一人で先に行っちゃう気がしたからね~」

「そうですか。けれどこれは私たちの存在意義を賭けた勝負。手は抜きません」


 このダンジョン潜入は武器屋の娘、アリーレが店先に立たないのにべっぴんさんだと噂が流れたことから始まった。それを聞いた看板娘として評判の防具屋の娘、レリアはどちらが看板娘として相応しいか勝負を仕掛けたのだ。


「この町に看板娘は二人もいらないわ。いくらあなたは工房に引き籠ってるのがお似合いよ」


 看板娘たるもの自分のお店の商品の価値は自分で売り込む。その叩き込まれた理念から引き篭もっていたアリーレに看板娘は務まらないと証明するためのダンジョン潜入で、どちらが高価なドロップ品を持ち帰れるかを競うのをレリアは提案し、アリーレも同意してこの日を迎えた。


「けどけど~、一緒に頑張ろうよ~。あっ、レリアちゃんはそっちのボタンをお願い~」

「……ほんとマイペースね。って、ボタンならここに―――え、そんなところにもボタンが!?」


 左の壁にあるボタンをレリアに任せてアリーレが右の壁へと向かい、伸びた木の枝はを除けると丁度反対側のボタンが顔を出した。


「せーので押すよ~。―――せ~のっ!」

「あ、ちょっと! えいっ!」


 アリーレの掛け声で二人同時にボタンを押すとダンジョンの入り口がゴゴゴと音を立てて開く。さっきまで何度ボタンを押しても開かなかった扉が開いたことで警戒してそーっと中を覗き込むレリアとは対照的にアリーレは手慣れた様子で周りを照らすために携帯ライトボールを取り出して先へと進んだ。


「……ねぇ。ちょっと聞きたいことがあるのですけど」

「ん~? どうしたの~? あ、まって。―――やぁっ!」


 先行するアリーレは手早く芋虫型のモンスターを大斧で叩き潰すと、大豆サイズの小石へと変化した。絶命したモンスターは強さに応じた大きさと純度の宝石へと変わるので最弱レベルのモンスターではこんなものだった。


「―――うん。近くにモンスターもいなさそうだしちょっとそこで休憩~」

「……わかりました。―――で、どうしてあなたはそんなにも手慣れていますの?」


 アリーレが腰掛けた手ごろな岩は横広で、隣に座る様にポンポンと手で岩を叩かれたためレリアも素直に従い横へと腰掛けた。レリアが一方的に勝負を仕掛けてはいるが別に二人の仲が悪いわけではないのだ。


「え~っと、レリアちゃんが心配するかもで言わなかったけど~。お父さんとよくこのダンジョンに来てるんだ~」

「え? 私は聞いていませんわ! ……それじゃあ私が不利じゃない。って、そうじゃない!」

「あはは~。やっぱりレリアちゃんはレリアちゃんだね~。実はここ、初心者用のダンジョンなんだけど安全のために二人以上でしかこれないんだよ~」


 いくつもあるダンジョンの中からここに潜入しようと言い出したのはアリーレであり、入り口でレリアが立ち往生するのも計算済みだった。そして、それを見越していつもはお昼まで寝ているアリーレは早起きをしたのだ。


「だってレリアちゃん、あんな噂が立ったから勝負を挑んで来たんだよね~?」

「そ、そうですわ! このままじゃあなたがお店で接客をしなければならなくなりますわよ?」

「あはは~。それは困るけど~、わたしも看板娘としてそろそろ頑張らないとダメかな~って思ってたんだよね~」


 表に出てお店を手伝う看板娘のレリア、裏でお店を手伝う職人のアリーレ、お店の手伝い方として正反対の二人だがどちらも知ってる人は皆が美人だと口を揃える。しして、そういう人たちはアリーレの人見知りの性格を知っているのでこれまで騒がなかったのだが何処かの冒険者がたまたま武器屋でアリーレを見て騒いだのだった。


「けど、私ってレリアちゃんと違って知らない人と話すの苦手だからね~。物理こっちで宣伝することにしたんだよ~」

「それ脳筋の発想ですわよ!?」

「けどけど~、私より弱い人ならそんな変なこといってくることなくなるし~。一石二鳥じゃないかな~?」


 火事場で鎚を振るい続けたアリーレの筋力は相当なもので鎧に着られていて動きがぎこちないレリアとは対照的に、大斧を振るう姿は様になっていた。


「ね~、今日はこの辺にして帰らない~?」

「どうしてですの? 確かに勝負としてはもう私の負けで好きにすればいいのですけど―――」

「気付いた~? 音を立てないようにしてそ~っと逃げるよ~」


 会話の最中に聞こえた地鳴りのような巨大な何かが這いずる音が聞こえレリアはその気色悪さに身震いをした。二人は立ち上がり、そろりそろりと慎重にダンジョンの入り口を目指す。だが、少し大きめの石にレリアが躓き、ガシャンと鎧が大きな音を鳴らした。


「やるしかないか~。レリアちゃんは後ろで隠れてて~」

「……私だって戦えます! アリーレだけに危険なことを任せられません!」

「そんな震えてたら肉壁にもならないよ~。それに、レリアちゃんは看板娘でしょ~? 怪我したら大変だから、ね?」


 地鳴りが近づくにつれて足が震えだすレリアにアリーレは自分に任せろと言う。けれど、正論だろうが友達だけに命を張らせるのはどうしてもレリアは出来なかった。


「腕の立つあなたにそう言われると隠れてるしかないじゃないですか……。なら、ならせめて―――、この鎧をアリーレ、あなたが着てください。私のお父様が作った防具ですのできっとあなたを守ってくれるはずです」

「―――うん。ありがと~。絶対に無事で帰ってくるね」



 そして二人は無事に帰還し、持ち帰った純度の高い巨大な宝石に町中が沸いた。


 洞窟ダンジョン、そこで稀に発生するイレギュラー、モンスターの突然変異体を討伐したアリーレは冒険者ギルドから表彰を受け、表舞台へと一気に躍り出た。対するレリアは防具屋で今も看板娘を続けている。


「レリアちゃ~~~ん。ただいま~~~!!!」

「おかえりなさい、アリーレ。今回の遠征はどうでした?」

「ばっちり~、大活躍でリーダーに褒めてもらったよ~」


 アリーレは大手ギルドに拾われ、今では何人かで少し遠くまで遠征にいく。その手には自分のお店の武器を持ち、レリアのお店の防具を装備し無双を続けた。




「アリーレ、ご飯まだですよね? 一緒に食べません?」

「レリアちゃん~。もうちょっとでこのメイス作り終わるから待ってて~」

「まったく、しょうがないですわね。なら私も頑張るあなたのためにもう一品作ってきますから、それまでに汚れた手を綺麗にして着替えまで終わらせておいてくださいね」

「え~。レリアちゃんがお母さんみたいだよ~!」


 ―――中の看板娘と外の看板娘、その立場が逆転しても、娘と呼べる歳じゃなくなっても、二人は自分たちの両親が大切にしていた店を想いごと引き継いで友達であり続けた。

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